第9話 風呂
イトウの部屋でメイドを待っていると、五分もしないうちにやって来た。
「失礼します。着替えをお持ちいたしました」
「どうぞ」
イトウが許可を出し、入ってきたメイドは一人で三人分の寝間着を持ってきた、と思っていたが少し多い。
「こちらがイトウ様の明日以降の服と寝間着、下着一式です」
イトウに渡されたのは質が良く頑丈な魔物素材の服だった。その異常な白さからクラウドシープの毛を使っているのが分かる。染色しづらい為、そのまま服にしたり防水加工してマントにしたりする。
服の上には下着があった。俺から見ると普通の下着だがイトウからすると違ったようで。
「ちょっと、布の面積少なくない? それと男性がいるの、隠して渡してくれない?」
「失礼しました。しかし、布の面積についてはずいぶんと多い方だと思います」
「そうだぞイトウ様。女も男も履いてない、着てない奴がいる。なぜなら着心地が悪いからだ」
「そうなのマリオンさん?」
「確かに、肉体労働を行う人は下着を着ていない人が多いです」
「そう言う事だ。俺も同じような下着を履いている。戦闘するときに着心地悪いと動きも悪くなるからな」
実際、安く売っている大きなサイズの下着は短いズボン状なのだが、生地の粗さも相まってすぐに脱ぎたくなる。貴族街の店で下着を買うしか質のいいものは買えないのが現状だ。
あとちょっと良ければというのはあるが、価格がそれを許さないのだろう。
「ベンノさん、下着をジロジロ見ないでもらえますか?」
「気にすることでもないだろう。同じようなの履いてるわけだから。それにジロジロじゃない、普通に見てるぞ」
「デリカシーのない」
イトウは冷たい目になってボソッと言葉をもらした。
「デリカシーってなんだ?」
勇者世界からその言葉は伝わってないぞ。
「メイドさん。マリオンさんの着替えは?」
俺の言葉を無視して着替えを持ってきたメイドに続きを促す、イトウ。
「下着だけです。メイド服に関しては持ち込んでいると思いますので」
メイドは下着を俺に見せることなくキンブルへ渡した。
「ベンノさんのは?」
「こちらの下着と寝間着。後、こちらの服もです」
下着と寝間着が三着、そして普段着であろう物が上下で五着あった。
「この服は?」
「複数の騎士様から苦情がありまして、宰相様が用意してくださいました」
「いいじゃん。金が浮いたな。ありがとう、宰相」
早速、服を広げてみると随分と質のいい布を使った服だった。上は肌の上から着るシャツ。真ん中をボタンで閉じるようになっている。
下は茶色のズボン。弱そうな生地に見えていたが、触ってみると随分と硬い。内側から触ってみるとただのズボンだった。
「サンダーゴートの毛で出来たズボン五つも」
「はい。急ぎ集めましたので茶色しかありませんが、より質の高い黒色、白色は兵舎にいるメイドに言っていただければ何時でも注文できます」
「頼む。黒五つだ」
「分かりました。給金から引かせていただきます。それと皆様、お風呂にご案内します」
その後、案内された風呂は一階の俺達の部屋とは逆側の端にあった。
男という勇者世界の記号が書かれた扉を開けると脱衣所には多数の騎士がいた。
無視しながら棚に着替えを置いて、脱いだ服を洗濯場行きの大籠に入れる。
風呂への扉を開けると、濛々と湯気が立ち込めていた。
俺は風呂に入ってめまいがしたかと思った。誰を見ても筋骨隆々。
俺は自分の体を見る。
一応、筋肉はついているが職業の都合上、細い。
彼らは重い鎧を着て一日中動き回る精鋭達。心のどこかで馬鹿にしていたことを恥じたくなった。
ここにいるのは場違いだ。そんな気がしてくる。
風呂桶を使い、洗う用に湯を溜めている貯槽近くで体を洗う。
周囲から視線を集めているが、無視して洗い切り、風呂に浸かる。
近くに騎士が寄って来るのを感じながら百を数え切り、直ぐに上がった。
耳元近くで複数の男の息遣いが聞こえてくるのは心臓に悪い。
脱衣所に戻り、置いてあるタオルで急ぎ体を拭き、着替えて出た。
急ぎだったからかイトウとキンブルは、まだ出てきていないようだ。
脱衣所を出て部屋に戻り、刀と一緒にベッドへ入る。
目が覚めて眠れないと思ったが、いつの間にか眠っていた。
翌日、起きると隣のベッドにキンブルはいなかった。
昨日、イトウに冷たく対応された俺だが、今日は大丈夫だろうか?
それに任務の為にも、ギルベルタと無理なく会う関係性を構築したと思わせねばならない。
後、イトウに戦闘指南しなければならない。
仕事はこれからも増えそうだ。
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