第18話 面倒ごとの予感

 俺が部屋から出るとキンブルもイトウの部屋から出てきていた。


「おはようございます。冒険者」

「おはよう、キンブル」


 キンブルは部屋に戻ったイトウを待っているようだったから、俺は顔を洗い、食堂に向かった。

 昨日同様に勇者達の集団近く、世話係集団で食事をしていると、宰相も昨日と同じように話始める。


「皆様、お食事中失礼します。本日は魔法や魔術系のスキルをお持ちの方に魔力操作を覚えていただきますので、食堂で待機してください。それ以外の方は昨日同様に武器習熟をお願いします。午後からは基礎体力を上げる為の訓練をしていただきます。皆様、本日もよろしくお願いします」


 宰相が出て行ってから食堂は少し騒がしくなった。

 転移者達が口々に魔力操作についての話を始めたからだ。

 その波にのまれた男が一人、俺の対面に座っていた。


「ベンノ、魔力操作は得意か?」

「カッターは?」

「騎士の中では平均的な方だ。そっちは?」

「冒険者の中では平均的よりも上手い方だ」


 食事を続けながら器用に会話してくるカッター。

 俺は食事を中断しないと話せないタイプの人間だから、食事中の会話は苦手だ。


「そう言えば今日、刀を取りに行くのか?」

「ああ、楽しみだ」


 それ以降会話は続かなかった。

 監視されていないギルベルタとか、部長とか、冒険者ギルドの受付嬢だと馬鹿話もできるのだが、騎士相手に会話をしていたらボロが出そうだ。

 食事が終わり、第一訓練場に向かっていると宰相の雑用をしているメイドがいた。


「皆様、本日は第二訓練場をお使いください」


 確かにここにいる人数は転移者六人とその世話係十二人。第一訓練場は大きすぎる。

 俺は食堂に最も近い訓練場の端に向かった。

 他の転移者達も大きく広がり、第二訓練場を端から端まで使っている。


 第二訓練場は第一訓練場よりも狭いとはいえ、この人数なら十分広い。

 俺の前で体を動かしているイトウに薄板刀を渡す。


「今日も素振りだ、そこそこマシになったら新しい事するからな」

「朝、言ってたこと信じるから、頼んだよ」

「心配するな。面倒でも言ったとおりに続ければ上手くなる」


 そして素振りが始まった。

 振って修正をするが、一日で覚えたのか直すところがほぼなかった。

 嫌なくらい早い。何度も振らせているが疲れによって振りが遅くなっても刃筋が立っていた。


 予定より早いが、次の事をさせる為に薄板刀を鞘から抜こうとした時、重そうな足音が聞こえてきた。

 足音の主は他にもジャラジャラと音をさせていて、とてつもなく面倒な予感がした。


 音の主を見る為に振り返ると、執事とメイドを一人ずつ連れた貴族がいた。

 その貴族は第二訓練場に入り、こちらに歩いてくる。


 俺よりも大きく勇者に近い身長。騎士くらいガタイが良くて、左の腰には作りのいい曲剣が差してあった。しかし、指輪を両手の指すべてに付けており、左肩のマントの留め具から金色の鎖が大量に出ており、それがジャラジャラと音をたてているようだった。貴族の趣味は分からない。


 マントには紋章を刺繍してあった。刺繍の色は銀色で赤地のマント、伯爵家以下だ。

 自信に溢れ、プライドが高そうな貴族は何故か俺に近寄ってきた。

 そして俺に背を向けて立ち、イトウに対して頭を下げる。


「初めまして、私はオノレ・サリニャック。お名前をよろしいですか、お嬢さん」


 素振りをしていたイトウに対してそう言ったサリニャックは、伯爵だ。

 メイドと執事が俺を挟むようにいて、居心地が悪い為、キンブルの隣に移動するとイトウは首を傾げていた。


「え、はい。キョウカ・イトウです……」

「美しいお名前をですね。それに綺麗な素振りでした。これ以上は必要ないと思うほどにね……」


 そう言って移動していた俺の方に視線を向けてくる。

 さあて、お貴族様は何をするつもりなんでしょうかね?


「キョウカ・イトウ様に戦闘指南している者の所属と名前、あとどこにいるか、教えていただけますか?」

「えっと……」


 こちらにを心配そうに見てくるイトウに頷いておく、サリニャックは武に優れている男だ。何かしら気になる事でもあるのだろう。


「あそこの冒険者、ベンノ・シュタインドルフです」


 分かっていたのだろう、薄く笑ってイトウに再度話しかけた。


「キョウカ・イトウ様、あの者、あなたの技量が分かっていないようです。あなたはもう、実戦に入ってもよい頃です」


 その言葉を聞いて、確かに腕はそうだろうと思った。

 しかし、殺すために向かってくる生き物に相対したとき、冷静に技を出せなければならない。

 腕よりも精神が弱い。だから精神が働く余地を反射で埋めて殺した後に迷う、そこまで出来なければ初戦は俺の手助けが必要になるはずだ。


「そうなんですか!?」


 イトウ。おい、イトウ。

 少し、うれしそうなのは何故だ?

 俺はお前を強くすると今朝、言ったばかりだろう。


「はい。私が指南係を交代して、実戦に移ってもよいでしょうか?」


 おい、サリニャック。宰相の顔に泥を塗ることになるぞ。

 わざわざ冒険者を採用したのに二日目で伯爵に交代したなんて、人を見る目がない奴という評価を受けることになるぞ、宰相が。


「え、でも。ベンノが……」


 おい、イトウ。

 どれだけ実戦がしたいんだ。気が早い。


「安心してください。冒険者ですから私が報酬を払えば、快く帰ってもらえます」


 とてつもなく不快です。

 細い目をより細くしてしまうくらい、イラっとしました。

 こちらを伺うイトウは、俺のいら立ちを理解してはいないだろう。

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