第10話 裏がありそうなメイド
○
部屋の外から扉の開く音が聞こえてきた。扉を開けた人は部屋に近づいてきた。
目を閉じて寝ているふりをしていると隣のベッドから何かを取った。
そして俺の顔に重めの枕が当たった。
枕を退けながら投げた人を見ると案の定、キンブルだった。
「肩を叩けと言ったろ」
「寝間着が与えられていながら下着で寝るとは、どういうことですか?」
「うそ⁉ 着て寝たぞ」
言われて見ると確かに下着だけで寝間着は椅子に掛けられていた。
「もういいです。朝食ですから着替えて食堂に来てください」
「分かった」
俺が返事をすると出て行ったキンブル。入って来た時よりも足音が大きく感じられる。
結構、怒っているみたいだ。
気にせず、昨日もらった服に着替えると想像以上に着心地が良かった。
部屋から出ると風呂場の方に人が集中していた。兵舎裏のトイレにも多く人がいる事だろう。
皆、朝は顔を洗いたいんだ。
俺は兵舎から出て正面の第二訓練場に入って行く。第一訓練場よりも小さな訓練場だ。
第一訓練場と第二訓練場の間には貯水槽がある。
白騎士が第一、第二訓練場を使う為、近くに飲み水を溜めておくのだ。白騎士には至れり尽くせりが当たり前だ。
そこで顔を洗おうと向かっていると目的地に副隊長、公爵令嬢、勇者ミノルがいた。
「ベンノさん。おはよう」
「御三方、おはよう」
「シュタインドルフさん、おはようございます」
「シュタインドルフとやら、どうしてここに来た?」
勇者ミノルと公爵令嬢は普通なのに、どうして副隊長は当たりが強いのか?
しかも、シュタインドルフとやら、とは警戒心むき出しじゃないか。
「顔を洗いに来た。オハラさん」
「ここは近衛隊専用だぞ」
「他に顔を洗えるような場所はある?」
「トイレの近くと風呂場、近衛隊舎、使用人と騎士の待機所にあるぞ」
「トイレと風呂場は人でいっぱい。近衛隊舎と待機所は冒険者を入れてくれるとは思えないが」
実際、白騎士の副隊長が拒否したと聞けば、入れてはくれないだろう。
「まあまあ、ガブリエラ。人が多いんだしベンノさんにはここを許可しようよ。実際、知らない人を隊舎? とか待機所? とかに入れる方が反発は多いんじゃないかな?」
「それもそうですね、ガブリエラ。ここを使わせて動きを制限させた方がいいと思います」
何か皆さん結構な事を言っていますが、危険人物っぽさが俺にはあるのか?
悪人顔ではないはずだ。ダラけた覇気のない、すぐに殺せそうな顔というので新人冒険者の時に話題だったぞ。
それより公爵令嬢が副隊長を呼び捨てしているという事は、公爵家よりも下の貴族なのかもしれない。
「分かった。シュタインドルフ、これからはここを使え」
「分かった」
それを言うと彼らはすぐに去っていった。
まあ、俺も顔を洗えばすぐに食堂に向かうのだが。
顔を洗い、拭くものを忘れていた俺は顔、首がビショビショのまま食堂に入った。
イトウを見つけて近くに歩いていくと、キンブルがこちらに近づいてきた。
「冒険者、顔を拭ってください。恥ずかしい」
こちらを見ずに渡されたのは、メイドが持つにしては高めのハンカチ。縁が縫ってあり所々に刺繍がある。糸も染色されていて金のかかり具合が窺える。
「おい、これで顔拭くぞ」
さすがに俺も気を遣う。
キンブルがいい所の出なら分かるが、メイド服の質的にそういう訳じゃなさそうだ。
自分の服にそこまでお金を掛けていないのに、ハンカチに金を掛ける訳がない。
誰かからのプレゼントでは?
「え?」
俺の手にあるハンカチを見て、直ぐに取り返して渡してきたのは薄汚れた布。
「キンブルさん、雑巾で顔を拭けと?」
「安心してください。洗ってますから」
「じゃ、使うわ」
そう言って俺が顔を拭くと周囲から笑い声が聞こえた。
顔を拭きながら見てみると、俺の事を馬鹿にしたように指を差して笑う騎士達。
一応声を抑えようとしているようだが、面白さが勝るようだ。
「すみません」
「どうして謝る?」
「あなた以外、騎士なんですよ。こんな状態で上手くやっていけますか?」
「別にこの仕事に俺は乗り気じゃないから、ダメならそれでいいんだよ。無理でしたーって宰相に報告すれば問題ない」
俺の答えにキンブルはあきれ顔をしていた。
寝ている俺の足を蹴るキンブルなら騎士達と一緒に嘲笑してくるかと思ったが、罪の意識的なものもあるようだ。
「二人とも朝食来るよ」
イトウは周囲の状況を理解してないみたいだ。
どうやら、仲間との話が弾んでいたらしい。昨日の夕食時と席が違い、転移者同士で固まっている。
イトウの隣にキンブル、俺の順番で座った。
夕食の時と同様にメイドが一斉に出てきて、配膳後すぐに消える。
朝食は一般的なもので、ご飯、納豆、魚、煮物、汁物だった。
メニューとしては一般的だが、どれも質がいい。
ご飯はモチモチとしているし、魚は生臭さがない。料理は一級品だ。
転移者同士は話をしていたが、騎士やメイドは彼らに話を振られた時しか話していなかった。
俺は黙食を得意とする男。食事はすぐに終わってしまった。
「皆様、お食事中失礼します」
配膳メイドが出てくる扉の近くで宰相が声を上げていた。
「昨日、説明したように、本日から戦闘訓練を始めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「僕は今日から戦闘訓練をしようと思うが、皆はどうかな? 無理な人は声を上げてくれないか、勝手に召喚したんだ、無理を聞くくらいはしてもらわないとね」
勇者ミノルはそう言うが、誰も声を上げなかった。
「宰相さん、皆大丈夫だ」
「分かりました、勇者様。それでは今日の訓練予定ですが———」
宰相が話した訓練予定は、転移者毎に武器を選ぶ、素振りをしてみて扱いに慣れる。無理をさせない為、今日は半日で終了するとの事だった。
「宰相さん、お願いがあります」
「どうぞ、勇者様」
「僕達は武器を持ったこともない素人です。武器ごとにどう違うかも分かりません。僕達に教えてくれる人の技量も分かりません。僕達がいずれ目指さなければならない騎士の皆さんの模擬戦を見せてもらえませんか?」
最初から最後の一言だけを言ってればいいんだ、勇者タナカ。
技量が分からないだとか焚きつけるな。
「そうですね、勇者様。皆様の通過点となる戦闘指南係の技量を知る良い機会です。訓練最後に模擬戦をして昼頃には訓練を終えましょう。食事を終えたら第一訓練場に集合してください。戦闘指南係は準備しておくように」
宰相、良い機会とか言ってる時、俺の方を見ながら笑ってた。
絶対、宰相を困らせて仕返ししてやる。そんな思いを抱くくらい模擬戦は面倒くさい。
騎士に勝てば何を言われるか分からないし、騎士に負ければ絶対、これからここでの生活がしづらくなるだろう。
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