第33話 勇者の近くは危ない
「はいはい」
仕方なく買い食いせずに勇者達の後ろを歩いていた。
勇者達の前方には二組の世話係、俺達の後ろにもう一組の世話係がいる。
露店から離れていた為、どこにいるのか分かったが、貴族街の傍まで来ると大量の露店と人に見つけづらくなった。
仕方なく歩く速度を上げて、隙間を抜けて歩いていくと露店から離れて家近くで休んでいた。
勇者達の手には串焼き、パン、色とりどりなお菓子があった。
買うだけ買って休んでいたようだ。
俺が勇者達に近づいていると、先行していた二組と後方にいた一組もやって来たようだった。
道の露店側に人は多いが、家側には移動する人が多く、世話係と転移者達が集合していても邪魔にはなっていなかった。
勇者達を中心に人の邪魔にならない程度で広がって休む。
ここから貴族街北口は道沿いに行けばすぐで、先の方に見えている。
しかし、腹が減った奴の近くでコイツらは美味そうに食べやがる。
串焼きの肉は魔物の肉だろう、随分と分厚く切っているのに勇者達は簡単に噛み千切る。熱々の肉汁がここからでも見える。
パンはさっきと違って、中に入っているのはミンチ肉だった。鼻を刺激するスパイスの香りが、少し離れた俺まで届いてくる。特徴的なその香りは食堂では間違いなく味わえないだろう。
色とりどりなお菓子は一口サイズで大量にあった。一つ一つ食感が違うのか、青色は柔らかそうで、赤色は歯ごたえがありそう、黄色と緑色は分からなかったが、茶色はボリボリ噛んでいて硬めみたいだった。
串焼きくらいしか、勇者達が食べている物で知っているものがない。
俺も腹減ったなぁ、と思って空を見上げる。
すると屋根の上に立っていた黒フードを被った誰かが貴族街北口の方向を指差した。
急いで視線を向けると近くの路地から勢いよく獣人の女の子が飛び出してきた。
見たところ勇者達よりも若く、金属製の首輪、両手足にも金属の輪を嵌めていて、第二区に来た時の俺よりボロボロな服を着ている。
その女の子は急いでこちらに走ってきた。
そして勇者を守るために急いで出てきた副隊長を避けて、勇者がいる目の前で転んだ。
「君、大丈夫かい?」
「た、たすけて」
勇者が声を掛ける気はしていた。
近くで見ると女の子は悲壮感漂う状態だった。
今までどこにいたのか汚く、臭く、服も粗雑なものだ。
「い、一体何があったんだ?」
「おねがいっ‼」
女の子がそう言った時、何かが崩れるような音がした。
音の方向を見ると、女の子が出てきた路地から男数名が出てきており、露店に突っ込んでいた。
「あ、ああ、ああああ」
「クソっ、ベンノさんローブ貸して!」
勇者にそう言われて渡すと、女の子にローブを着せて勇者はその傍に立った。
数名の男達がこちらと北口に分かれた。
それを見てエナハートが勇者の前で手を合わせた。
「物理結界」
結界術が出来上がる瞬間、物理結界を張った場所が発光する。勇者と女の子を覆った結界だった。
あの発光は結界術の最大の欠点である、物理・魔力結界の可視化だ。ギルベルタが教えてくれたが、結界術を使う相手と真っ向勝負をした事がない為、気にしていない。
それに、ほんの一瞬の事だった。周囲に集まっている俺達が壁になっている為、男達には見えていないだろう。
走っている男達が集まっている俺達の近くで止まった。
「すまない。汚い恰好をした女の子を見かけなかったか?」
だれが答えるのかと待っていると、空気が重くなった。
おい、殺意を抑えろ。苛立つのは分かるが、気が早い。
「さっき、目の前を走って行きましたけど……」
「そうか、すまない」
俺がそれっぽいことを言って指を差すと、男達は急いで俺が示した方向に走って行った。
あの男達、割とお金持ってそうだな。今、俺が着ている服と似たようなものだった。平民だと思ったが、金を稼ぐいい仕事があるのだろう。たぶん奴隷売買とかだろうが。
「僕はミノル・タナカ。君はどうして、追われているんだい?」
勇者がそう話しかけると、女の子は小さい声で答えた。
「あの人達、私を売るって」
「君は奴隷、ということか?」
「そう、みたい」
副隊長が尋ねると女の子は視線を落として頷いた。
弱々しいその姿に、心を打たれたのか行動を起こしたのは副隊長だった。
「カッター、宰相様に報告だ」
「分かりました」
指示されたカッターは急いで北口に走って行く。
この国では奴隷を持つことが禁止されている。もちろん奴隷売買も禁止だ。
しかし、獣人の女の子は奴隷だそうだ。
まさか、この国でそんな危険な事をする奴らがいるなんてな。
それを出来る力を持った奴か、ただの馬鹿か。俺も調べることになるんだろうな。
「ミノル様、本日は急ぎ帰りましょう」
「分かった。君も一緒に行くだろう?」
「どこに行く?」
勇者は優しく問いかけるが、女の子は一歩引いて警戒している。
騙されでもしたのだろうか。勇者は守ってくれたのに目に見えて怯えている。
「王様の城の近くまで行くよ」
「そこって、安全なの?」
「安全だよ、僕達もいる、騎士もいる」
「赤色の騎士はいない?」
その言葉に騎士達が固まった。
聞いてきたという事は、赤騎士が奴隷に関わりがあるのだろう。
「赤色はダメなの?」
勇者は努めて優しく聞くが、顔は取り繕えず、ぎこちない笑顔をしている。
「赤色が二人、私が捕まってた場所にいた」
「それじゃあ、白色はいいか?」
聞きながら、副隊長に視線を向ける勇者。
副隊長は頷いて、ローブを開き白い鎧を見せる。優し気な笑顔だ。
「うん、ダイジョブ。助けてくれてありがと、ミノル。私はカルラ・バウマン」
女の子はぎこちない笑いをしながら、被っていたフードを軽く上げて自己紹介した。
「それじゃ、行こう——」
「カルラ」
勇者の言葉を先取りしたのは、見知らぬ女だった。
露店を回っていたのか手には食べ物、腰には剣、革防具を着けている人間の女で恐らく冒険者だ。
「アンタら……カルラに何やった?」
腰の剣に手を添え、いつでも戦闘に移れるように女は動いた。
こちらも騎士と一部のメイドは動ける体勢を取っている。
「エラ?」
「そうだよカルラ。それより、その首輪。何されたんだ?」
「それは後、ミノル達と安全な所に行く」
最初の慌てていた時とは違い、冷静に判断している女の子はやるべきことを理解している。
女は剣から手を離し、勇者達を睨みつけている。
「コイツらは問題ないんだね?」
「そう、急ご」
バウマンの隣に勇者とエラと呼ばれた女が並び、その周囲を俺達で囲み、集団で歩き始めた。
北口までは道なりに向かえばいいだけだ。
しかし、道行く人の中にさっきバウマンを追ってきた男がいた。そいつは俺達を見つけてボーっとした後、路地に向かって行く。
そして北口が視界に入った時、後方から声を掛けられた。
「おい、ちょっといいか、お前ら?」
「どうした?」
先頭で歩いていた副隊長が間を抜けて後ろまでやって来た。俺は後ろから二番目だ。
「汚い獣人の子供がいたと聞いたんだが知らないか? 親が見つけた者に金を出すって言ってるらしいんだよ」
「知らんな」
「そう言うなって、ほら後ろにいるローブを着たちっせぇ四人の顔、見してくれたら助かるんだがな」
目星をつけてここまで来たような口ぶりだ。
俺達の周囲を二人が囲むように移動しているが、まだ何かをするつもりはないらしい。
「誰か、時間を稼いでください」
かすかな声が俺達に届いた。
あの声、ジンデルだろう。眼鏡をかけた黒紫の短髪メイドだ。金次第で仕事を請け負うと自己紹介していた気がする。
「そう言われても、お前達が見たいというだけで、こちらがそれに応じる必要はないだろう?」
「ほう」
時間を稼ぐ必要はないと副隊長は言いたいようだ。戦闘して鎮めればいいと。
ここは居住区画で露店が最も多い貴族街北口付近だ。戦闘すれば周囲も巻き込むことになるだろう。
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