第19話 ベンノの技量
俺は一歩踏み出し、いら立ちを隠してサリニャックに話しかける。
「サリニャック伯爵。指南係にどうしても、どーうしても、なりたいのであれば、宰相様にご相談してからの方がよろしいと思いますが?」
神経を逆なでするのは俺の特技で、宰相が長年苦しんできたことでもある。
「冒険者シュタインドルフ、忠告感謝するよ。君に技量がないのは分かった。宰相殿に抗議しよう」
「ご安心を、サリニャック伯爵。技量というのであれば、どの冒険者、いえ、近衛隊の隊長をも上回ると自負しております」
思わず口の左側がニヤリとしてしまう。
現在の近衛隊隊長はサリニャック伯爵と御前試合をした事のある人物だ。
勝利し試合後に王からサリニャック伯爵の腕を聞かれた隊長は、腕は良く、大概の騎士に勝るが騎士になれない男と言った。
その昔、当主にならぬならば騎士に、と目指していたサリニャック伯爵の噂は広く知れ渡っている。それを騎士の頂点である近衛隊の隊長から無理と言われたのだ。
屈辱を味わった相手よりも俺の方が上というのだ。ほじくり返され、俺よりも弱いと遠回しに言われ、冷静でいられるかぁ? サリニャック伯爵ぅ?
「冒険者シュタインドルフ。武器を抜け」
「こちらは模造刀です」
両手に持っている薄板刀をしっかりと見せつける。
にやけ面が表に出ていないか心配だ。
「その腰の武器は?」
「刃こぼれしている刀ですが?」
武器で打ち合う気満々なのはわかる。
でも、相手の武器がボロボロだったら、相手に負けた理由を付けられてしまう。
武器が刃こぼれしてたから、俺はそう言うつもりだ。
「いいから、武器を抜け」
サリニャックが周囲に魔力を放出して、魔素の濃度が上がる。イライラしすぎているようだ。俺を切り殺すつもりか?
魔力に慣れない人達は息苦しく思うだろう。
実際、イトウもある程度離れているのに顔が険しい。
「キンブル、これ持って離れろ」
薄板刀を渡して、離れるのを見届けていると視界の端にいるサリニャックの体が二度、発光した。
スキルを使ったようだ。
刀に手を掛ける前にこちらもスキルを発動する。
『身体把握』『身体強化』
左手を鞘に添えた瞬間、サリニャックはこちらに踏み込んで曲剣を振り上げていた。
身体強化系のスキルだったのだろう、サリニャックの間合いに入っている。
刀を抜いてから切りつけるのでは遅い。まあ、元々そのつもりはないが。
『瞬閃』
スキル、刀技。一つ目の技にして四つ目のスキル、瞬閃。
刀に魔力を纏い、瞬きするくらいの短い間に刀を抜き、切りつける。
強い魔物になると避けることが可能だ。
袈裟切りの曲剣が切り上げの刀によって軌道を逸らされる。
逸れた曲剣を振り切るサリニャックを見ながら、間合いから離れる。
サリニャックの曲剣は、黒く美しい光り方をしていた。アダマンタイト製のように見える。
「確かに、技量は問題ないようだ」
刀を見てみると刃こぼれしていた場所がさらにボロボロになっていた。
もう折れるかもしれない、その位深い罅も見える。
「武器に関して問題があるようだが、指南係になったのだ、大丈夫だろう。キョウカ・イトウ様、訓練中失礼いたしました。それでは」
メイドと執事が礼をしてサリニャックの後に付いていく。
面倒ごとが増えた気はするが、俺は気にしない。そう思っておくと気にならなくなり、いずれ忘れる。まあ、悪いタイミングで思い出すこともあるが。
「イトウ、そこまで、実戦がしたいか?」
サリニャックを見送った後、すぐに質問した。俺が聞きたいのは何よりそれだ。
「うん。でも、まだなんでしょ?」
「当たり前だ。俺に切りかかられても動けないだろう、殺しに来る相手なら猶更だぞ」
「そりゃあベンノが切りかかってきたら動けないよ。さっきみたいに速いからね。というか丁寧に話せたんだ?」
「速いのはスキルを使ったんだ、それに話し方はどうでもいいだろ。それよりも新しい事するぞ」
ボロボロになった刀を鞘に納めた。
「ありがと、キンブル」
そう言って仏頂面のキンブルから薄板刀を受け取り、イトウの間合いに入った。
薄板刀を抜き、地面に置いて鞘を軽く振る。
「よし、イトウ。俺を切ってみろ」
両手を広げてイトウにそういうが、案の定、行動できない。
「本気⁉」
「本気だよ。安心しろ、今のイトウじゃ俺に当てることもできない」
少し笑いながら、ほらほらと体を揺らして攻撃を待つのだが、まだ決心できないようだ。
薄板刀を持つ手が少し震えているのは、恐れからだろうか。
「行くよ!」
決心したイトウは思った通りの袈裟切りで攻撃。
鞘を振って適当に逸らすとイトウの体も大きく、傾いた。
しかし、逸らされたことで安心したのか、さらに攻撃を続けてくる。
右薙ぎを逆らわぬよう右下に逸らすと、切り上げ。
体が動いた方向から逆方向へ攻撃が来るのだから、動きが見えていれば対処は簡単だ。
しばらく逸らしているとイトウが攻撃をやめた。
素振りをし続けても昨日ほど疲れていなかったのに、今は体全体で息をしている。
「何で、そんなに、簡単に、逸らせるの」
「動きが読めるからだ。それより生き物相手にすると異常に疲れるだろう?」
「私、持久力、ないんだ」
思わず首を振って笑ってしまった。
「ちがうちがーう。体が緊張してる所為で力んでるんだ、力を抜く方法を覚えないとな」
俺がそう言うとイトウはムッとして言い返そうとするが、疲れているのか諦めて地面に座り込んだ。
「はああああぁ。疲れたぁ!」
随分と大きな声と体の動きで疲れを表現するイトウを見ていると、懐かしさから苦笑してしまう。暗部の訓練でこういう光景は何度もあった。
少しの間、笑っていると宰相の雑用メイドが第二訓練場に入ってきてベルを鳴らした。
「皆様、お食事の時間です。食堂に向かってください」
「よっしゃ、朝の訓練は終わりだな。昼から俺は用事済ましてくるからキンブル頼むぞ」
「それって、刀の、事?」
疲れが全面に出ているイトウはまだ立ち上がっていない。
「そう」
「帰ったら、私にも、見せてね」
「気が向いたらな」
食堂で昼飯を済ませて、王都城壁区画の第二区、第三区を出た。
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