第34話 面倒はここから

「ちょっとちょっと、お姉さん。そうカッカしないのぉー」


 絶対にいつもの俺ではない、気分がよさそうな声と表情で副隊長の隣まで向かう。

 そして副隊長の横っ腹を肘で突き、わざと金属音を響かせる。


「痛ってて。お姉さんがカッカしないのもそうだけどぉー。お兄さん達もこんな往来でこの方達がフード被ってるのか考えたぁー?」

「考えてどうする? 人探しには関係ねぇ」

「よく考える必要があるのよ。私もそこの子達もフードなんてする必要がないの。でもこの方達にはあるの」


 リンドの友人を真似しているのだが、思っていた以上に似ている。

 彼もこう言う間延びするような話し方で、重要そうな事を言う時は言葉を切っていた。


「まさか、貴族⁉」

「……」


 俺達を囲もうとしていた男が思わず声を上げた。俺はそれっぽく頷いて笑みを浮かべる。

 正面の男も苦い顔をして、思わず唾を飲み込んでいる。緊張からだろう、汗をかいている。

 それを見ていると俺の背中に誰かが指をあて、円を描いた。


「この方達もお兄さん達に切りかかってないから、たぶん大丈夫ね。見たいって言うなら、相談するけど?」

「あ、ああ。頼めるか?」


 貴族というのは理由があれば平民を殺す者だ。ごく少数だが。

 ただ、そのごく少数の印象が強すぎて王都近辺で、貴族は平民を殺すことにより欲を満たしていると噂されている。偶に出る行方不明者がその噂に真実味を持たせている。

 しかし、大体の行方不明者は暗部の仕事の結果でそうなっていることが多い。

 彼らも噂を信じている者達だろう。


「よろしいですか、皆様?」


 俺は後ろを向き、一人一人に目を向けていく。

 ジンデルと目を合わせると軽く頷いていた。問題はないという事だろうか。


「それではこちらの四人でしたね。皆様、フードを上げてください」


 俺の合図で公爵令嬢、エナハート、レイ、バウマンが互いを見合ってゆっくりと上げていく。

 フードを上げるとバウマンは人族だった。特徴的な頭上の耳がなく、知らない顔だ。


「お兄さん達、近くで見せてくれとか、言わないでよ。結構譲歩してくれてるんだからね」


 今は物理の結界を張ってないから臭いでバレるかもしれない。


「ああ、もう大丈夫だ。邪魔したな」


 男達は急いで去って行った。

 俺の隣にいる副隊長はお腹に肘を打ち込んでくる。

 肘を受けるとしっかりと打ち込んできた為、普通に痛い。


「文句は後だ」


 肩を怒らせて先頭に行き、北口へ向けて歩き始めた。文句分痛みは受けたと思う。

 視界に入っていた北口にすぐ着き、入り口から見えない場所に馬車は停めてあった。

 勇者達とメイド達が乗り込むと、副隊長は俺を睨みつけてくる。


「シュタインドルフ、お前もだ」


 これぞ、上位者の振る舞いだろう。今から怒ります、私、怒ってますって顔だ。

 暗部じゃ仕事でポーカーフェイスを学ぶんだぞ。

 サージェントと副隊長に続いて馬車に乗り込むと、副隊長は入って来た俺の胸倉を掴んだ。


「私は! あそこで奴らを攻撃し! わざと逃がして警備隊に追わせるつもりだった!」

「そうか、白騎士様は知らないかもしれないが、大多数の平民は戦えないからな」

「他の者は守ることが出来る」

「交戦して周囲の安全が確保できないなら、知らないふりして後から探させる方がいいんじゃないか?」


 そもそも貴族だと思わせた時点で、話は面倒になった。

 俺は奴隷に関する話に貴族が絡んでいると考えている。


 そしてその貴族に、貴族らしき奴らに見られたと報告されれば、風体から転移者達の周囲にいる者だとバレるかもしれない。殺しに来るか、様子見して断れば死の話し合いに持ち込むか。どうなるかは分からないが、最悪の場合、転移者を人質にとるかもしれない。


 人質にとる可能性があるという事は、仕事が増えるという事。


 ただ、この心配は恐らく無駄になるだろう。絶対勇者らしい事をしようとするはずだ。まあ、勇者として選ばれたのだから当然だろうが。


「ふん! 出発するからシュタインドルフは出ろ」

「あ、俺、露店行って飯買ってくるから帰っていいぞ」


 胸倉を掴まれていた状態から解放された俺は、副隊長にそう言って馬車から出た。

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