第37話 訓練と増えた仕事


 ○

 

 勇者達の休みが明け今週、俺がしていたことはいつも通りのイトウを訓練することだった。

 宰相が暗部に仕事を依頼したかどうかも分からない。

 第二区で今まで以上に近衛隊を見るようになった。奴隷関係であった違いはこんなものだ。


 訓練ではチェンバレンとバウマンが参加し、副隊長からの熱い指導を受けていた。

 俺としては部屋に匿い、情報が漏れないようにする方がいいと思うのだが、勇者はそうでないらしい。もしもの時に、逃げる力を付ける訓練しているとの事だ。


 イトウの訓練は順調だった。

 課題だった持久力も上がっており、攻撃と防御を個々には出来ている。

 未だ、防御中に攻撃を仕掛けることや、攻撃中に防御へ移ることが苦手なようだ。

 だが、相手がそこまで訓練したことない奴や実戦を経験していない者ならば、問題なさそうだ。


「イトウ、来週には真剣で訓練してみるか?」

「え? 本当に⁉」

「ああ。真剣で扱いを覚えた方が緊張感あっていいだろう」

「緊張感ってなに?」


 怪訝な顔で聞いてくるイトウはいつも以上に余裕がある。基礎体力を上げる訓練は効果を発揮している。


「逸らし方が上手くいかなかった時とか、抜刀と納刀で手を切るとか、そういうのが起きる緊張だ」

「嫌な緊張。だけど覚えるのは早い方がいいからね」

「随分前向きだな。魔力の扱いを教えてほしいと頼んできた時とは大違いじゃないか」


 イトウは嫌なことを思い出し顔が歪んだ、かと思えば眉間にグッと皺を寄せる。


「そうやって過去を掘り返す男って嫌われるよ。ベンノ」


 そしてこの週でイトウは俺が嫌がることをマスターしていった。

 嫌われるという指摘、なぜ結婚していないのかの指摘、誰かを引き合いに出し至らないところの指摘。このどれも、俺がイトウを不快にさせると起こるようだ。今回みたいに。


「冒険者、イトウ様に——」

「おい、チェンバレン。キンブルが呼んでるぞ」


 イトウとキンブルがいる方向から後ろを向き、チェンバレンに声を掛ける。

 更にこの週、チェンバレンと話すことが増えた。

 同じ冒険者だからだと思いたいのだが、結構な頻度でキンブルと話しているのを見かける。だから、ほぼ間違いなく協力者だと思う。


「なんだ?」


 まあ、こうしてキンブルをからかうことが出来るから、大して気にしてない。


「すみません。チェンバレンさん。そこのベンノ・シュタインドルフというものが勘違いしただけです」

「おい、これ何回目だ。いい加減にしろよ。ベンノ」


 俺は肩をすくめて、両手を左右に出す。


「仕方ないだろ、冒険者ってキンブルが呼ぶんだから」

「アンタ、いい加減にしないとぶった切るよ!」

「A級の俺に敵うとでも」


 自分でも分かるくらいにニヤニヤして、どう来るか待っていると後方から声が掛かる。


「ベンノ。エラさん怒ってるじゃない」

「そもそも、キンブルが頑なに俺の名前を言わないのが問題だぞ」

「そうかもしれないけど、マリオン、どう?」

「無理です。冒険者は冒険者、チェンバレンさんはチェンバレンさんです」


 一体何を基準としているのか、理解できない。

 性別で、年齢で区別しているのか。全く分からない。


「だって、ベンノ。残念だね」

「からかって悪かったなチェンバレン」

「こっちこそ、悪かったなベンノ。今回の問題が終わったら飲みにでも行こう」

「終わればな」


 今の所、問題に進展はある。


 まず、大量の奴隷がいると思われる場所は目星がついた。王都東の倉庫区画で歓楽区画近くの大きな倉庫だ。

 借主はイルガリの商会になっているが、使われているのを見た者は少なく。偶に大きな馬車が入るだけだという。

 目的の倉庫は現在、黒騎士と暗部が監視しているようだ。


 次に、買収されたと思われる門衛の赤騎士だが、バウマンが脱走した日、警備隊隊舎から五人いなくなったそうだ。

 今も捜索は続いているが、彼らが買収されていた赤騎士と考えられている。

 明日、倉庫を勇者達が捜索するだろうから、その後、イルガリの商会に確認を取ると思う。


 現状はイルガリの商会が犯人だと考えられていて、協力者に赤騎士五人、他にも多くの者が関わっているだろうと、王族警護監視員に言われた。


 現在、嫌疑が掛かっている者は王国に多数の支店を持つザカリー商会会長『ザカリー・アルドリッジ』。イルガリとの国境を任されている辺境伯『コンラッド・ブル』。王位継承権第四位、現王の弟『トマス・ライフォール』。王位継承権第三位の第三王子派閥筆頭の侯爵『レナード・アイヴス』。

 この四人が奴隷売買の協力者だと目されている。


 どの者達も最近イルガリと盛んに交流をしているようで、辺境伯と王弟、侯爵は領軍の交流もしているらしい。

 軍の交流は他の者達もしている為、それを問題にしにくいようだ。実際、他の辺境伯領も隣国と交流して互いの領民に不和が生じないようにしている為、口出ししにくい。


 奴隷売買をしているのだ、権力が無いと実現は難しい。

 ザカリー商会は第三区に多数の店を出店していて、その影響力は他の嫌疑が掛かっている者を凌ぐ。


 イルガリ国境の辺境伯コンラッド・ブルは小競り合いに自ら出て行くほどの戦闘好きで、その姿勢がイルガリに気に入られている。


 トマス・ライフォールは俺の知る限りは陰険ジジイで、常は優し気な顔をしているが偶に獰猛な獣のような目をする、暗部でアイツを好きなものはいない。


 侯爵レナード・アイヴスは見たところ、好々爺で、王から第三王子の教育を任されるほどに信頼されている。まだ五歳の王子を時には叱り、時には甘やかし、親代わりを務めているというのが俺の知る情報だ。


「皆様、お食事の時間です」


 その言葉に従い、食堂に向かっていると前を行くイトウに声を掛けられた。


「ベンノ、今日もどっか行くの?」

「もちろん。キンブル、イトウ頼むぞ」

「言われずとも」

「それもそうか」


 確かにイトウの事に関しては信頼している。

 この週、俺は毎日暗部の仕事があった。部長に呼ばれているのだから仕方ない。


 俺にさせる仕事がないと言われ、世話係をしているのに、奴隷売買の所為で仕事が増えた。

 午前中は世話係、午後から夕食前まで暗部。


 最初の二日はバウマンが連れていかれたという場所を探した。次の二日は黒騎士と共にどのルートでそこまで来ているかの検証と包囲箇所の指示。そして、昨日と今日は嫌疑が欠けられている者の捜査だ。


 昨日はトマス・ライフォールとレナード・アイヴスの王都にある屋敷を調べたが、特に何もなかった。トマスの方は絶対何かあると思っていたのだが、陰険だけに隠すのが上手いのだろう。

 レナードは侯爵としての仕事よりも王子との時間を多くとっていると監視員から聞いている。


 今日は商会会長と辺境伯だ。

 商会の方は本店とその裏にある会長の屋敷に潜入予定で、辺境伯は王都にある屋敷を捜索する予定だ。

 まずは障害の少ない辺境伯から仕事を済ませていくつもりだ。


「そう言えば、ベンノ。腰の短剣って使ってるの?」


 食後の白湯を飲んでいるとイトウが聞いて来た。

 確かに、短剣を使っている所は見せたことがない。だが、暗部の仕事はサイズの小さい短剣を使うか、徒手か、その場で見つけた物を使っている。


「刀と短剣、スティレット、レイピアとか、軽い武器だったら大体使えるぞ」


 技スキルを持つのは刀と短剣だけだが。


「じゃあ、私、レイピアがいいんだけど」

「転移者様に教えられるほどの腕があるのは刀だけだ、諦めろ」

「ま、いいけど。夕食前には帰って来るんでしょ?」

「ああ。そうだけど……何かあるのか?」


 周囲の会話がなくなった為、見てみると勇者パーティーの世話係含めた全員がこちらを見ていた。

 首を傾げながら、再度見回すと隣に座っていたキンブルが小声で話してきた。俺はそのまま周囲を見ている。


「明日の予定をオハラ様が話されるそうです」

「何で皆、知ってんの?」

「昨日の夕食前に話されていました」

「何で、言ってくんないの?」

「今、言いました」


 思わずキンブルの方を向き、言い返そうと思ったのだがバツが悪そうな顔をしていた為、席を立った。

 気にせず言えばいいのだが、イトウの世話を任せている為、言うタイミングが無かったりするのだろう。


「じゃ、出てくる」

「ベンノ、いってらっしゃい」


 イトウの声を聞き、食堂を出た俺は王都北東のとある倉庫に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る