第27話 イトウの訓練

「ベンノ、おそーい。皆、待ってるよ」


 イトウにそう言われたが、訓練を始めいればいいだろう勇者達。

 近づいていくと模擬武器を持って話し合いをしているようだった。


「俺の盾はもっと湾曲してるのがいい。出来るなら持ち手に衝撃が少なくなるような革を巻いたりだとかしてほしいかな」

「ヒトシ、それならついでに両腕の防具も作って貰い、より衝撃を減らすようにしてもらってはどうだい?」

「そうだな、マルコム」


 どうやら鍛冶屋へ行く前にどういう武器が良いか、聞き取りをしているようだ。

 そのアドバイスで指南係が必要だったみたいで、イトウが俺を待っていた。

 勇者達はワクワクを抑えられない子供のように楽し気だ。

 イトウもそれにつられて俺の方に走ってきた。


「ベンノ、早く。ガブリエラさんのとこ行くよ」

「も——」

「シュタインドルフ。イトウ様の希望にアドバイスをしてくれ」


 問題ない。

 そう言おうとしたのだが、それを遮るように副隊長がやって来た。

 副隊長の元に行くから副隊長自身が勇者達の希望を書いてまとめているのだと思っていたが、その隣に控える公爵令嬢が一人一人の希望をまとめているようだった。


「えーと、私は——」

「イトウ、もう別の鍛冶師に刀は頼んである」

「え? 私も希望通りの武器欲しかったのに~」

「どんな希望があったんだ?」

「えーと。模擬刀よりも長くて、頑丈な分厚い刀かな」


 どう、と言わんばかりにこちらに視線を向けてくる。うれしさと楽しさが笑顔から伺える。


「ダメだ。それにまだ、魔物すら切ったことないだろう。扱いなれた物で練習してから、好きな刀を使え」


 イトウは心底残念そうだが、もう頼んであるから希望に沿うつもりはない。

 イトウの後ろにいるキンブルは睨むように俺を見てくる。昨夜のことがあるからそうなのか、イトウの希望を聞く気が無いからそうなのか、判断付かない。


「シュタインドルフ、イトウ様の使う武器だ、ヘタな者に頼んでいないだろうな」

「安心してくれ、この刀作った奴だから問題ない」


 そう言って俺は腰の刀を叩いた。

 まだ、一度も第二区で抜いたことはないが拵えだけでも腕が分かるはずだ。


「そういう事なら理解した」


 そう言って副隊長は勇者達の元に向かった。


 俺はイトウに薄板刀を渡して、もう一本の薄板刀の鞘を持つ。


「さあ。訓練だ、イトウ。切りかかってこい」

「今日は絶対に、その鞘切るから」


 それは訓練する目的が変わってないか。持久力を鍛えるのと躊躇なく攻撃できるように訓練しているのだが。

 切りかかってきたイトウだが、意気込みとは違い動きは冷静だった。

 脱力と少しのフェイント、わざと死角を増やすように視線を動かしているのだが、死角に対する攻撃でもタイミングを遅らせたりと上手くなってきている。

 イトウが肩で息をする前に一度休憩を入れる。


「はい、休憩」

「いつもより早くない」


 二週間で様になった納刀をして、俺に問いかけてくる。

 おい、何をするつもりだと後ろからキンブルの圧を感じる。キンブルの素性は知らないがイトウの世話係として矜持みたいなのがあるのだろう。


「今日から新しいことをする。薄板刀貸してくれ」


 そう言って、受け取った薄板刀の下げ緒を柄に縛って固定したものをイトウへ返す。

 俺は鞘を持ったままだ。


「イトウ、俺が攻撃するから逸らす訓練だ」

「逸らすの?」

「ああ、逸らすだけだ。動きが良くなっていけば攻撃してもいいが、今は逸らすだけだ」


 そうしてイトウに逸らし方を教えながら、鞘で攻撃する。

 最初はゆっくりと攻撃していく。物覚えの良いイトウは難なく逸らし方を覚えた。

 過剰に避けていたのは何だったのか、攻撃に対して刀の腹、鎬付近で反らしている。まあ、受けているのは鞘だが。

 ゆっくりのまま、応用とばかりに逸らし方を教えた振り下ろし以外の攻撃もしていく。

 どの攻撃もしっかりと鎬で反らしている。


 段々と速度を上げていく。

 腕に力を入れない振り下ろすだけの速度だったり、少しだけ力を入れて速度を上げたりしていく。

 集中しだしたのか、冷静に対応していくイトウを見て、攻撃の瞬間だけ速度を上げたりもした。どの攻撃もテンポよく逸らしていく。

 それに合わせてこちらもテンポよく攻撃していき、更にフェイントを増やしていくと、とうとうイトウは一撃を身体で受けてしまった。


「いいじゃないか、イトウ。どうだ、攻撃できそうだったか?」

「いや、無理。逸らす動きで攻撃まで頭回んないよ」

「そうか、次はもうちょっと速くするからな」

「いや、無理だって」


 攻撃を受けたお腹をさすりながら、弱音を吐いてくるイトウ。


「キョウカ、すごい訓練してない?」


 イトウに近づいてきたのはスズキだった。魔法系の訓練ばかりだったから仲間が武器を扱っているのは新鮮なのかもしれない。

 訓練を再開したいのだが、スズキがいると再開できない。


「え、そう?」

「すごいじゃない、攻撃されてもそこまで痛そうじゃないし、剣戟すごかった」

「へへ、そう?」


 話は終わったと思い、イトウに訓練再開と言おうとしたのだが。


「すごいぞ、キョウカ。俺は防御しか教わってないのに、攻撃を流すなんて」

「すげぇな、俺も受け止めるだけだからな。キョウカみたいに逸らして体への負担を減らしてぇ」


 勇者とタカハシがやってきて口々に感想を言って、四人で話始めた。

 他二人はどうしているのか、探すと二人で共に訓練しているようだった。

 近づいてきた三人の世話係を探すと、揃ってこちらに向かっている。

 先頭を歩く副隊長を見ながら、顎でこいつらどこかにやってくれと示すと、眉間にグッと皺がより、こちらに進路変更した。

 やばい、第二王女だという事を忘れてた。


「シュタインドルフ、何だ今のは?」

「訓練再開したいんだよ、三人連れ帰ってくれ」

「残念ながら無理だ」

「どうしてだ?」

「今からポーション製造工場に向かうからだ」


 最初からそう言えばいいのに、紛らわしい。

 三人の戦闘指南係の後方に服を抱えたメイドが二人いた。

 宰相のメイドだろう。思っていた以上に訓練していたようだ。


「皆様、お時間になりました。ポーション製造工場、冒険者ギルドにご案内します」

「お世話係の皆様はこちらのフードローブを羽織り、騎士やメイドだと街の者達に出来るだけ知られないようにしてください」


 メイドはそう言って一人一人に渡して回っていく。灰色のフードローブは恐らくクラウドシープの毛で作られた物だろう。


 俺に手渡ししてきたメイドは、少しだけ首を傾げて帰っていった。

 確かに素性がバレても問題ない見た目だから、その行動は分からないでもない。気にはなるが。

 渡されたフードローブを着ると、刀が邪魔になる為、ボタンが合わせられず前は開いたままになった。

 フードローブの必要性があるか首を傾げたくなる。


「それでは皆様、第二区出入口まで向かいましょう」

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