第30話 冒険者の先輩と昼食

 早く登録終わらないかと待っていると、左から威圧的な革鎧と大量の短剣を装備した男が歩いて来た。

 随分とゆっくり歩くその男は、勇者へ話しかけた。


「おい。さっきからさぁ、何だか知らんが、パパとママの、助けがないと、登録も出来ないボンボンが、たぁくさん来てるなぁ。坊ちゃん」


 そう言って酒臭いおっさんは勇者の肩に手を回す。

 それを副隊長が止めようとするが、勇者は首を振り、男の手を取って両手で握手の体勢に持って行く。


「初めまして、僕はミノル・タナカ。冒険者新人ですが、よろしくお願いします先輩。皆さんもお願いします」


 食事場所で近寄ってきた男の仲間なのか、似たような服装の男が四人いた。

 勇者の挨拶は彼らにも向けており、男達は苦笑いしていた。


「へっへっへっへっ、そうだな。俺、先輩だなぁ」


 握手を受けた男は嬉しそうに笑っている。素面でもこれくらいテキトーだったらいいんだが。


「おい、ミノル。先輩がいい事教えてやるよぉ」

「あ、すみません。今から登録なので、失礼します」

「おい、ミノルぅ。はあぁー」


 伸ばした手は空を切り、諦めたように視線と共に床へ向いた。

 そして勇者が受付に向かった為、前に進んだ俺が酒臭い男を避けて進む。

 進んでいる途中で酒臭い男にローブを掴まれた。


「おい。ミノルが行ったからよぉ、お前が聞いてくれよぉ」

「いいぞ」


 振り向いて俺の顔を見ると、口がポカーンと開いたままでボーっと俺を見ている。


「非力、何でお前が新人と」

「仕事だよ。ナイジェルにも入って来た時、そう言ったぞ」

「仕事だと?」

「もういいだろ。後、非力呼びやめろ。お前らの所為で広まってるんだからな。A級の非力って」

「あっはっはっはっは、永久の非力ぃいっひっひっひっひっひ」


 コイツ。まあ、テーブルに座る仲間が一人少なくなったにしては元気そうだ。

 いつも、無駄にデカい包丁を背負っていた奴が見えない。


「またな」

「おう、いつでも酒奢ってくれていいからな」


 俺はアイツらの名前は覚える気がないから五人衆と呼んでいた。威圧的な革鎧と武器、無精ひげが全員の共通点だ。

 空いた席にたくさんの料理、なみなみ注がれた酒、似合わない花束。

 嫌われている訳ではないが、近寄りがたい五人だった。しかし、わざわざ花束を持ってきているのを見ると、何だか偏見を持って接していた俺が嫌になる。


 俺が五人衆の一人と話しているうちに、勇者達は受付で冒険者の等級について説明を受けていた。

 冒険者のF級からA級までは誰もがなれる等級だ。それ以上のSランクからSSSランクは腕利きである事や人柄の良さが必要になる。

 例えば俺のように、知らない相手からの指名依頼を断ったり、ギルドからの強制招集に行かなかったりするとA級とB級を行ったり、来たりする。


 副隊長とヴィクターも勇者達と一緒に説明を聞いていた。

 説明はすぐに終わり、勇者達はうれしそうに冒険者証を見せ合っていた。何かが違っていたりするわけでもないのに。

 俺も冒険者になる時、友人でもいれば違ったのだろうか。


「シュタインドルフ、ボサッっとするな。馬車に向かうぞ」


 副隊長が俺の肩を叩き、出口に向かった。叩き方はトンッ、ではなくパァーンだ。

 ガントレットは外している為、薄着の俺に思っていたよりも細い指が入り込む。

 肩を擦りながら冒険者ギルドを出て、馬車近くに戻った。


 幌が中から上げられ、入って行く勇者達と副隊長。

 俺と役職の無い騎士達は外で待っているが、待っていても動き出さない。

 騎士達はこういう事にも慣れているのか、ピクリとも動かない。

 俺も慣れているが、冒険者の俺は慣れていない。というか冒険者は魔物を狩る以外で仕事をするのは苦手な奴が多い。


 馬車に寄り、木製の部分を叩くと、少しして副隊長が幌から顔を出した。

 フードを深くかぶることを忘れていないようで、顔は見えづらい。


「どうした、シュタインドルフ?」

「鍛冶屋に向かうんじゃないのか?」


 そういう話だったはずだ。副隊長の武器を取り扱う王族御用達の鍛冶屋へ向かう。


「ああ、そうなのだが、もう昼だからな食事をどうしようかと話していたんだ」

「なら、早くしてくれ。腹も減ったし、外で立ってるのも視線がうるさい」


 俺は別だが、他の奴らはフードローブをしっかり着て、動きもしない。

 近くを歩く人の視線は確実にこちらへ向いている。


「ふん。入ってこい」

「へっ?」


 思いもしない提案に変な声が出たが、ゆっくり出来るならと副隊長が幌を上げた馬車に入った。

 中はポーション製造工場と同じように結界術が使われているようで、外には聞こえない激しい議論が行われていた。


「ミノル、麺だよ!」

「いーや、イツキ。パンだ!」

「お前ら、何言ってんだ。昼は白米だろ」

「白米は候補から外れたの、ヒトシンは黙ってて」

「僕は何でもいいけど、お腹空いたな。ナツキは?」

「異世界らしいものだったら、いいかなぁって」

 少し意味が分からず、隣にいる副隊長を見ると、頷いて口を開く。

「昼ご飯何にしようって話」

「聞きゃ分かる。で、ずっとこうなのか?」

「ああ。珍しくミノル様も強情でな」


 珍しいのか?

 いつも周りが意を汲んで思い通りになってるから、分からないだけだろう。


「おい! 昼飯何食べるんだ?」

「麺!」

「パン!」

「米!」

「おい、食堂行くか?」


 はっきり言って何でもいい。お腹は空いたし、仕事は怠い。


「食堂はダメ。米を候補から外した理由はそれだから」

「パン屋に行こう」

「麺のお店」

「はあ。それなら近くの露店で軽いものでも買って、鍛冶屋の近くで食べてりゃいいだろ。何でもあるぞ。どうだ、オハラさん?」


 露店ならパンも麺も米もある。味の濃いものが多いのも特徴だ。


「そうだな。軽いものを買って、鍛冶屋で依頼をし、帰りは露店の多い所で下ろしてもらい回ろう」


 話がまとまり、馬車の端に座ると、副隊長が目の前に立った。見上げるとフードを上げてニカッと笑いかけてきた。


「シュタインドルフ、出ろ」

「はい、はい」

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