第12話 人気の娯楽

 ここは何と答えるべきだろうか?

 相手を挑発しても面倒だし、受けても面倒。


「あなたの知ってる、弱い人を紹介してください」

 俺は小声でゆっくりとカッターに言った。


「それでは模擬戦にならんだろう。勇者様達は、あ、いやいや。ちがうちがう。ミノル様達は通過点である我々の技量を知りたいのだ、私と模擬戦をしよう」


 なんだコイツ。言い直してゴツイ見た目の割りに可愛げがあるとか思われたいのか。

 見てみろ、イトウが思わず口に手を当てて笑ってるじゃないか。

 イトウからすればお前はもう、堅物じゃない。クソ真面目で可愛げのある堅物だ。


「わかった。イトウ様、行くぞ」


 イトウを見ると返事をできないほどに肩を震わせている。

 確かに、あ、いやいや、とか。ちがうちがう、とか言葉のチョイスが可愛いけど。見た目の堅物クソ真面目だから小声でそう言ってるのが、面白くて可愛げがあって接しやすいよ。もう完敗。


 それから全員の名前を呼び終えたのか宰相が呼びかける。


「皆様、今日は武器に慣れる為の時間です。明日からはこれほどの時間は取れない方もいるでしょう。しっかりと教わってください」


 宰相が言い終わると同時に第一訓練場全体に転移者が散らばった。

 集団行動できる、兵士ですらうまくできない者がいるというのに、戦闘を知らない所の子供が出来るとは。勇者達は何をしていたのだろう。

 イトウと共に移動して周囲と必要十分な距離を取る。


「ベンノさん、教えてくれる?」

「わかった。キンブルさん、少し離れてて」

 キンブルは頷いて離れてくれた。何を言ってるんですか、冒険者。とか言われると思ってたがそう言う訳じゃないらしい。

 イトウが使う前に模擬用の刀を抜いてみる。

 切っ先を空に向け見てみると、刀ではあった。

 反りの付いた形状の刃物だ。刃は潰してあるが。


 しかし、勇者が伝えた日本刀ではない。俺が持っている日本刀とも違う。


 これはただの薄板だ。


 鋳造で形を作り、その状態で細部を整えている。

 刃文もなければ地鉄もない。ただ日本刀の形にしただけのものだ。

 重量バランスが少し気になるが問題になるほどでもないだろう。模擬戦では問題になりそうだが。まあ、振れるようになれば俺の刀を振らせればいい。


「イトウ、どういう振り方があるか分かるか?」

 俺が聞くとイトウは刀を両手で持って首を傾げた。


「知らない」

「じゃあ、刀を抜いてくれ」

 そう言うと、おっかなびっくり引き抜いた刀を引けた腰で持っているイトウがいた。


「イトウ様、見てみろ」

 刃に当たる部分を腕に当てて引いたり押したりして見せる。


「刃がついてないんだよ、これは。怖いものじゃない」

 イトウも自分の持っている刀の刃を見て、想像以上に潰れている事から理解したみたいだ。


「振り方は九つある。他の武器も似たようなものだ。だけど、まずは握り方から」

 そうして始まった武器の扱いに慣れる時間はどうにか振り方を全て教えて終わった。


 振らせて修正、振らせて修正。ずっとそれだった。

 だが、俺よりも確実に上手くなる予感がある。俺は一つの振り方を出来るようになるまでに一日掛かった羞才だ。まあ、出来るようになればそれ以降は早かったが。


 それほど時間は経っていないと思っていたが、イトウが音を上げたことで長時間していたことが分かった。


「ベンノさん、もう、無理」

 そう言ってイトウはその場に座り込んだ。

 周囲を見てみると他の転移者も座り込んでいる。勇者も汗を流して座っている。


「キンブルさん。どのくらいしてた?」

 俺の後ろで訓練を見ていたキンブルに聞くと。


「二時間です」

「割としてたな。イトウ様、手の皮剥けたりしたか?」

「大丈夫」

 そう言って見せられた手には武器を振っていたかのようなタコがあった。


「その手、武器でも振ってたのか?」

「ああ、これ。バット」

「バット?」

「えーと。スポーツというか遊びみたいなもの」

「そういうのがあるんだな」

 たぶん詳細を話されても分からない。


「しばらく休むか」

「えっ? まだするの?」

「出来るならな。これからイトウ様は素振りばかりだぞ。体に覚えこませて早く次の訓練に行ってくれよ」

「ベンノさん、本気?」

「本気だ。他の転移者がどんな訓練に移行しようと出来るまでは素振りだ」

 やる気が一気になくなったのは目に見えて分かった。


 だが、仕方ない。

 勇者の仲間とはいえ、最初は弱いんだ。慎重になっても仕方ない。

「戦闘指南係の皆さん、指導はひと段落しましたか?」

 一応、宰相の方に向いて頷いておく。

 イトウが音を上げた時には他の転移者は座り込んでいたわけだから、俺が最後だろう。


「それでは今から、戦闘指南係の模擬戦を始めます」


 宰相がそう言うと騎士やメイドは異常な盛り上がりを見せた。

 イトウがその様子に目を丸くして、隣のキンブルを見ると盛り上がってはいなかった。


「マリオンさん、何でこんなに盛り上がってるの?」

「王国で最も人気のある娯楽は闘技会や魔法戦技会などの戦闘を見ることです。特に騎士同士の戦いは見ることが少ない為、この盛り上がりなのでしょう」


 そういうことだ。

 それに宰相も闘技場に通い詰めるほど、この娯楽に嵌っている。開催するにあたっての出資者になるほどだ。

 宰相が対戦する騎士達を最初に発表していく。

 最後に俺とカッターが呼ばれた。


 昼食まではまだ時間がある。できればすべての模擬戦を一度に行って短く終わりたいのだが。


「第一戦、最初に呼ばれた者達は私の下に来なさい。以降は呼んだ順番で戦闘を行う。各自準備を」

 最後に注目を浴びながら模擬戦をしなければならないようだ。


 ボーっとしていると散らばっていた転移者達が模擬戦をする近くに集まりだした。

 一応、騎士達が見る場所を制限して安全に模擬戦が行えるように配慮しているようだ。


 現実逃避の為に、模擬戦を見ていると最初の戦闘は片手剣を持つ赤騎士同士の戦いだった。

 互いに右手に持った剣の切っ先を向け合って構えている。

 ライフォール王国流剣術の目の構えだ。刀で似た構え方は中段の構えだろう。

 お互いがジリジリと隙を探りながら動いていると、一人が突きを繰り出した。

 突きは相手の片手剣に逸らされ、そのまま一撃入れられそうになるが、手首を返して逸らされた剣を戻し、相手の剣を防いだ。


 そこから剣戟が激しさ増していった。

 相手が振るうともう一人が逸らし、逸らされた者は次の攻撃を逸らし、そういう剣劇だ。

 転移者達は面白のかもしれないが、俺は気になっていた。どうして左手を足を身体を使わないのかを。


 剣術で言えば、見た所二人は似たような上手さだ。しかし、体格に違いがある為、勝敗は剣以外を使えば早々につきそうなのだが。

 分からない時は知っている人に聞こう。そう考え、模擬戦の観衆の中から茶色の短髪を探した。


「カッターさん。模擬戦ってのは武器以外の攻撃は禁止なのか?」

「そうだ、ベンノ・シュタインドルフ。魔法や魔術、攻撃スキルは禁止だ」

「おう、分かった」


 それを聞いて少し離れてみているイトウの下に戻ると模擬戦は終わっていた。

 互いに礼をして終わっている。作法みたいなものがありそうだ。

 訓練場の地面座り込み、二十九の模擬戦を見た。


 どれも案外早く終わらないのが、この模擬戦の面倒なところだった。

 金属の打ち合う音を聞き続けていて、飽きたといってもいい。

 偶に副隊長や黒騎士の隊長など、抜きんでた実力を持っている人が相手だと模擬戦はすぐに終わった。


「キンブルさん、これ持ってて」

 短くなった五万円の愛刀を渡す。


「どうしてですか?」

「持ってたら不正を疑われそうだ」

「分かりました」

 俺の答えを聞いて理解したキンブルは文句を言わず持ってくれた。


 模擬戦をしていた場所に行くと、カッターは素振りをしながら待っていた。

 片手剣の剣身をそのまま伸ばしたような長剣を軽々と振っているのを見ると、強そうだと分かる。


「両者、こちらへ」

 宰相に呼ばれ、他の模擬戦と同じように向かい合う。


「ベンノ・シュタインドルフにルールを説明する。相手を殺してはならない。攻撃スキルを使ってはならない。魔力を使ってはならない。武器以外を使ってはならない。寸止めをすること、以上だ」

 二十九も模擬戦見てれば、嫌でも分かる。


「互いに礼」

 相手への礼。


「後方を向いて五歩下がり、向き直れ」

 言われたとおりに後ろへ向き、五歩、そして向かい合う。

「用意、始め!」

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