第36話 仕事が増える予感
外に出ていた副隊長が俺にげんなりした顔を向けてくる。その横をエナハートが通り抜けて馬車に入って行った。
「シュタインドルフ。何食べてる?」
「空エビの素揚げ」
「抱えている袋の方は?」
「空エビの素揚げ」
最初以上にげんなりした顔を向けてこちらに来たかと思えば、俺が手で持って食べていた袋の方を奪った。
「こちらは馬車内で分ける。それと説明するから馬車に乗れ」
そう言って背を向けて馬車に入って行く副隊長。
俺も続いて馬車に乗りこむと、皆、退屈そうに待っていた。
「ベンノ、遅い」
「帰っとけって言ったろ」
俺に物申しやすいイトウが真っ先に文句を言う。
俺もすかさず言い返すが、周囲の視線は冷たい。
「出してくれ」
副隊長がそう言うと、馬車が動き始めた。
規則的な蹄の音、貴族街に入った為か進むほどに周囲が静かになっていく。
「まず、皆様こちらをどうぞ」
副隊長がそう言って俺から奪った空エビの素揚げを渡した。
渡された勇者達は俺が食べる様を見て、何かを理解したようだ。
「これは?」
「空エビの素揚げです」
勇者にそう説明した副隊長は、いつの間にか持っていた一尾を口に入れた。
うまいだろう。美味いだろう。
空エビは産卵期になると海中から飛び出して空中で産卵を行う。産卵を行うメスの周囲をオスが囲い、安全を確保するらしい。
その時のオスが、今食べている空エビだ。
空中で産卵したメスは卵に魔力を注ぎ込み、共に海へ帰っていく。
空中で産卵する理由は、海の中には空エビの卵が好物の強い魔物がいるかららしい。
そしてその卵は人が食べても美味しいと聞く。
食べてみてぇー!
強い魔物が俺の一口に収まる空エビの小さな卵を求めるんだ。美味いから狙うに決まってる。
「——ンドルフ。聞いているか?」
「いや」
首を振って否定する。
「よく聞け! 私も民に対する配慮が足りなかった。すまない」
「ああ、それ」
知らぬ間に謝っていたようだ。
謝罪は空エビに劣る。
空エビは海中では殻が固く、空では少し柔らかくなる。
素揚げにするとそこそこの厚みがある殻もパリッとして、尖った感じもなく美味しく食べられる。
油は多少付いているが気になるほどではない。その身は——。
「——で、ジンデルがしていたことなんだが、あれは何だ?」
「ここにいる方達でしたら教えても問題ないでしょう」
俺を現実に引き戻したのは、ジンデルのスキルの話だった。
教えて問題あるのは一人いるだろう。キンブルはエデオムの諜報組織らしいし。
「私の魔法スキル、等価魔法でバウマン様の顔に幻覚を施したのです。皆様も何か特殊なものが必要であれば、価値のある物と共に私の所まで来て下さい。相応の金額で請け負いましょう」
本当か⁉
金で揺れ動くのが面倒だが、偶に手を借りられそうな人材が近くにいるのは運がいい。等価魔法もそうだが、仕事に忠実そうなところもいい。いや、金に忠実なのだろう。
「あの時はシュタインドルフが妙な演技をしていたな」
「そんなことはいいだろ。バウマンから聞くべきことはたくさんある」
「そうだな。一体何があったか説明してもらえるか?」
副隊長が聞くと、未だにフードで顔を隠したバウマンは何故か勇者の手を握り、ゆっくりと話し始めた。
俺がいない間に何があったのだろう。
会って一時間も経ってないだろうに、手を握るなんて。
俺が出会って一時間の人との距離感は、勇者のように肩を寄せ合うのではなく、他人と一緒だ。
話好きな相手なら適当に流しているだろうが、必要がなければ話すこともしない。
仕事であれば別だが、プライベートならそんなものだ。
「——乗せられた馬車は大きくて、何人も首輪をつけた人が乗ってた」
俺が卑屈トリップしている間に、馬車に乗せられるまでの話をしていたようだ。
馬車が一度止まり、動き出すと段差を越えた。第三区に入ったようだ。
「たくさん人が集められてた場所にも、たくさん馬車があった。死んでる人も大勢いた」
話を聞いていくほどに、雰囲気が暗く、空気が重いものに変わっていく。
第二区に着くまでに話し終えた内容は、王都にある奴隷が集められている場所から逃げて来た。運悪く気付かれ、追われていた所を勇者が助けたらしい。
「続きは食堂でだ」
停まった馬車の中で副隊長は立ち上がり言った。
その言葉に全員が動き出し、馬車を下りていく。
外にいたヴィクターとレヴィンズも聞いていないから、食堂で最初から話してくれるだろう。俺が聞いていなかったところも話してくれるはずだ。
食堂に着くと自然と全員が食堂の真ん中に向かって行った。
エラと呼ばれた女とバウマンが中心で、近くに勇者達と副隊長、その周囲に俺達だ。まだカッターは帰ってきていない。
「バウマンの話、大体分かった。それでお前は何者なんだ?」
そうして対面に座っている冒険者風の女に副隊長は問いかける。
それよりも、騎士達は最初の話知らないはずだろ、説明しないのか。俺も知らないんだけど。
「アタシはエラ・チェンバレン、カルラの知り合いの冒険者だ」
「知り合った経緯は?」
「アタシが、イルガリで冒険者してた時の依頼者だよ。カルラの家族と仲が良かったんだ」
見た感じ、ただの冒険者だ。革鎧が上質だとか、片手剣が高価だとか、そういうのもない。
ないのだが、勝ち気な女性で引き締まった体に、目を惹く凹凸のバランス。コイツの方が捕らえられそうだが。
「なるほど、イルガリの冒険者がどうしてライフォールに来たんだ?」
「……最近はどこも物騒だろ、イルガリとエデオムは魔物の討伐依頼が増え始めてな、安全に依頼を行えるのは今じゃここくらいだ」
そう言っていたのだが、視線は少し彷徨い、俺の隣に一瞬向けられていた。
隣にはキンブル。もしかすると俺に向けられていたのかも知れないが、その勘違いは身を滅ぼす可能性が高い。
例えば、手を振ってきたから振り返すと俺の後ろに向けていたとか、そういう恐ろしい話だ。
まあ、キンブルの協力者じゃないかと疑っている。第二区にいる限り誰かが監視をしてくれるだろう。
「ガブリエラ。知ってしまったからには見過ごせない、僕はこの件を解決したい」
案の定、ミノルは勇者に選ばれた者として至極真っ当な事を宣言した。
「なりません、ミノル様。今回の件は国が解決すべきこと、我々にお任せください」
「ガブリエラ、脱走者が出るまで判明しなかったんだよ、国の人も関わっている可能性があるんじゃないか?」
そりゃ、そうだよな。門衛の赤騎士は買収されているだろうし、赤騎士の巡回ルートを知って避けてたりするのかもしれない。
馬車に乗せられたって言ってたから、そうなんだろうな。
「僕は、ここにいる人なら信頼できる」
ん⁉ 不味い気がしてきた。
「ガブリエラ。協力してくれないか?」
「もちろん、私は協力いたします。しかし、近衛隊、特務隊は動員させていただきます」
「分かった、ありがとう。セルマはどう?」
「私も協力致します。知り合い達に探らせてみます」
うわ。絶対暗部だろ、それ。
公爵家からの仕事を遂行中で人が少ないってのに、また仕事させるのか。
最近、新人来てないからな。仕事を受ける条件に人を加えてくれないかな、部長。
「ありがとう。仁進、キヨマ、乙葵、杏夏、雫月はどうかな?」
「ミノルにだけ、いい恰好させるかよ」
「僕も、行くよ」
「危険だけど行くんでしょ、私も行くわよ」
「私も。捕まえて奴隷にするなんて許せないから」
「私も。何か出来るならしたい」
勇者様方はそう言っているが、恐らく場所を特定するのもこの国の人間だし、追い詰める準備をするのも、この国の人間だ。
準備段階から手伝ってくれるなら、俺は了承しよう。ま、手伝えることないけど。
「ドリスさんは、どうかな?」
それ以降、断れないメイドと騎士に選択肢を与える勇者が恐ろしく見えた。
残念なことに、選択肢は実質一つ。断ることを誰もが選択できず俺の番。
「ベンノさん。手伝ってくれるかな?」
「も、もちろん」
顔が上手く動かないのは、ポーカーフェイスを使うような状況じゃないからだろう。
笑えばいいのだが、上手く笑えない。
断りたいが、勇者達が外部の人と接触する機会が増えるから、出来るだけ共にいる時間は増やして監視した方がいい。
「ベンノ、顔引き攣ってるよ」
「素揚げの食べ過ぎで顎が疲れたんだ」
イトウの指摘をテキトーに流して、話の続きを待った。
これからどうするとか、勇者が方針を示してくれるだろう。
「ありがとう。ガブリエラ、この二人をここで保護したいんだけど、どうだろう?」
「私もそう考えていました。ミノル様の近くに入れば安心です。外出する時には近衛を付けますから安心してください」
「アタシは外出る時も付いていくからな」
「分かったよ、エラさん」
少し敵意が見える冒険者だが、勇者はあっさりと流す。
その余裕のある微笑みが、俺にない要素だと理解できた。
俺は必死で、焦って見えて余裕がない。余裕のある男が好かれるというのはこういう事か。
包容力がある、それが重要なのかもしれん。
「バウマンが言っていた場所は宰相様に探ってもらう。広い王都だ、いつ見つかるか分からない。見つかってもミノル様達は次の休みまで動けない。その間に買収されているであろう騎士を特定していくつもりだ」
だれが? 暗部か、黒騎士か?
「頼んだよ、ガブリエラ」
「副隊長、宰相様がお呼びです」
話が終わったとき狙いすましたようにカッターが食堂に入って来た。
「分かった。ミノル様、行ってきます」
「いってらっしゃい」
その日は夕食中にみんなで王都の事を話し合い、他のパーティーもきて転移者達が一丸となっていた気がした。
夕食の場にちゃっかりバウマンとチェンバレンがいたのは話題になったが、勇者が連れてきた、そう聞くと転移者達は納得顔をしていた。
昔からそういう事をしていたみたいだ。
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