第20話 貴族街の服屋にて

 区間には十人以上の赤騎士が配置されており、出入りする度に身元の確認と武器持ち込み許可の有無、所持品の確認が行われる。

 城壁区画から出ると街に出たと感じたが、ここは貴族街。


 周囲には豪奢な馬車や、それで外歩くつもりか、と言いたくなるような綺麗な服を着た人達が多くいた。貴族は当主やその仕事を手伝っている者でない限り基本は暇だ。


 第三区の御用商人の店で何を買おうかと迷っている者が伯爵以上で、貴族街周辺で遊んでいるのが子爵以下だ。

 子爵でも財政が良い所は第三区でつながりを強める傾向にある。


 そんなことを考えながら、貴族街を歩いていると、一つ目の目的地に着いた。

 外観は貴族街にふさわしい綺麗なものだが、少し見上げると古臭いガラスを使用した二階の窓が見えた。

 相変わらずのようだ。


 ドアを開けて入ると、ドア上部のベルがカランカランと音をたてた。ドアベルは前来た時、付いていなかった。


 狭くもないが広くもない店舗は、上品な香りで満ちていた。

 店内は大量の衣料品が棚に整頓されており、正面のカウンター横には木の人形が仕立てられたスーツを着ていた。

 前来た時とは違うスーツを着ている。儲けは出ているようだ。


「リンド。リンド、パンツ買いに来たぞー」


 俺がそう言うとリンド・マルムボリはカウンター横の扉から出てきた。

 ものすごい形相で今にも「おぉいッ‼」と言い出しそうだ。


 怒りの形相で出てきたリンドの服は、大きな体のラインが分かるようなドレスだった。

 ドレスに使っている布は薄く、スリットが入っている。貴族で着る人はいないだろう。

 見たところ、ドレスを着た男だ。

 女性になりたいわけではなく、女性の服を着たいらしい。

 彼は自分が着られるドレスを作りたくて裁縫を覚え、知り合いから勧められて店を始めたと聞いている。

 それから腕が評価されて貴族街に店を構えられるのだから、服に対する情熱は異常だ。


「ベンノ! お前が愛用してるパンツはそこ! 金はいつもみたいにしとくから早く出てけぇ!」

 言葉すべてが小声で何だか焦っているようだ。


「どうした、リンド? そうそう、実はな黒いサンダーゴートのズボンが手に入るから、それに革で補強してもらおうと相談に来たんだ。パンツも買いに来たけど」

「分かったから、受けるから、帰れ!」


 俺だけ普通の声量で話していると、リンドの出てきた扉が開いた。

 そこから出てきた人の顔を見た。


「マム。どなたかいらっしゃったの?」


 そして、まずいと思った。

 長い茶髪に豪華なドレス、指には王族を表す黒地に金色の国章を刻んだ指輪。

 年齢は見た所、俺と同じくらい。その歳で王国にいる王族は一人だけ。

 へスター・ライフォール。現王の側室の子で王位継承権を放棄して怠惰に暮らしている、と聞く。


「あら? マムの友人?」

「は、はい。もう出て行くそうですので、部屋でお待ちを」


 汗をかき始めたリンドを見て、帰った方がいいと理解した。

 へスター・ライフォールが来ているという事は近衛隊も近くで警備をしているだろうし、実行部隊の王族警護兼監視員達も近くにいるだろう。

 俺は急いでパンツを二つ取ってリンドに言う。


「リンド、頼んだぞ。じゃあな」


 出て行く時、へスター・ライフォールが不思議そうにこちらを見ていたのが、目に入った。

 冷や冷やしながらも一つ目の用事が終わり、貴族街から急いで出た。


 王都の中心に王城があり、その周囲に城壁区画がある。城壁区画の周囲には貴族街があり、貴族街は背の低い壁で囲われている。

 赤騎士二人が守る貴族街北口を抜けると露店が大量に並ぶ場所に出た。貴族街の壁に沿って露店が並んでいる。


「いやぁー。帰ってきたって感じだな」


 この雑多な感じだ。

 食材を焼く匂いと騒々しい人達、酒場の外で昼間から酒を飲むおっさんたちの声。


 俺はたった二日で懐かしさが込み上げるくらい、第二区での生活は嫌なようだ。

 最後の用事の目的地は居住区の隣、鍛冶区画だ。

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