第38話 今日の仕事


 ○


 目的の倉庫近くには割と多くの人がいた。しかしどの人も腰や腕に黒い布を巻いている。

 倉庫の中に入ると汚い馬車が二台置いてあり、それを掃除している男が一人。


「上です」


 実行部隊の部下だったのだろう。気づかなかった。

 奥に行くと扉があり、そこから二階に行けるようだった。

 二階の扉からは複数の話声が聞こえてきて、部長の声も聞こえる。


「入りまーす」


 ノックをせずに入ったが、全員が目を見開いて俺を見ている。

 扉を開けた状態で、止まって俺も部長達を見る。


「どうした? いつも無言で入って来るのに」

「必要になる環境へ置いたのは部長でしょ?」

「そうだったな。ベンノ、早く着替えろ。作戦を説明する」


 大きな机に地図が広げられ、その周囲に部長と隊員五人がいる。

 地図上に黒い歩兵の駒が六つ。白い駒が四つある。

 扉近くのソファに着替えが置かれていた為、急いで着替える。


「ベンノ、どっちから攻める?」

「辺境伯です」

「ひっくり返せ」

「はい、部長」


 部長の指示で素早く駒が除けられ、地図がひっくり返された。

 俺は着替えているのだが、服が少しおかしい。

 いつもは黒色の丈の長いボロボロのフードケープに、着心地が多少良い黒っぽい上下に頑丈なブーツだった。

 しかし、今日は綺麗な黒色のフードケープに質の良いシャツ、貴族が履いてそうなズボン、軽くて頑丈なブーツだった。


「貴族街東にある辺境伯の屋敷は庭に囲まれている。庭の外には巡回している衛兵が二人、門衛が二人いる」


 服を着ていると作戦の説明が始まった。

 どの服も着心地がよく、はっきり言って暗部の仕事に使いたくない。


「門衛の監視に一人、衛兵の監視と通りの監視に残りだ。ベンノは衛兵を回避して屋敷に侵入しろ。屋敷の中にはメイドが一人だけだと情報部隊からは聞いている」


 短剣だけを腰に差し、刀を手に取った。


「部長、これ持ってて下さい」

「無理だ、別の仕事があるからな」

「そうですか……」


 何とも言えない苦しさがある。安心してここに置いておくことが出来ないから、頼んだのだが。


「次に、アルドリッジの方だ」


 素早く意図をくみ取り、地図がひっくり返される。


「貴族街東口のすぐそばにある商会本店へ入るのは面倒だろうが、無理じゃない。屋敷も屋根伝いに窓から入ればいけるだろう。問題は警備だ」


 そう言うと別の地図が広げられる。

 そして大量の白い駒が並べられる。


「屋敷の庭に三人、一階にメイド三人と戦闘可能な執事二人、二階にアルドリッジの私的な護衛三人、三階に夫人の護衛三人。屋敷が広いとはいえ見つかれば逃げるしかないだろう」

「アルドリッジの部屋はどこにあります?」

「三階の階段右側、通路の先だ。そこまでで護衛のいる部屋を通ることになる。そこで、五人には決死の囮をしてもらう」


 部長、あなたの周囲にいた全員が一歩仰け反りましたよ。

 確かに、囮がいないと難しいだろうけど、決死とか言わなくてもいいんじゃないですか?


「やることは簡単だ。屋敷にでも魔法を撃って逃げるだけ。その為に支援魔法と土魔法が使えるお前達を選んだ」

「ベンノはその間に屋敷中をくまなく探せ。戦闘しても問題なく倒せるなら戦闘して証拠を探せ」

「分かりました」

「お前達はいつも通りにベンノの指示に従え、それとベンノ、これ」


 そう言ってポケットを漁り出てきたのは黒い球だった。

 随分と小さく部長が手で潰したり伸ばしたりしている為、随分と伸縮性があるようだ。


「何ですか、これ?」

「動くなよ」


 そう言われ、体の動きを止めると小さな部長が、俺の顔に思いっきり球を叩きつける。

 顔全体が一瞬冷たくなり、何が起こったのか分からず部長を見ると楽し気に口が歪んでいた。


「お前の顔は今、真っ黒い何かに覆われている状態だ、ベンノ」

 そう言われ、顔に手をやると肌じゃない硬い感触があった。

 どこまで続いているのか、なぞっていくと下は鎖骨付近、上は髪の生え際までだった。


「それは研究・開発部隊が作った簡易スライムマスクだ」

「そんな部隊あったんですか?」

「実行部隊の下にある部隊だぞ」


 初耳です。俺は特に装備を必要としてこなかったから、知らなかっただけかもしれない。

 それにしても凄い物を作る部隊があったものだ。

 ただの球が顔に付けるだけでマスクになるなんて、聞いたこともない。


「外す時は魔力を込めて顔を叩くと溶けて消えるらしい」


 らしいって部長。試したんだよな、研究・開発部隊。


「もう言うことはない。お前達、仕事をさっさと終わらせて来い」

「「「「「「はい」」」」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る