第5話 イトウを知る

 

 ○


 メイドに案内されて兵舎に向かうと随分と大きな建物があった。

 案内されるまま大きな扉から建物に入ると、前には大きな階段。左右に長い廊下があり、いくつもの扉が見える。

 入って右に曲がり最奥の一個前の扉に案内された。


「こちらがイトウ様のお部屋です。奥の部屋が世話係の方のお部屋です。失礼します」


 そう言って案内のメイドは帰っていった。


「イトウ様」


 世話係のキンブルが扉を開けてイトウを部屋に入れた。

 キンブルは見た所、俺よりも年下だった。短髪の赤毛で頭にホワイトブリムを付けていた。

 キリッとした目つきはナンパ好きな冒険者をためらわせる強さがある。それでも顔がいいから諦めない奴もいるだろう。


 俺はここに来るまでに騎士達がしていたように部屋の前で立ってようと思ったのだが、イトウに呼ばれた。


「ベンノさん、話があるの」


 イトウは勇者とは違い少し茶色の混ざった髪だ。それを頭の後ろでまとめていた。

 キンブルと違い威圧的じゃない目は、ぱっちりと開かれ自信を感じさせる。

 顔は伝説の勇者の伝承にあるように極北にある島国の民と系統が同じだ。という事は私も一部似ていることだろう。

 部屋に入るとキンブルがイトウの後ろに控えていた。


「ここはどこなのか、それと魔族の侵攻の事、教えてもらえない?」


 随分と勇者の仲間としての意識を発揮する転移者だ。

 質問に答えようと口を開くと、キンブルが答えてくれた。


「ここはライフォール王国の王都にある王の城、城壁の第二区です。城壁は三つあり、第一区が王城、第二区が騎士やメイドの生活区画、第三区が貴族御用達の商店区画です」


 まあ、これだけ用意しても内部に入り込まれると無駄なわけだ。

 実際、戦闘指南係の騎士達は大丈夫だと思うが、メイドは城下で募集していたから入り込んでいるだろう。人手不足も深刻だ。


「魔族の侵攻に関しては冒険者の方が詳しいと思います」

「じゃあ、ベンノさん?」


 キンブルさん?

 急に俺に振られても困る。どこまで話せばいいか思い出している途中だ。


「えーと。侵攻されている国がルクナーク王国で半分以上取られたんだったか。王族がこの国との国境近くの街に逃げてる所為でドンドン奪われてるらしいな」

「魔族はどんななの?」

「魔族は人みたいな見た目で角だったり尻尾だったりが生えてる連中だ。翼も生えてたりしてライフォール王国の隣の国、イルガリ獣帝国に度々攻撃してるらしい」


「待って。隣国って侵攻されてるルクナークじゃないの?」

「うーんと、国に囲まれているのがライフォール王国、西にイルガリ、東にエデオム共和国、南にルクナーク、北には未開の森があってその先にペナーガ帝国がある」


 ここまでの説明で国の位置関係が把握できたのか、イトウを見ると分かっていなさそうだった。


「魔族は、この王国にも攻撃してたりする?」

「もちろん、端の方の村で子供が十人攫われた。死体はまだみつかってない。まあ、魔族だろう」


「えッ? 子供が……」

「ああ、子供が」

 随分と熱の入りようが違う俺とイトウ。


「誰か助けに行ってるの?」

「近くの冒険者に依頼が出てるのと、赤騎士が十数名捜索に行ったらしい」

「その依頼って、ベンノさん的に……受けたい依頼?」

「報酬によるな。実際どうなのか分からないが、危険手当付きで日に五万円、子供の痕跡を発見したら追加で二万円がギリギリかな?」


 これでも結構頑張っている。

 魔族相手にするなら一日、五十万が最低ラインだ。

 それを五万円なんだから俺は結構良心的だ。


「なんで……」

「へっ?」


 イトウを見ると、歯を食いしばって怒っているような、悲しそうな顔をしていた。


「なんでそんなに……冷静でいられるの? 子供が攫われたんでしょ! 何でそんな薄情なの?」


 その昔、勇者が召喚されて似たような事を言ったというのを本で読んだ。

 本のタイトルは『伝説の勇者の伝承』だったか。

 書いている人も勇者の伝説を集めて物語に仕立てたというほどに昔の話らしい。

 それだけで、今回の勇者召喚が結構な大事だと分かる。

 伝説を実行したわけだからだ。


「イトウ様。あなたの所はどうか知らないけど、ここじゃ子供が攫われる、人が殺される、国境の村が侵略される。あと、森の中で人が餓死してる、こういうのは偶にある」

「え?」

「偶然訪れた村の大半が餓死してたり、道に商人の死体があったり。まあ、昔よりも格段に少なくなった」

「ほんとに?」

「キンブルさん。言ってあげて」

「はい。他の国はもっとひどい現状です」


 イトウは俺の言葉に真実味を感じたようだが、信じ切れていないようだった。

 しかし、キンブルが言うと焦ったような状態から落ち着きを少しずつ取り戻していった。


「ベンノさん、ゴメン。碌に知らないのに怒って」


 本当に怒ってたんだ。嘘かどうかの判別に怒る人がいるけど、そうかと思ってた。


「イトウ様、魔族の相手はしたくないのが冒険者の総意だ。頭が良くて強力な魔法を扱う地力があり、A級冒険者でも殺されかねない相手だ」

「今の私達は、相手にならない?」

「当たり前だ。強力なスキルがあっても地力が足らない。地力を上げ、魔物を倒して地力の底上げをしてようやく、戦えるんじゃないか?」


 伝承によると勇者はレベルという数字。ステータスという能力の値があると思っていたらしいが、力は数字で表されない。


「冒険者。魔族相手の仕事を受けたことがあるんですか?」


 イトウの質問で終わりだと思ったが、キンブルも興味を示してきた。


「時々、数合わせで受けたりする。一回稼げば、長く休めるからな」


 冒険者の仕事は偶にして、ほぼ暗部の仕事ばかりだから、こう言っておかないと齟齬が出る。


「先を考えない冒険者らしいですね」


 嫌がるようにそう言われても、否定し辛い。暗部も先を考えてないような仕事だしな。


「私、休むから。何かあったら呼んで」

「分かりました」

「分かった」


 共に返事をして、イトウの部屋から出た。

 出てすぐにキンブルの目が扉からギロッとこちらに向いた。


「冒険者。少しは考えて発言をして下さい。伝承によると転移者は子供。人の死に慣れてないのですよ」

「気遣いたいのなら声を抑えたらどうだ。世話係が言い争っていれば気が気じゃないだろう」

「フンっ」


 話は終わりだと思い、割り当てられた部屋に向かう。

 入った部屋はイトウの部屋よりも狭く、ベッドが二つと椅子が二脚あるだけの部屋だった。

 近くのベッドに腰掛けると扉近くのキンブルは話しかけてきた。


「それより、その話し方と恰好どうにかならないんですか?」

「どうにもならん、冒険者はこんなものだ」

「そうですか」


 そう言ってキンブルは部屋から出て行った。

 聞こえる足音が隣の部屋の前で止まったことから部屋前で待機するのだろう。

 俺は少し寝ることにした。

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