第32話 鍛冶屋と露店巡り

「よろしく、ブランドンさん」


 渡された紙には一人一枚で武器の絵と内容が書かれてあった。所々に修正されているものもある。


 勇者はオリハルコンの片手半剣で鍔は翼のように絵では描かれていた。剣身には魔術式が書かれているが、勉強していない俺には何が書かれているのか分からない。文字で書かれている方には未定と書かれていた。


 タカハシは大盾とそれ用の全身鎧を依頼したようだ。腕だけのはずじゃなかったか?

 サトウは反りのある金属弓だそうだ。

 スズキは木製の長い杖のようで、ワタナベは金属と木の短杖。


 勇者達が頼んだ武具はどれも魔術式が彫りこまれる予定だ。魔術式の内容が詳細に書き込まれたものばかりだった。

 人に合わせたがるイトウが、俺に内緒で頼もうとするのも分かる気がする。


「騎士様方やメイド用の武器は買ってくのか、嬢ちゃん?」

「どうだ、皆?」


 騎士やメイドは首を振り、返事をした。


「問題ないようだ。支払いに関してはいつものように」

「分かった」


 話は終わったと思い、帰ろうとすると勇者が口を開いた。


「アーロンさん、ガブリエラ。お店、見て回ってもいいかな?」

「ミノル様が言うのであれば、大丈夫です。アーロンは?」

「俺も問題ない。一階の店舗スペースだけで頼むぞ」

「もちろん。それじゃ、行ってくる」


 勇者がそう言って飛び出すと、転移者達も一緒に出て行った。

 楽し気な様子が見て取れる彼らに皆、微笑んでいる。


「ブランドンさん、刀ってあるのか?」

「数打ち品ならな、扉出て右、壁沿いを行くと見つかるはずだ」

「ありがとう。俺も見てくる」


 扉を開け、言われたとおり右に向かっていると、イトウが真ん中の方から、こちらに向かってくるのが見えた。

 イトウの歩く通路で止まって、来るのを待つ。


「どこ行くの?」

「イトウを怒りに」

「しっかり断ったじゃん」

「冗談だ。でもなぁ、刀頼んで金も払ってるからな、困るんだ」

「自腹?」

「かもしれない」


 実際、暗部に払ってもらえれば自腹じゃないが、断られたら受け取りの時に自腹だろう。

 返事をして、歩き始めるとイトウも付いてきた。

 少し歩くと突き当りで、左側へ続く壁沿いに武器の入った樽は入り口に続いていた。


 セール品だ。

 並んでいる樽の中に刀が入っているか端から探しているが、樽が多くて見つけられていない。

 そうして俺が探していると、イトウが声を掛けてきた。


「ベンノ、これ?」


 イトウの手には刀があった。

 反りが浅く、全体的に緑色の拵えで、金属部分は金色だった。


「どこあった?」

「樽の後ろに落ちてた」


 並んでいる樽を見てみるとイトウの近くだけ、少し前に出ていた。

 隠す気しか感じられない。


「他にあるか?」

「えっと……これ、じゃない?」


 イトウがそう言って入り口に近い樽を指差した。

 見えなかった為、移動すると鞘と柄巻き以外のすべてを金属で作ったような刀があった。

 長剣などのように鍔も刃と一体になっているようで、違和感しか感じない。

 刃文があるようだったから、鍔だけ別で付けたのかもしれない。


「イトウ、それ見せてくれ」


 イトウが最初に見つけた物は案外作りがいいが、ガラスケースに収まっている武器には劣る。

 鞘から抜いてみると刃にへこみがあった。折り返しに失敗して空気でも入ったのだろう。

 ラッドが作る刀には劣りそうだ。

 どれか買って帰りたかったのだが、こういう刀であればラッドの方が上手いのはイトウもすぐに分かると思う。


「皆様、次に向かいますよ」


 入り口付近から宰相のメイドの声が聞こえてきた。

 騎士やメイドが馬車に移動していたようだ。

 声に従い、入り口に向かうと勇者達とメイドのレイが出てきた。スズキと共にいたようだ。


 鍛冶屋から出て、勇者達とメイド達、副隊長とサージェントが馬車に乗り込むと、すぐに動き出した。

 向かっているのは、露店の多い貴族街北口。


 鍛冶区画の中を通って歩き続けていると、段々と人が増えてきた。居住区画が近くなっているのだろう。

 そのまま、少し歩いていると馬車が止まり、勇者達と世話係が出てきた。


「ここからは歩いて露店を回る」


 副隊長がそう言うと、勇者達はうれしそうに笑い合って周囲を見回している。


「騎士達は前後左右で後ろは二人だ。広がった騎士の中にメイドとミノル様達が入る。戦闘が出来るメイドは端に、中心は戦闘が不得意なメイドとミノル様達だ。馬車は貴族街の北口に待たせておく」


 俺は? 前後左右で四人、後ろは一人追加の五人。俺は?

 というよりもその隊列みたいなの必要か?


「ガブリエラ、そんなに厳重に警戒しなくていい」

「そうだよ、ガブリエラ。警戒しすぎると何かあるって分かるでしょ」


 イトウもガブリエラ呼びだった。第二王女様らしいぞ。


「ですが、守れなければどうしようもないのです。ミノル様」

「僕達まとまって行動するから、だれか二人くらいかな、護衛で付いてもらえばいいと思うんだ」

「それでは私とカッターが付きます。他の者達は周囲に散開して、不審人物がいないか警戒しろ」


 おい、俺も露店回らせてくれよ。

 まあ、これだけ人数がいるなら俺は露店を回っても問題ないだろう。

 不審人物なんて誰を見てもそう思う。それに人通りが増え始めているから、すべてに目を向けられない。


「キムは一緒に来るのよ!」


 スズキはレイを掴んで、勇者達の方に引っ張っていく。

 確か、露店を回ることが趣味らしいから、知り合いの店でもあるんだろう。


「そうでしたね。周囲に広がる者達は二人以上で行動して、ミノル様達の場所を見失わないようにしておけ。それでは向かいましょう」


 警戒させる人員を向かわせるのかと思っていたが、九人はさっさと道を進んでいった。


「それでは私はサージェントと、エナハートはラナマンと組みなさい。ウルフはキンブルとシュタインドルフと行動しなさい。さあ、行くわよ」


 公爵令嬢さんは人へ指示することに慣れているようだ。

 俺は部下にだったら出来るんだが、知らない相手にこうも簡単にこうしろ、ああしろ、と言えない。


「あの、キンブルさん、シュタインドルフさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願います、ウルフさん」

「よろしく、ウルフさん」


 二週間経っても、俺とギルベルタの世話係達へ向けた関係性は進展していない。

 というのも会う機会がそもそもない。

 ワタナベの世話係をしているギルベルタは訓練場には来ない。来たとしても基礎体力を上げる訓練だけでその時、俺は昼寝の時間だ。

 だから、まだ敬称がついているし、名前呼びでもない。


「キンブル、俺達はどう動くんだ?」

「他の方々は急いでミノル様達の先に行きましたから、後ろに入れば問題ないと思います、冒険者」

「冒険者って、いつもそんな感じなの?」

「そうそう、ウルフさん。二週間経ってるんだぞ、名前も呼ばないとか失礼だよな?」

「呼んであげた方がいいと思います、キンブルさん。シュタインドルフさん、ベンノさん、もしくは呼び捨てで」


 ギルベルタはいつも隊長としか呼ばないから、名前で呼ばれるのは少し新鮮だ。


「では、私はベンノさんと呼びます」


 対外的なギルベルタとの関係性を進める時だろう。


「じゃ、俺はギルベルタな。キンブルは?」

「ウルフさん、シュタインどぅ——」


 ん?

 キンブル。俺の名前、噛んだな。


「んー? キンブルー? なんて言ったんだぁ?」

「いえ、何も。行きますよ、冒険者、ウルフさん」


 ムッとした顔がフードの中に見えたと思ったら、すぐに前を向き歩き始めた。

 勇者達はフードを被った二人のおかげで人が多くても、よく見える。

 歩いていると居住区画に入ったようで、少し開けた場所に露店が集合していた。


 勇者達はお菓子を売っている露店に近づいた。その露店は広場に入って来た道から最も近い露店で、俺も食べたことがある。

 一口サイズのパンに果物の汁を煮詰めたソースを付けたものだ。パンは上部が少しへこんでおり、そこにソースが付いている。果物のソースがとても甘く、パンのちょっとした固さも気にならないくらい美味しいから、勇者達も気に入るだろう。


 その店でパンを買った勇者達は、さらに奥の方へ進んでいく。

 居住区画で家に囲まれた広場は大きいが、露店の品揃えはそれほどでもなかった。

 行き交う人の隙間から、笑いあってパンを口に運ぶ勇者達が見える。


 今、この世界を謳歌しているんだろう。

 その後、勇者達は二つの露店で買い物をして、買い物の度に何かを食べていた。

 食事が済むと、貴族街の北口に向かって歩き出した。


「キンブル。俺、小腹空いて何か買うから離れるぞ」

「ダメです、仕事してください」


 前までと違うキツイ目つきのキンブルは俺の食事を拒否した。

 企みがバレる前は面倒な相手くらいに思われていただろうが、今は絶賛警戒中だ。


「はいはい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る