第13話 近衛隊騎士 ハワード・カッター
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私、ハワード・カッターは白騎士になって七年。赤騎士を二年務めた二十五歳。
白騎士の人事が一新されてから三年後、白騎士に抜擢された。
子爵家の出で魔力が多いなど魔術師としての才能があったが、騎士となる道を選んだ。
白騎士となってからも仲間と切磋琢磨し訓練に励んだ。
そして数週間前、近衛隊へ宰相様から勇者召喚をすると話があった。
宰相様は近衛隊、警備隊、特務隊の中から世話係を選考すると。
近衛隊は副隊長が決まっている状態だと言われ、他は立候補者のみ採用すると言われた。
他の隊のように人員に余裕のある訳ではないから近衛隊は少数を採用すると言い、私は迷わず立候補した。
ともに立候補したのは同期入隊のサイモン・ハイト。円盾と片手半剣を使いこなす一流の騎士だった。しかし、サイモンは世話係の選考から外された。
宰相様に理由を聞くと近衛隊からはこれ以上人は出せないから冒険者に依頼したと言っていた。
近衛隊は少数で動くが、三人出しても特に問題はないはずだ。
そのように言ったのだが、決まったことだからと一蹴された。
そして冒険者、ベンノ・シュタインドルフをはっきりと見たのは食堂での事だった。
王都の平民達がよく着ている質の悪い糸を使った服でここに来ていた。
靴は見た所、冒険者らしく頑丈そうな魔物の革を使った靴だった。
服装に問題があったが、会話にも問題はあった。
敬称を付けるのだが、その後が友人と会話をするように砕けた口調だった。
気に入らない。その思いが強くなっていき、風呂に現れたベンノ・シュタインドルフを見て、気に入らないという思いは消えた。
体には無数の傷があった。
大きな切り傷、火傷したような傷、腹から背中に抜けた刺し傷もあった。
話し方はへらへらしているが、想像以上の戦闘を潜り抜けているのが分かった。
何者か分からないが、世話係としての基準を満たしていると感じた。身分は依頼した宰相様が保証しているはずだ。
そして今日、食堂で見た服装は質のいいリネンのシャツに茶色の質の良さそうなズボンだった。
レヴィンズの話によると赤騎士から苦情を申し立てたらしい。
レヴィンズは言動に多少の問題があるが、白騎士に最も近い男だ。
近衛隊の選考会ではその言動により、毎回外される。しかし、実力は赤騎士の中で最も高い。
ベンノ・シュタインドルフは勇者様方に武器を選ぶ時間で、赤騎士から馬鹿にされたが、途轍もなく面倒臭そうな顔をしていたのを覚えている。
他にもサトウ様の武器が弓というのもあり、接近された場合の武器に短剣を選び教えていた時、ベンノ・シュタインドルフは刀を見て、随分と渋い顔をしていた。
しかし、イトウ様に教えだすと真剣な顔になり、模擬戦は相手に不足ないと感じた。
模擬戦開始前に宰相様の説明を面倒臭そうに聞き、適当に頷いている。
私は長剣を地面に突き立て、合図を待った。
「用意、始め!」
長剣を両手で持ち、目の構えをとる。
しかし、刀を鞘に入れたままこちらを見ているだけのベンノ・シュタインドルフ。
「抜け、ベンノ・シュタインドルフ。模擬戦を放棄するつもりか!?」
「カッターさん、これも構えの一種だ」
相変わらず敬称と砕けた口調の混ざった話し方に気持ち悪さを感じる。
「では行くぞ!」
目の構えから空の構えに移行して長剣を振りかぶる。
顔の横まで来た長剣を一気に振り下ろすと、ベンノ・シュタインドルフはサッと避けた。
切り上げ、薙ぎ、突き、振り下ろしなど攻撃を続けるが避けるばかりだ。
「いいかげん打ち合え! ベンノ・シュタインドルフ」
「その重く太い金属の塊に細くて碌に作られてない金属の薄板で打ち合えと? 見てみろ」
ベンノ・シュタインドルフが鞘から刀を抜くと確かに薄い板でしかない刀が出てきた。
刃をこちらに向けて横に振ると少し刀身がしなっている。薄板だ。
「いやぁー。これじゃ、模擬戦も無理だなぁ。仕方ない。宰相、無理だよなぁ?」
今までと違う口調で宰相様に模擬戦の終了を宣言させとしているのを感じた。
「確かに、それでは難しいな。では———」
「お待ち下さい、宰相様! 木刀はございませんか?」
「あるが、君の長剣と打ち合えば壊れるだろう。無理だな。では———」
ベンノ・シュタインドルフが仕方ないと言いたげな顔で頷いているのを視界に捉えた。
「まだです! ベンノ・シュタインドルフ、お前の刀で打ち合え」
一瞬だけ苦い顔をして、直ぐに表情を戻して説得してくる。
「カッターさん、模擬戦だ。真剣で打ち合うなんて危ないあぶない。今日はもういいよ」
「案ずるな、ベンノ・シュタインドルフ。私はこれでいい。切られても文句は言わない、負けても文句は言わない。どうだ?」
私の提案に、あの面倒臭そうな顔をして答えてきた。
「カッターさん、もう俺は大丈夫。引き分けでも負けでもいいから」
「宰相様、木剣同士で打ち合うのはどうでしょうか?」
「それではただの訓練だ。勇者様方には実戦に近い雰囲気を感じてもらわねばならない」
「それならば。ここに防護魔術の使い手はいないか?」
私の言葉に反応して手を挙げた者は複数いた。
「個人用の防護魔術を範囲指定できる者は?」
一人だけ手が挙がったままだった。
「私が出来ます。どのような範囲指定を行いますか?」
返事をしたのはセルマ・リリーホワイト公爵令嬢だった。
「武器以外に防護魔術を」
「宰相様もそれでよろしいですか?」
「仕方ない。そちらの方が実戦に近く見えるだろう。武器を持って来なさい」
諦めた宰相様は私にも真剣を持たせることにした。
私が取りに行っている間にベンノ・シュタインドルフも腰に自分の刀を差していた。
「それでは仕切り直しだ。両者、こちらへ」
模擬戦は仕切り直しとなり、ベンノ・シュタインドルフと向かい合う。
私よりも低い背の為、こちらを見上げている。
極力首を傾けないから、眠たそうになっている目が一瞬こちらを睨みつけたように感じた。
「互いに礼。防護魔術を」
宰相様の隣にいたセルマ・リリーホワイト令嬢がまずは私の体に手を当てて防護魔術を施した。
「防護魔術ってのは何なんだ?」
ベンノ・シュタインドルフは自分の胸に手を当てているセルマ・リリーホワイト令嬢に質問した。
「シュタインドルフさんはご存知ありませんか?」
「魔術って金が掛かるだろう。それに魔力の壁とか体についてる魔力の服みたいなのも斬ろうと思えば切れるからな、魔法しか知らん」
「その魔力の服みたいなのが防護魔術です。基本は物理耐性がありますが、他にも属性に応じた耐性を付加できます。はい、できました」
「後方を向いて五歩下がり、向き直れ」
私とベンノ・シュタインドルフだけの状態。
見ている人達も先程までの模擬戦よりも離れて見ている。
「用意、始め!」
前の模擬戦と同じように刀を鞘に納めて、こちらの動きを待っている。
「行くぞっ!」
真剣に変わったから気の張りつめようが違う。
相手に切らせてなるものかと長剣の間合いまで近づき、目の構えから突きを繰り出す。
それを避けられるのは見越していたが、刀に手を掛けたのを見て、すぐ地の構えをして防御に移る。目の構えよりも低く構える受けの構えだ。
攻撃は鞘に収まった状態からの切り上げだろう。
刀に手を掛けた状態のまま右腕が動かず、鞘を掴んでいる左腕も見えない為、軌道を予想してそこまで長剣を動かしていく。
その途中で右腕が動いたのを確認して、長剣を持っている手に少しの衝撃を感じた。
次はこちらの攻撃だと、目の構えから突きをしようとした時、違和感を覚えた。
ベンノ・シュタインドルフは、切り上げた体勢から斜めに振り下ろしを始めている。
それを目で追いながら防御をする為に長剣を動かして、私は負けた。
動かした長剣は根元近くから斬られていた。
首で寸止めされた刀を見て、少し刃こぼれしているのが分かり、笑えた。
ただの鉄でしかない刀が私のミスリル長剣を斬るとは。
「そこまで! 勝者、ベンノ・シュタインドルフ。互いに礼」
誰もが何も言わない中、長剣の片割れを拾いベンノ・シュタインドルフを見る。
刀の刃を見ながら、転移者達を迂回してイトウ様の下に帰っている。
『やっぱり、セール品はダメだな』
そう言っているように口は動いたが確かではない。
何が起こったのか、知らなければ。
私はベンノ・シュタインドルフの後を追った。
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