第31話 ベンノの絶望と鍛冶屋
「はい、はい」
馬車がからジャンプして出ると、ギルドの入り口に見たこともない女性がいた。
ここから見ても分かるそこそこ良い服に、覇気のある顔。
俺と似たような年齢だと思う。依頼しに来たのだろうか、女性が一人でいると冒険者相手は危険だ。
案の定、女性の後ろから威圧的な革鎧を着た男が、五人衆の一人だ。死んだわけではないようだ。
デカい包丁にツルツルの頭、身長が大きい男は周囲を見て、俺に気付いた。
接点がないわけじゃないが、今されてるように笑いながら手を振ってくるほど関係性は構築していない。
五人衆の一人が手を振ると、傍の女性も一緒に手を振ってきた。
そして互いの顔を見て笑い合い、左手を見せられた。見せつけられた。
そこまで距離があるわけじゃないから、薬指に光る指輪が見えた時、花束と用意された料理の意味を理解した。結婚した仲間を祝うのだ。
五人衆の一人と女性は互いの顔を見合って幸せそうに微笑んだ後、ギルドに入って行った。
ギルド内から聞こえてくる音は理解できなかったが、喜びにあふれているのは分かった。
俺がボーっとギルドの入り口を見ていると、石畳みを蹄が叩く音、木製の車輪が転がる音を聞いた。
「シュタインドルフ、行くぞ」
「あ、ああ。ヴィクター」
それからの事は鍛冶屋に到着するまで、あまり覚えていない。
露店でおにぎりを買い、塩おにぎり三つを選んだはずなのに、最後の一つで肉が入っていた。そこで、鍛冶屋へ着いて食事をしていたことに気付いた。
王族御用達の鍛冶屋は貴族街西口の大通りに面した場所だった。貴族街にも近い。
ラッドの店よりも明らかに大きく、俺も何度か見に来たことがあったが、いつもの服だったから断られた覚えがある。
馬車の近くには誰もおらず、馬車の中を覗くと待機していたメイドと御者がいた。
「他の奴らは入ってったのか?」
「はい、シュタインドルフ様は向かっていなかったのですか?」
「これから向かうよ。ありがとう」
鍛冶屋に入ると制服を着た男の店員が出迎える。
大量の武器が観賞用とでも言いたいのか、ガラスケース内で展示されていた。
店内が広すぎて、奥の方までケースはあるがよく見えない。
「ようこそ、アーロン・ブランドン工房へ。副隊長様の関係者ですね、皆様は奥の部屋で依頼をしております。このまま真っ直ぐ行けば扉がありますので、ノックしてから入ってください」
男の店員はそう言うと、ガラスケースを拭き始めた。
仕事中で人が入ってくることに気付き、挨拶したようだ。こういう奴は暗部で鍛えると使える奴になる。
奥の扉に近づいていくと、ガラスケースに武器の値札が張ってあるものが増えていった。
長い間、ケースの中に置いてあるという事だろうか。
はっきり言って目が飛び出る数字だったが、俺も思い切ってそれだけ出してるわけだ、提げてる武器に。
武器は長剣や片手剣がほとんどで、刀は一振りもなかった。
どの武器も魔術式が彫ってあったり、魔石をはめ込むような場所があった。
俺には材がどれとか、彫り込む難易度が高いとか分からないが、俺の武器の方が強い、そんな気はした。
ノックしてから入ると、扉近くのソファに座る勇者達と副隊長、その後ろに並ぶ騎士とメイド。紙が並べられた机を挟み、茶髪をまとめた彫の深い男がこちらを見た。
「げっ!」
声を上げたのはイトウだった。
探るような目つきでこちらを見てくる彫の深い男を無視して、イトウを見ると声を上げたまま顔を変えていない。
「嬢ちゃん、コイツは誰だ?」
渋めの声が嬢ちゃんに問いかける。副隊長の事だと思う。
「今回の仕事仲間で、冒険者のベンノ・シュタインドルフです」
「お前も武器の依頼か?」
「違う、新調したばかりだよ」
そう言って腰に提げている刀を叩いてみせる。
男はソファから腰を上げ、刀を食い入るように見つめた。
「その刀、見せてもらえないか?」
「嫌だよ。それよりイトウが刀、頼んだりしなかったか?」
「頼まれたが、どうした?」
「どういうものを頼まれた?」
男の顔を見ず、イトウの顔を見ながら話を進めていく。
顔が段々とバツ悪そうに歪んでいく。
「えっと、野太刀で身幅広め、刀身には炎付与の魔術式と反対側に雷付与の魔術式、鞘には物理と魔力結界の魔術式だったな?」
「い、いえ、だいじょうぶです。依頼はなかったことに」
「どうしてだ、イトウの嬢ちゃん。何がダメだった? あ、あれか! 材の話だな。オリハルコンは俺がどうにか手配する、これでどうだ?」
思わず笑いが出そうになった。オリハルコンって。
オリハルコンはアダマンタイトよりも希少で神代金属と言われている。
アダマンタイトは魔力の通りが鉄よりも良いが、ミスリルより悪い。しかし、強靭でほぼ壊れない。
オリハルコンは魔力の通りがミスリルよりも良く、強靭でほぼ壊れない。アダマンタイトの上位金属だ。
精製方法も分かっていないオリハルコンは、ダンジョンや古代の遺跡からインゴッドの状態で発掘される。武具の状態のものはそのまま売られ、値段も国宝と同じようなものだ。
しかし、インゴッドはさらに価値が跳ね上がる。自分に合った武具をオリハルコンで作ることが可能になるのだ。オリハルコンの武器よりも値段が高い理由だ。
「いえ、もう依頼しませんから、話をやめてください」
「そ、そうか」
「シュタインドルフ、アーロンをいじめるな」
「いじめてない。特殊な刀を頼もうとしたイトウが悪い。それより全員の依頼したのか?」
「ああ、もちろん」
「基本的にはここに書いてあるのと一緒だな」
男は机から紙をまとめて、俺に渡してきた。
「アーロン・ブランドンだ。よろしく、ベンノ・シュタインドルフ」
「よろしく、ブランドンさん」
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