第17話 イトウの頼み


 ○


 昨日はギルベルタから情報を聞いた後、夕食まで寝て過ごしていた。

 夕食の時には転移者達が第二区の話をしていて、騎士達の鎧を見せてもらったり、訓練を見たりしたそうだ。


 今日は起きて着替えてキンブルが来るのを待っていた。

 隣の部屋の扉が開き、足音がこちらに近づいてきた。隣のベッドはここに来た時から変化がない為、キンブルはイトウの部屋でこれからも寝るらしい。


 扉が開き、姿を見せたのはキンブルではなく、イトウだった。


「お、キンブルじゃないんだな?」

「代わってもらったの、頼みがあって」


 イトウがする頼み事に心当たりはない、もしかすると第二区を回って何かあったのかもしれない。


「頼みって?」

「えっと……魔力の……扱い方を教えてほしいんだけど……」

「どうしてだ?」

「昨日、騎士の訓練を見てて、魔力を使って体の強化をして、戦闘をしてるって聞いた……から」


 イトウは少し勘違いをしているらしい。

 冒険者に成りたての者達よりもひよっこだ。


「イトウ。弱い魔物は魔力を使わなくても、武器で攻撃したら死ぬ。魔力を使うのは自分よりも強い奴か、弱い奴を早く倒す時だけだ」

「でも、魔力は騎士になったら扱いを教え込まれるって言ってたけど」

「騎士は鎧に魔力を纏わせることで付加されたスキルを発動させられる、だから魔力の扱いを覚えるんだ。焦るな、俺はイトウに武器の扱いを教える。そうして覚えていると知らぬ間に魔力の使い方も覚えるはずだ」


 嘘みたいな話だろうがな。


「なにそれ? 絶対嘘じゃん。ミノルもヒトシンもキヨもイツキもナツキも今日から教えてもらうって言ってたのに」


 名前が多いよ。タナカとタカハシとサトウとスズキとワタナベだな。タカハシはヒトシだろ?


「皆からスキル教えてもらったか?」

「うん……」


 伝承の勇者は人と違うことを喜んでいたのだが、イトウは皆と一緒がいいようだ。


「皆、魔法とか魔術とか持ってたんだろう?」

「キヨは持ってなかったけど?」

「なんのスキルがあったんだ?」

「世話係だから言うけど、冒険者仲間に言っちゃだめだよ」

「安心しろ。冒険者仲間はいない。偶に組む友人くらいだ」


 実際は極々稀に組む、数合わせでA級以上の冒険者を求めるSランク冒険者の知り合いだけで友人は冒険者にはいないのだが。


「和弓術、召喚術、体術、魔弓術」

「分かりやすく魔がついてるじゃない。それに召喚術も魔力を使うスキルだぞ」

「じゃあ、私の魔剣技は?」

「それは、地力が足らないって言っただろ」

「もう、マジで何なのそれ! 何が違うのか、ぜんっぜん分かんない!」


 イトウ、朝からイライラを俺に吐き出さないでくれ、寝起きは悪い方なんだ。

 イトウからの言葉に頭が重くなり、目を閉じて深呼吸をする。

 いずれはイトウに教える呼吸法だ。


 体の中にある魔力と外にある魔素を識別する。次に呼吸と共に魔素を体内に取り込んだら、少しずつ魔力中に魔素流し込んでいく。これを呼吸する度に行い、使うだけ減っていく魔力を補給していく。


 息を吐くと同時に取り込めなかった魔素を吐き出して、目を開けると少しだけ視界がクリアになった気がした。


「えっとな、魔剣技は俺もどんなものか知らない、スキルを持ってる者が少ないからだ。魔剣を使えるようになるスキルかもしれない。でもスキルが使えなかったって事は地力の問題だと分かる」

「どうして?」

「召喚術と魔弓術は魔力を意識的に使う術だ。術っていうのは普通、人が努力して覚えて使えるようになるものだ。使おうと思えば普通使えるまでになって術になる。サトウもスキルを使えるんだろうな」


 魔剣技というのはSSSランクの冒険者が持っているとギルドが開示しているだけで、その内容は知られていない。そもそも魔剣とは伝説の存在で、勇者の伝承にも出てこない存在を疑問視されるものだ。


「意識的につかうんでしょ? 私達魔力がない所から来てるんだけど?」

「イトウ達は術を扱う時、無意識だ。俺達にとっての魔法と一緒だ。努力をして俺達が覚える者を無意識で出来るようになっているのが、転移者だからな」

「無意識だったら、覚える必要ないんじゃない?」

「他にスキルが必要になった時、魔力が扱えないと何もできないぞ。それに地力が足らないと基本的な事しかできないからな」


 俺の話に頭を抱えるイトウを見ていると少し面白い。イライラをぶつけられたお返しだ。


「それじゃあ、その魔力の扱いも地力の一つなの?」

「もちろん。地力が足らなくてイトウは近接武器術のスキルが使えていないんだ。その内、発動出来るようになるだろうが、基本的な動きしか上手くできないだろう。魔力の前に基礎体力を上げることが強くなる近道だ」


 納得してない顔をしているイトウは、下を向いて悩んでいる。

 俺を説得する方法でも探しているのか。


「結論は基礎体力を上げて、素振りを覚えろって事?」

「そうだな。呼吸や姿勢、歩き方、脱力。他にもいろいろ覚えることがある。どれも地道で面倒だが使えるようになれば、騎士よりも圧倒的に強くなれることを俺が保証しよう」


 大きいことを言った気はするが、間違いない事ではある。

 騎士と俺とでは戦闘においての目的が違う。

 守り戦う長期戦に強い騎士。短時間で戦闘を終わらせるのが俺だ。

 守りは下手だが、守らなくてもいいくらい早ければ問題ない。


「それ、ホント?」


 相変わらず疑いの目が酷い。


「安心しろ。一応とはいえ冒険者で唯一採用された世話係だぞ」

「分かった。私を強くして、ベンノ」


 諦めか、納得か判断しづらい返事だが、受け入れてくれるようだ。


「そのつもりだよ。朝食行くぞ」


 部屋から出ようとして忘れ物を取りに戻った。

 取ったのは薄板刀と布切れ。布切れは元々着ていた服を切って顔を拭くようにとっておいた。

 洗濯場から返ってきた元々の服は色が白っぽくなっていて、メイドの努力が窺えた。

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