第22話 鍛冶屋 ランディ・グッドオール
○
やべぇ!
やべぇ、やっちまった‼
鍛冶場に差し込む太陽が約束の日を嫌というほどに理解させる朝。
周りは静かで暑くも寒くもないちょうどいい、散歩にでも出かけたくなる陽気、だと思う。
昨日は朝の内に作業を終わらせて、冒険者向けに安価で丈夫な武器を作ろうと思っていた。
そう思っていたんだ。昨日の朝、暗部から俺に届け物があるまでは。
「グッドオール、依頼だ。後、これは上からの贈り物だそうだ」
お友達から受け取ったのは装備作成の依頼。そして手の平よりも少し大きい木箱だった。
送り主が「上」というのはよく分からないが、俺は依頼をミスなくこなしていたはずだ。
受け取った木箱を鍛冶場の机に置いた。
見た感じただの木箱だ。
警戒することなく木箱に槌を振り下ろす。
木箱の欠片の中から現れたのは一度だけ見たことのある金属。
極北の民がその昔、精錬していたという金属だった。
豪華というより美しさを感じさせる金色の周囲、空中に赤い粒子が散っていて光って見える。触れない不思議なものだった。
この不思議なものがヒヒイロカネという証だ。
ヒヒイロカネというその金属はこの王国ではそこまで知られていない。
遠くにあるドワーフの国なら知っている者も多いだろう。だが、ここでは価値が分からない金属だ。
「上」というのが誰か知らないが、俺の仕事に満足しているのか褒美として渡したのだと思う。知らないから適当に金属でもと渡す連中でもない。
書物に埋もれた知識を知る人物がお友達にはいるのだろう。
そのお友達の上がなぜ今、渡して来たのか?
俺は今日、アダマンタイトを無駄に折り返しして、芯にミスリルと鉄の合金を使って、上手く刀を作ろうと思っていた。浮いたアダマンタイトで拵えを作れば、芯材を変えても文句は言わないだろうと。
俺は、もしかして監視されているのか。
今日、アダマンタイトを使うことは誰にも言ってない、準備はしていた。
アダマンタイトは加工が面倒な金属だ。
最初は鉱石をミスリルの槌で魔力を流しながら叩かなければならない。
叩き続けているとアダマンタイトとそれ以外で分離をする。
俺が持っているのは分離したアダマンタイトだ。
次はそれを加工していくのだが、アダマンタイトは一度冷めきってしまうとスキルを発動する。
スキルは『変更無効』。冷めきったアダマンタイトは形を変えられない。
だからありったけの石炭を用意している。もしもの為に風を送る魔道具も持ってきている。
そういう時にお友達がヒヒイロカネを持ってきたという事は刀に使えという事だろう。
しかも、俺に対しての贈り物という体裁を取るという事は、ベンノにお友達からだとバレてはならない。たぶん、バレても俺の勝手だという事にするだろう。
クソっ。ベンノの奴、辞めるつもりだとか言って、組織から愛されてるじゃねぇか。俺は弟子に逃げられ、お友達が食い扶持の、ギリギリ鍛冶屋だってのに。
しかし、希少な金属を使うことになる刀の拵えが、一般的では味気ない。
俺はそう思い、店から二階に上がり、いい素材を探し始めた。
見つけたのはケルベロスの革、エルダートレントブラックの太い枝。その枝に巻かれていたアラクネの糸だった。
これならと思い、素材だらけの机の上に分かりやすく置いておき、鍛冶場に戻った。
炉に火を入れようと思っていたが、俺は書物でしかヒヒイロカネを知らない。どういう性質かも、加工の難しさも書物でしか知らない為、実験をしてみることにした。
もらったヒヒイロカネに鏨を当てハンマーで何度も叩くと、ポロッと小さな欠片が取れた。
金床の上に持ってきて、ハンマーで叩くと潰れた。
次にミスリル製のハンマーで叩くとさらに潰れていた。
魔力を流してハンマーで叩くと、まるで水のように叩いた衝撃で飛散した。
「単体では絶対武器に使えない金属ヒヒイロカネ、本当だったかッ‼」
あまりにも楽しくなっていき、実験をつづけてしまった。
そしてこの実験の所為でヒヒイロカネを余らせておくつもりが、全部使ってしまうという馬鹿をやっちまった。
どうにか仕事を終わらせて、鍛冶場で項垂れていたら朝まで寝ていたようだった。
結局、アダマンタイトに少しだけヒヒイロカネを混ぜ、芯は余ったヒヒイロカネを使った。
へらへらしてるのに組織から愛されるベンノを思い返すとむしゃくしゃして、試しもしてないのにアダマンタイトにヒヒイロカネを混ぜたが、出来は問題なかった。
俺が振っても金属の鎧が切れるくらいだ。間違いなく俺史上最高の出来なのは間違いない。
だが、出来るだけいいものを使ったばかりに赤字だ。
ベンノの為にいい刀作って、赤字で、弟子に逃げられて、食い扶持はお友達に握られて、良いことない。
「はあぁあ。寝よ」
俺はそのまま、鍛冶場の床に寝転がり、革のエプロンをくるくる巻いて、枕にして再度寝た。
起きたのはまだ日が出ている時、疲れもそこそこ取れたようで、精神的にも持ち直している。
「ラッド、受け取りに来たぞー」
寝ていた状態から急いで起き上がると、丸めていたエプロンを踏みつけ、急ぎ手を付こうとして砥ぎ待ちの武器を置いている机を倒してしまう。
鍛冶場の扉が強く叩かれた。
ダン、ダン、ダン、ダン。
『ラッド。入ってもいいか? どうだ?』
目が冴えてくるとベンノの覇気のない声が聞こえていた。
「待ってろ!」
寝起きに頑張って声を張って、頭がズーンと重くなる。
扉を開けて出ると、相変わらず年中疲れた顔をしている男、ベンノがいた。
お友達との付き合いでベンノの装備は俺が揃えている。
俺でも楽に抑え込めそうと思うのにも関わらず、お友達のグループではリーダーみたいなことをしているらしい。
今の恰好は見た所、金に余裕が出てきた冒険者だが、いつもは万年E級冒険者だ。
今もセール品の刀を見て、吟味している様は新人冒険者だ。新人は使えもしないが、刀に惹かれる。浪漫があるのは理解できるが。
「ランディ。追加で払わないからな、絶対」
それからベンノに刀を渡すと、見た目だけで注文していない物が含まれていると分かったようだ。
素材の説明をすると、あいつは俺を馬鹿だと言ってきた。全面的に同意する。
「ラッド。この刀身ホントにアダマンタイトか。サリニャックの曲剣は艶のある黒だったぞ」
本当に無駄によく気付く奴のようだ。俺のお友達への配慮を無駄にしそうな勢いだ。
「ああ、サリニャック伯爵様か。あ、あれはな、鉄だ、鉄との合金だったからだ」
実際に鉄との合金なのか知らないが、伯爵の曲剣はアダマンタイト製だ。
「準備できたぞ」
話を続けられても見破られそうだから、急いで準備を終わらせる。
そしてベンノは杭ごと鎧をぶった切った。
切れ味は異常に良さそうだ。
はっきり言って砥ぎが一番面倒だった。
そこそこ熱い状態で刃を作らなければ、刃の付いてない刀が出来上がるところだったからだ。
何だか、むしゃくしゃして変な事もしたが、ベンノの手にある刀の性能が想像以上で報われた気がした。
「この杭、切るからな」
「ああ、もういい。好きにしろ」
ベンノ自身も楽しいのだろう。替えの鎧を待つことなく杭を切るみたいだ。
それを見て、やっぱり俺は鍛冶師なんだなと思った。客の手に俺の武器があって、使いこなしているのを見て、楽しさもあり、うれしさもある。
次は魔力を使ったのが分かった。さっきよりも抵抗なく杭を切っていた。
「ラッド、準備できたって言ったら手を叩いてくれ」
ベンノは俺にそう言って、ベルトから鞘を抜いて刀を納めた。
何をしているのか、二度スキルを使って顔を伏せた。
「準備できた」
「行くぞ」
たぶん技を使うのだと思うが、相手を見ずに使う技があるとは。
俺が手を叩くと、ベンノが刀を振り切った状態で一瞬止まっていた。
戦闘を仕事とする者は少し違う高みにいるようだ。
すごいなぁ、と見ているとベンノが切った軌道に赤いキラキラした粒子が散らばっていた。
はぁ⁉
ヒヒイロカネ特有の謎の光だ。触れられもしなければ、どういうものかも分からない。
これじゃあ、どうやってもバレてしまう、やばい金属を使ったことが。
ただ振っただけ、魔力を使っただけでは何もならなかった。
技に問題があるのか、魔力の纏いなのか。
一瞬止まっていたベンノが逆手に刀を持ち、納刀した。
忘れていたが、杭は切られているにもかかわらずそのままの状態だった。
「ベンノ、お前、刀の腕こんなに良かったのか?」
「俺も驚いてるよ。それより、短剣買って帰りたいんだが丈夫なのあるか?」
下を向いていたベンノは赤い粒子に気づいていないようだから、とりあえずバレるのは阻止できた。
その後、ベンノは安い刀を売って丈夫な短剣を買い、ただの刀二本を依頼して帰った。お友達の金で。頼んだってことはセール品よりも質がいいものってことだな。
それより、ベンノが売った刀を最上級の鑑定に出せば、技がどういうものか理解できるかもしれない。赤い粒子との関係性、それの手掛かりだけでも、掴めるかもしれない。
鍛冶場に持っていき、まずは自分の鑑定スキルを使って見てみようと思い、机に置いた。
傍にはハンマーで壊した木箱が散乱していた。
ヒヒイロカネの衝撃で片付けるのも忘れていたらしい。
あれから慌ててたものだと、苦笑いしながら散乱している欠片を拾うと割れてなかった面に紙が張り付いていた。
どうやら木箱には開け方があったようだ。
依頼書と一緒に渡してくれればよかったのに、と紙を開いて読み、体から力が抜けた。
内容はこうだ。
『ランディ・グッドオール。
名高い鍛冶師である、あなたと友人でいられる幸運に感謝して贈り物を。
日頃の友情に感謝しています。お好きなようにお使いください。お友達より』
「あぁああぁああぁー! やっちまったァァァァァァ‼」
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