第25話 エデオム共和国諜報部隊 隊員マリオン・キンブル
○
明日から外出が可能になるとあって、今日も打ち合わせが必要だった。
この所、毎日話をしているのだが、協力者とは、まだ話せていない。
上司がそれを許してくれないからだ。
隣のイトウ様が寝始めて三時間。深い寝息が聞こえてくる。
冒険者は知らぬ間に寝ていたのか、部屋から出てきていない。
今日もこのタイミングで部屋を出た。
周囲に人の動きはなく、空に浮かぶ星と白っぽい月だけが暗い夜を照らしていた。
兵舎を出て、食堂のある建物の陰でポケットからハンカチを取り出し、口元に当てる。
「マリオン・キンブル。中継室応答を」
魔力を流すことにより、ハンカチの魔術式が発光し、発動した。
『中継室。キンブルか?』
頭に直接響くようなこの通信の魔術式は相変わらず慣れない。
「はい。先日から言っていたように、明日から外出可能になりましたので協力者と話をさせてください」
周囲を見回して誰もいないことを逐一確認する。
噂によると、ここライフォール王国には暗殺組織があるらしいと囁かれている。
確かに私の国でも裏組織が請け負ったり、秘密組織が請け負ったりするが、この国よりも腕が落ちると聞いている。
実際、国で起こった暗殺騒ぎや病死、自殺のいくつかはこの国の組織によるものだと言われている。ただ、やはり噂の域を出ていないのが現状だ。
私の任務は、暗殺組織の存在を探る事ではない。
『分かった。協力者は我が国の冒険者だ。下手な扱いをするんじゃないぞ』
「もちろんです」
『よし、繋ぐぞ』
中継室の上司がそう言うと、途切れながらも協力者の声が聞こえてきた。
再度、周囲を確認して誰もいないことを確認すると、話しかける。
「聞こえますか?」
『あ……お……聞こえる?』
「聞こえています」
『そうか。それでアンタ名前は?』
「名前などいいでしょう。それよりも明日の午後以降に貴族街北口付近の露店を回りますから、その周辺で私達を探してください」
『見りゃ分かんのかいアンタらは?』
「はい、十八人程の集団ですから分かると思います。ミノル・タナカというのが勇者の名前です。出来るだけ迷惑を掛けて、こちらの話を聞かせなさい」
やるべきことはそれだけだ。
仏頂面、と同じ世話係の冒険者に言われる私よりは、この協力者、会話は上手い気がする。
『分かってるよ。それはこっちで考えてある。同情を買ってエデオムに来させるからね』
「頼みましたよ。終了します」
中継室にも一応終わらせることを告げ、ハンカチに流していた魔力を止める。
そして周囲を確認しようとすると、首元に金属の冷たさを感じた。
「へっ?」
視界以外のスキルも使って周囲を確認していたのに、気付かせない練度の持ち主。
私と同業者で、監視していた?
「キンブル。お前はどこの誰で、誰と何を話していた?」
その声はベンノ・シュタインドルフ、冒険者の声だった。
ゆっくりと後ろを振り返ろうとすると、首に当たる冷たさは変わらず、全身を覆うような冷たさが襲ってきた。
「そのまま。質問に答えろ」
どうするべきか。
少しでも音を出せればスキルで攻撃できるが、攻撃した途端、殺されるかもしれない。
ここに来るまでの間に伯爵を迎撃したように、スキルは発動しているだろうし、でもっ!
私は両手を向かい合わせながら上げていく。降参するようにゆっくりと上げていく。
「キンブル。刀には音に反応して相手を切る技がある、今、大きな音を出すと切ってしまうぞ」
私のスキルを知っている⁉
「キンブル。切られて死ぬか、質問に答えるか、選べ」
「質問に答えますが、先に私の命を保障してください」
向かい合わせていた両手を大きく広げ、何もしないことをアピールする。
体を襲っていた冷たさが消えるが、首に当てられた金属はそのままだ。
「契約術を使えないが保障しよう。それにイトウを世話する人が必要だからな、出来れば殺したくない」
笑いながらそう言った冒険者は刀を首から離し、鞘にしまったような音がした。
「そのまま、ゆっくりこちらを向いて、質問に答えろ」
言われたとおりにゆっくりと後ろを向くと、眠たそうな眼が私の一挙手一投足を逃さず捉えていた。
服装は寝間着で、後ろで括っていた長髪は下ろされていたて、肩近くまであった。靴はそのまま足を入れて紐を縛っていない。
この格好で私のスキルを回避してきた?
「早く答えろ」
「ええと……。マリオン・キンブル。協力者と——」
「どこの、マリオン・キンブル?」
所属の事だろう。言えば死ぬことになるのだと考えられる。
「……、エデオム、です」
「エデオムの?」
「諜報組織のようなものです」
「そ。それで?」
「ミノル様の旅先をエデオムにさせる為、接触するタイミングを話し合っていました」
冒険者にそう言うとなんだか安心したような顔をして、頭を二度横に振っていた。
それにしても、ベンノ・シュタインドルフ、ただの冒険者ではないでしょう。
「接触してどうするつもりだった?」
「分かりません。協力者がどうにかするつもりだったようです」
「うーん。どうして旅先をエデオムにしたいんだ?」
本当に悩んでいるのか分からない。特に困り顔ではない冒険者は聞いてくる。
「エデオムでは大量の魔物が度々攻めてきています。冒険者達も防衛に参加していますが、魔物の数に変化ありません。その元凶は何か分かっていませんが、解決に手を貸していただきたいのです」
「そうなのか。なら勇者殺そうとか、転移者殺そうとか、そういう訳じゃないんだな?」
あまりにも目的が違いすぎて、訳が分からず頷くことしかできなかった。
「それで、旅程と出てくる魔物の種類は?」
「旅程はこちらが決める事ではないと思っていますので、ありません。魔物に関してC級冒険者程度の腕があれば難なく倒せると思います」
私の話を聞きながら何度か頷いた冒険者は腕を組み、こちらを睨むように見てくる。
「他に何もないなら良いが、無茶なこと頼むようなら分かるな。イトウの腕が上がってきて楽しくなってきたんだから、俺の仕事を無くさないでくれよ」
「一つ……質問が」
思い切って聞いてみることにした。冒険者が私を殺す気はなさそうだったから。
「どうして私のスキルが分かったんですか?」
「どういうこと?」
「大きな音を出すと切るって……」
訳が分からないような顔をしている冒険者を見て、思い切り下手をうったのが分かった。
「音系のスキルだったのか? 静かに動けって事を大袈裟に言っただけなんだが、儲けたな」
目を見開き楽しそうに口を歪ませる冒険者は兵舎に戻っていった。
その後ろ姿を見て、兵舎に戻り切ったのを確認し、ハンカチで口元を押さえた。
「マリオン・キンブル。中継室」
『どうしたキンブル、話は終わったろう』
「ベンノ・シュタインドルフという冒険者の情報を集めてください。動きがバレましたが特に何かをしてくることはありませんでした」
私が正直に伝えると中継室にいる上司は冷静に返事をしてきた。
『お前がバレることは想定済みだ。腕の立つ者は軒並みメイドとしての腕はなかったからな。だが、対処はしなければならない。バレたのだからな。終了』
そう言って上司は通信を切った。
対処とは冒険者をエデオムの秘密組織が殺しに来るという事。
一瞬、受けた恩に報いるべきかと考え、冒険者に言わないと、と思ったがそれは気の迷い。
たぶん、明日か明後日には冒険者は死体になっている。ただ、死体になっていない気もする。
上司から腕が立たないと言われたが、諜報部隊でも大体の者は音を出していたし、感知することは可能だった。だから、感知出来なかった冒険者はもしかすると、白騎士や黒騎士よりも厄介な存在かもしれない。
ベンノ・シュタインドルフの弱点を見つけなければ、いつ私の活動をこの国に告げられるか分からない。現状は仕事を無くさないでくれよと言っていたように問題はなさそうだが。
これからはイトウ様やミノル様以外にも注意を払わなければ。
私はこれ以上誰にも見られないように、急いで部屋に戻った。
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