第21話 鍛冶区画にて
最後の目的地は居住区の隣、鍛冶区画だ。
北口から真っすぐ進むと、居住区画が王都北門まで続く。居住区画には赤騎士が巡回して、犯罪を未然に防げるように仕事をしている。
北門手前から二つ目の交差路を左に曲がると少し先の方から煙が出ているのが見える。もう二つほど交差路を進むと鍛冶区画だ。
鍛冶区画近くには住みたがる人がいない。大抵は鍛冶屋が住んでいるが、空き家も多い。
シンとした場所だからこそ、鍛冶区画から聞こえてくる音がよく耳に入る。
しばらく歩くと鍛冶区画で最も人気のない場所、王都を囲む壁に近く、道からは遠い建物に着いた。
周囲の建物よりも少し大きく、敷地も広い。
見た目は、二階建ての建物の横に鍛冶をする為の小屋を付けたような感じだ。
見る限り煙突からは煙はでていない。音も聞こえてこない。
仕事はしてないみたいだ。
勝手知ったる場所の為、扉を開けて中に入った。
二階建ての一階部分は店舗になっていて、大量の武器が適当に置かれてあった。
樽に入ったセール中の武器も大量だ。
刀を集めた樽もある。前はそこから買った。
「ラッド、受け取りに来たぞー」
俺がそう言うと右側から物が落ちる音、大きな金属音、男のうめき声が聞こえてきた。
「おい、ラッド。入ってもいいのか?」
右側は鍛冶場だ。
いつも入るなと言われている為、扉の前で呼びかける。
ドアを数回叩き、呼びかける。
「ラッド。入ってもいいか? どうだ?」
「待ってろ!」
大きな声が返ってきた為、安心して樽にある刀を何本か抜いて振っているとラッド。ランディ・グッドオールが出てきた。
短い茶髪に、蓄えられた髭、首元には目の部分が黒色のゴーグルがある。その下の大きな体を覆う革のエプロンは汚れが雑に拭き取られていた。
この汚れたエプロン男は、ランディ・グッドオールだ。
「おい、商品に触るんじゃねぇ! いくらすると思ってんだ!?」
「一万円でも買う奴いねぇだろ。俺は五万円で買うけどな。それよりラッド、何があったんだ?」
心配してそう言うほどにエプロン下の服はくしゃくしゃで、疲れ切った顔をしているラッド。あと、臭い。
気まずそうにしながら答える。
「何でもねぇよ。それより受け取りに来たんだろ。ちと待ってろ」
そして出てきた部屋に戻っていくラッド。
挨拶しに出て来たのか?
いつもだったらカウンター近くに置いて、砥ぎながら待っているんだが。
待っていると手にシンプルではない刀を持ったラッドがゆっくりと出てきた。
いや、見た目はシンプルだ。しかし手に持っている刀にはどう考えても、俺が頼んでいない素材を使っているのが分かる。素材が異彩を放っていて簡素に見えない。
「ランディ。追加で払わないからな、絶対」
思わず名前で呼んでしまうくらいに高い素材だ。
「はあ、だよな。一応言っとくぞ。鞘に使った木がトレントの変異種、エルダートレントブラック」
「おい、ランディ。お前バカだろ」
「はあぁ、だよな。でもまだある」
目を伏せ頭を抱えているラッドは今にも泣きだしそうだ。
手放したくないくらい良い素材を何故使ったのか。
「鞘に巻いている革は魔族が侵攻に連れてきていたケルベロスで、柄巻きはアラクネの糸製だ」
「刀身もなにかしてるか?」
「いや、刀身はアダマンタイトとミスリルの合金だ、鎺には純ミスリルを鍔は純アダマンタイト、他も純アダマンタイトだ」
ケルベロスなんて俺見たことないぞ。
アラクネは見たことあるが、巣を構えているのは見たことがない。
まあ、ラッドがバカだというのは分かった。
「大赤字だろうな。それで試し切りさせてくれるのか?」
「ああ大赤字だ。待ってろ、裏で用意してくる」
そう言って俺に刀を渡して店舗入り口正面奥の裏口から外に出た。
俺もそれに続いて出ると、へこんだ鎧をラッドは杭に固定していた。
それを待ちながら刀を抜くと、黒く綺麗な刀身が出てきた。よーく見ると三つ毎に深い刃文が見える。刀身全体が黒い為、碌に見えないのが残念なところだ。
しかし、色合いがサリニャックの曲剣とは少し違う。素材はアダマンタイトなのか。
「ラッド。この刀身ホントにアダマンタイトか。サリニャックの曲剣は艶のある黒色だったぞ」
「ああ、サリニャック伯爵様か。あの方が持っている曲剣は名工が作ったのだったな。たしか、あれはな、鉄だ、鉄。鉄との合金だったからだ」
本当か嘘か分からない。
嘘っぽいがミスリルと鉄の合金は黒っぽくなるし、本当かもしれない。
「本当か?」
「艶のある黒色ならそうだな」
自信たっぷりなラッドに安心して、刀に魔力を流してみる。
恐らく芯がミスリル多めなのだろう、流しやすくて魔力操作がしやすい。
「準備できたぞ」
ラッドが杭から離れるのを確認。
流している魔力を止めて武器の強さをはかる為、そのまま切る。
鞘をベルトに固定して、上段に構え、へこんだ鎧に向かって振り下した。
袈裟切りをした結果、鎧はもちろん杭もスパッと切れた。
振った感じ少しだけ重く感じるがすぐに慣れるだろう。この結果だけでも手放したくなくなった。
「この杭、切るからな」
「ああ、もういい。好きにしろ」
何が楽しいのか笑っているラッド。たしかに渾身の出来なら俺もうれしくて笑うだろう。
次は魔力を流す。
芯から表面まで全てに魔力が流れ込み、杭を切る。
魔力を流さなかった時と比べて手応えが軽くなり、軽く振っても楽に相手を切れそうだ。
次は魔力を纏う。
「ラッド。準備できた、て言ったら手を叩いてくれ」
刀を鞘に納めて、スキルを使っていく。
『身体把握』『反応強化』
今は相手が動かない杭だから、最低限のスキルで問題ない。
「準備できた」
目を閉じて、下を向く。
『波斬』
「行くぞ」
恐らく、手を叩いた音が聞こえた瞬間、音に反応した俺の体は杭に一撃を入れた。
魔力を纏う、というのは刀身の表面に薄く魔力を纏わせる事だ。
流すのは武器に流れてさえいれば、武器から溢れていようが問題ない。
技系スキルは纏いに魔力を消費しない、技系スキルの発動時に規定の魔力を消費するだけだ。
魔力の消費量はスキル毎に習得順で変化する。
例えば、刀技スキルは『身体把握』を最初に習得し、次に『反応強化』だ。
『身体把握』の魔力消費量は『反応強化』の大体五分の一、『身体把握』は俺の場合、百回使っても魔力に余裕がある。
技系スキルと違い、術系スキルは発動する時、魔力を用いて効果を発揮する場合を除き、魔力を消費することはない。
訓練を積んだ技術を意識的に扱うだけだから、スキルとして生えているだけ、という感覚だ。
技系スキルが強いのは、発動時に魔力を使い、術系スキルよりも高い効果を発揮する所だろう。
納刀して杭を見てみると、そのままの状態だった。
近くによって杭の上部を押すと、上側だけ倒れていった。
今まで、こんなにも木を上手く切れたことはない。
道具がいいから腕が上がったと錯覚してしまいそうだ。
「ベンノ、お前、刀の腕こんなに良かったのか?」
ラッドは相当驚いていたが、過剰な気がする。
今までもそこそこ良い所を見せているはずだ。
「俺も驚いてるよ。それより、こいつの銘は?」
「緋煌。緋色に煌めきだ」
「ダサっ」
俺がそう言うと目の前で赤字で泣きそうだった時よりも項垂れるラッド。
「ラッド。今の刀売って、短剣買って帰りたいんだが丈夫なのあるか?」
「待ってろ」
顔を上げ、店舗に戻ったラッドを追い、渡された短剣はミスリルと鉄の合金だった。少し黒くて頑丈だ。
「お友達が払ってくれるから、もらってくぞ。後、普通の刀二本作ってくれ」
「短剣の金と刀の事、お友達から受注したから加えられるか聞いとく。その刀は綺麗に拭いて、日に一回、魔力を流すだけで問題ないからな、偶に持ってきてくれよ」
ラッドも暗部が払うことに賛成のようだ。ニヤッと笑いながら、整備の仕方を教えてくれた。
「ああ、旅に出る前には持ってくるよ」
空を見ると東の方が薄紫色になり始めていた。今から帰れば午後の訓練が終わった頃かもしれない。
第二区に戻るの面倒だなぁ。
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