第15話 部下だが年上
○
「分かったが、俺とウルフさんはどういう関係ってことになるんだ?」
部屋を訪れたギルベルタに聞く。
「私は冒険者であるシュタインドルフさんに冒険の話を聞きに来ました」
「人から話を聞くことが好きだから、という理由か?」
「そんなところです」
「まあ、いい。聞きたいことがあったんだ、食堂に行こう」
そう言って俺は部屋を出た。
廊下に人はいなかった。ギルベルタも確認はしてくれたようだ。
食堂に向かうと誰もいなかった。皆、部屋か第二区を周っているのだろう。
メイドが配膳に出てくる扉を開けて、中に入ると奥の方から話声が聞こえてくる。
「すんませーん。誰か」
俺が声を掛けるとメイドが奥から出てきた。
「はい、何か御用でしょうか?」
「飲み物ある? 二人分欲しいんだけど」
「水を出しますので、お待ちください」
奥に消えたメイドはそれから十秒しない内に水の入ったグラスを二つ持って出てきた。
「もらうよ。ありがとう」
グラスを受け取り、扉を閉めるとギルベルタが長机の真ん中に座っていた。
対面に座りグラスを渡すと、ギルベルタは両手を合わせた。勇者タナカがいただきますと言っていた時と同じ状態だ。
「幻惑・遮音結界」
ギルベルタが結界術を使い、どこまでの範囲か分からないが音を遮断し、幻惑する結界を張ったようだ。幻惑の効果がどの程度のものか分からないが、顔の判別がしづらくなるくらいだろう。
「それで隊長、何聞きたいの?」
「色々だが、その前に文句だ」
メイドのように見えなかったギルベルタだが、今のだらけた様を見ると今まではメイドっぽかった。
「非力のベンノって言ったよな」
「仕方ないでしょ。あそこから巻き返すはずだったの」
「肩身の狭さが極まったぞ」
ギルベルタは俺に仕方ないと首を振り、手を二度叩いた。
「はい、文句は終わり。第二区も大きいけど、見るところ少ないんだから早くしないと帰って来るよ」
「別に帰ってきても、ギルベルタと話してったって言えばいいだろ。それより、勇者タナカだよ」
「ミノル様がどうしたの?」
「盆を返すときにさ、すっげぇメイドの近くでごちそうさまって言ってただろ」
「それが、どうしたの? あっ⁉ また卑屈のベンノ?」
「卑屈じゃない」
「ほんと? じゃあ何を言うつもりで、その話をしたの?」
「異常に近かっただろ。しかも手が触れあってたぞ、それに———」
「?」
何か言いたげな顔でこちらを見てくるギルベルタ。
「今のは卑屈じゃないだろ」
「ほんと? ならメイドの近くでごちそうさまって言うの?」
「言えるわけないだろ。俺が近寄ったらどうなると思う?」
「教えて」
机に肘をつき、身を乗り出すギルベルタ。近づいた顔を見ると他のメイドよりも年上と分かる。
「俺が近づくとな、まず、過剰に反応して一歩下がる準備をする。次に俺がごちそうさまと言うと、何言ってんだコイツって顔で大体が見てくる。その顔はな、思いあがってんじゃないぞって顔だ」
「ほら卑屈。過剰でしょ」
「いや、実情だ。それにだ、あんなに近くに寄れるのは自分に自信がある者だけだ、息がかかるくらいの距離だぞ! 手が当たってた、分かるか? あんなことが出来るのは自分に自信があって自他ともに認めるイケメンしかいない。俺が身綺麗にしてても一歩引くのが大抵の反応だから清潔さじゃないんだ」
「どこでそんな経験したの?」
「任務だ」
目の前で大きな溜息を吐かれた。
「はあ。筋金入りだからもういいわ、それより質問は?」
諦められたようだ。前はもう少し優しく粘り強く対応してくれた。
「ああ、世話係の情報はあるか?」
「エナハートとレヴィンズ、レイそして私が平民」
「俺もな」
「分かってるから。セルマ嬢は最大支援者。オハラ様は第二王女」
「第二王女?」
王族の話を碌に聞いていないから貴族だと思っていた。
王と宰相が第二王女の昇進を後押ししていたとは、身分高いと良いことあるな。
それより王国は勇者に第二王女を当てるなんて、やっぱり取り込む気、満々だな。
「他は特に気になる人はいなかったけど」
「そうか。王女だから俺に強く当たって来たのか?」
「かもしれないね。隊長不遜だから」
「仕方ないだろ、冒険者なんだから今は」
「貴族や王族相手に不遜な冒険者は少ないと思うけど?」
「冒険者は基本面倒臭がりだろう?」
仕事を毎日しない。金が入れば酒を飲み、騒ぐ。それだけだ。
「そういえば、隊長の所為で白騎士が一人選考漏れしたみたいね」
「俺も聞いたけど、どうなんだ実際の所」
「選考漏れした本人はこういう事を気にする人じゃないみたい」
「そうか。面倒ごと増えなくてよかったよ」
白騎士になるくらいだから、わがまま言われ慣れてたりするのだろう。
「面倒事と言えば、どうして、カッターとの模擬戦に勝ったの? 面倒ごとでしょ」
「勝ったのにはしっかりとした理由がある」
「あ、ないんだ」
「いや、あるって言ってるだろ」
俺がそう言うとやれやれと言わんばかりに首を振り、こちらを見てくる。
「あれでしょ。ちょっとイラっとしたとか、そんな理由で大層な理由ないでしょ」
実際ない。赤騎士が寄って集って俺をいじめるものだから、イラっとした。それに一応はA級冒険者として雇われているわけだから、ギルドと宰相の目が曇ってると思われるのは避けたかった。
大層ではないが理由はあったようだ。見つけたのは今だが。
「転移者の情報は? 聖女はいたのか?」
「私が世話しているナツキ様が聖女よ」
「聖女がいるなら、ある程度のけがは許容できるな」
聖女は蘇生魔法を持つ唯一の存在。女神教という宗教では聖女が女神に最も近い者として女神の依り代というお飾り職に就く。
現状、勇者召喚に関して他の国や女神教から話が来ていないという事は、王が止めているか、勇者が強くなるまで待たせるのか、どちらかだろうか。
「学校の生徒達らしいわよ、転移者達は。一人いる大人が教師とのことだったけど、教師は今、訓練に心折られているらしいわ」
訓練って今日しかしてないだろう。折れるのが早い。
たぶん教師というのは落ちぶれる寸前の冒険者みたいな男の事だろう。
「めぼしい転移者はいるか?」
「勇者が仲間に選んだだけあって全員が上達早そうだって話よ」
「そうか。なあ、世話係の仕事、どのくらい続くと思う?」
「どうしたの。選り好みしてたっけ仕事?」
「違う。俺さ、仕事辞めるつもりだったんだよ。この仕事が始まる前」
仕事人間と俺の事を言いながら、特に不思議そうな顔をしていないギルベルタ。
「へー。部長が許してくれなかったの?」
「いや、そもそも時間がなかったのか話を聞かなかった。ギルベルタはどうするつもりなんだ、いつ辞めるんだ?」
意外そうな顔をしてこちらを見てくるギルベルタ。
「プライベートに踏みこむような話を隊長がしてくるなんて珍しい」
「周りがたくさん死んでれば、次は俺って思うんだよ。技や動きは上達してるけど、いずれ落ちる」
「ま、私はやめる気ないけどね」
「そうか。なら、他に何か情報あるか?」
「イルガリに薬物が回ってるらしいってことくらいかな?」
「どんな薬物なんだ?」
人よりも五感に優れた種族の国で薬物が回っているとは無臭なのだろう。
中毒性が酷いものであれば、いずれこの国でも回り始めるかもしれない。まあ、暗部に許可なく回り始めたら、他の組織が潰してくれると思うが。
「まだ、分からない」
「そうか。俺に聞きたいことは?」
ギルベルタを見ながらそう言うと、彼女は少し目を鋭くさせた。
「ないよ」
「そうか。恐らくここじゃ、お前が最年長なんだからしっかり頼むぞ。いがみ合ってる場合じゃないだろう?」
そう言うとギルベルタは嫌そうな顔をしながら、グラスを手に取った。
俺もグラスを取り、水を一気に飲み干して立ち上がる。
「何か情報があったら頼むぞ」
そう言って食堂から出た。
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