第26話 友人のヴィクター
○
「それでは皆様、お好きなようにグループを作ってください。そのグループでポーション製造工場と冒険者ギルドに向かいます」
朝食が終わってすぐに宰相が来て、転移者達にそう言った。
席を立った転移者はほぼおらず、もう大体一緒にいる人が決まっているようだった。
落ちぶれる寸前の冒険者風な先生は一人で取り残されていたが、どこかのグループに入るだろう。
他にも少しうるさい転移者がいたが、仲の良さそうな転移者に頭を叩かれ黙らされていた。
転移者達に問題児は少ないように思う。二週間の訓練で先生以外は結束が深まったのだろう。
「シノダ様はこちらの五人と共に組んでいただきます」
宰相がそう言い、先生はへこへこ頭を下げていた。シノダという名前らしい。
「宰相さん、僕達訓練してから行ってもいいかな?」
何だか面倒な事を言い出したのは勇者だった。
今日は薄板刀を持ってきていない。このままギルドか工場に向かうつもりだったからだ。
「おい、ヴィクター。何か聞いてるか?」
俺自身もこの二週間で変わったことがある。
カッターと話す機会が増え、そこから黒騎士のヴィクター・ラナマンと訓練もするようになった。
スズキを担当しているヴィクターだが、魔法の訓練の際、特にやる事もなく暇で訓練をしに来た。そこでカッターから訓練相手として俺を紹介されたとの事だった。
しかし、俺はイトウの訓練がある為、どうしようかと迷っているとヴィクターがイトウの攻撃を受ける相手になってくれた。それからイトウが休憩している間だけ模擬戦をしたりと共にいる時間が増え、こうして話すことも増えた。
「……何も」
しかし、ヴィクターは口下手なのか会話は最小限だ。いつものように難しそうな顔で目をキョロキョロさせていた。
「分かりました。ミノル様方は時間が来ましたらメイドを呼びに向かわせます」
「ありがとうございます」
それから宰相が勇者達は第二訓練場で訓練、他二つのグループをギルドと工場行きで分けて、食堂で集まっておくようにと言い、帰った。
宰相が帰るとスズキがすぐに勇者に対して、質問していた。
「ちょっと、ミノル。訓練って何よ」
相も変わらず口調がきつい。
もう少し優しさを含んでくれた方が男は話しやすいと思うぞ。スズキ。
「僕達も武器習熟訓練はしてるけど、キョウカみたいに長時間できてるわけじゃないからね」
スズキ、勇者は対象外のようだ。
気づいたのだが、勇者はイトウの事をキョウカと呼ぶらしい。転移者同士の会話なんてそこまで集中して聞いていなかったから初めて知った。ということはタカハシもか。
「そうなんだ。私は魔法だけだからそういうの分かんない」
「そうなんだよ。イツキ」
思考を放棄してそっぽを向いていたスズキを、名前呼びという高等テクニックで勇者は振り向かせた。いや、そもそも名前呼びだった気がする。
「ヴィクター。お前、あれできるか?」
「無理だ」
いつもキョロキョロしていた目が、今は真っ直ぐ勇者を見つめていた。
それに返答もいつもより早い。
それから勇者達は食事を始め、今日これからの事を話していた。
工場どんなだろうとか、ギルドは荒々しい男達ばかりなのかと楽し気だ。
「そういえば、ヴィクターは結婚してないのか?」
黒騎士として苦労しているのか老け顔なヴィクター。実際の年齢は分からないが結婚していて当たり前な年齢だろう。
「まだだ」
また、返答が早い。男女に関する話になると返事が普通の速度になるようだ。
「今、何歳?」
「二十五歳だ」
「国の騎士結婚相談所に行かなかったのか?」
王国は優秀な人材を欲しい為、優秀なもの同士を結婚させたがる。
騎士同士ならば最良だと、国が騎士の結婚相談に乗り、相手まで紹介するのが王国の仕事の範疇になっている。
「行ってない。仕事が忙しくて」
返事が早い。しかも理由まで付いてくるとは切実なのだろう。
「ベンノは結婚してないのか?」
珍しく質問してくるヴィクター、独身の仲間を探して安心したいのだろう、分からんでもない。
「冒険者だぞ、俺は。したくても出来ないんだ。騎士みたいに引く手あまたじゃないからな」
実際はA級冒険者なら引く手あまたらしいのだが、俺は冒険者として仕事してない期間が長い為、仕事して細々と生活してる奴と思われているらしい。受付嬢曰くだが。
俺は冒険者として仕事してない期間は、暗部として仕事しているから働きものだと思うんだがな。
自分で言ってちゃ世話ないが。
「カッターは結婚しているのか?」
「ああ」
死んだ目で言うヴィクターを見ていると少し悲しさがある。
俺も悲しい。まさかカッターに相手がいたなんて。騎士か、相手は?
「いや、もういい。さあ、訓練行くぞ」
俺は急いで食事を終え、薄板刀を取りに戻り、第二訓練所に向かった。
俺が薄板刀を取り戻っている間に勇者達も来ていたようで、全員集まっていた。訓練は、まだ始めていないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます