第3話 勇者を知る

 これが昨日の話だ。もちろん俺は、服に金を使わなかった。

 朝起きて王城に向かうと近衛隊の第一訓練場に案内された。

 そこでは白い鎧を着た騎士が訓練をしていたが、端の方に並んでいる一団がいた。


「皆様と一緒に並んで待っていてください」


 案内にそう言われて一団に向かって行くと、見たところ騎士しかいなかった。

 赤い騎士が多く、次に黒い騎士、最も少ないのが白い騎士だった。


 騎士が着ている鎧一つ一つが城下で生活する人の生涯稼ぐ金額だと言われている。

 それぐらいの金で作るからこそ、軽く強靭で長時間着ていられる鎧になるのだろう。

 近づいていくと向こうもこちらに気付いたのか、こちらを見て何かを話している。


「すんませーん。これはどういう並び?」

「おいお前、冒険者か? どうしてここにいる?」


 部長からしっかりとした理由を聞かされていなかった俺は適当に答えた。


「宰相からの依頼だ」


 あの宰相なら、上手い事やってくれるはずだ。


「そうか。お前は一番後ろに並んでいればいい」

「わかった」


 最後列に向かうと俺一人のようで、適当に並んでおいた。

 それから少し経つと俺が来たところからメイドが集団で歩いてきて、そのままこちらの後ろに並んだ。

 俺は騎士とメイドの集団に挟まれた一人だけの冒険者だった。

 メイド達が来てから数分後には宰相がやってきた。


「今から召喚場に移動する。付いてきなさい」


 整列している全員が黙って宰相に続き、召喚場の近くに到着した。


「静かに待っているように」


 宰相はそう言って召喚場の中に入っていった。

 それからが長かった。

 待機状態が長く続けば誰でも話をしたくなる。それが勇者の世話係に選ばれた騎士達だとしてもだ。


 会話は静かに始まった。皆がヒソヒソと声を抑えていることから、命令に反することだとわかっているのだろう。

 話題は勇者の話から、世話係の話に移行する。


「おい、あいつ知ってるか?」

「冒険者なんだろう」


 わざわざ本人の近くで話を始めなくてもいいだろう。俺の耳に届くのは不満の声だった。


「白騎士があいつの所為で選考漏れしたって聞いてる」

「それにしても服」

「もうちょっとマシなのあるだろう」

「確かに。あれで臭くないのが不思議だ」

「今日に備えて香油でも買ったんだろう」

「「「「ハハハハハ」」」」


 いや、何が面白いんだ。

 笑う個所はどこにあったんだ。

 確かに、服は相変わらず大半の平民が着ている服に、ちょっと頑丈なブーツだ。

 家柄でどうとでもなる貴族と一緒にされたら俺の方が笑っちまうよ。

 平民と比べて良いものを持っていることに喜びを感じる貴族。当たり前のことだ。笑うようなことではない。


 俺からの返答が欲しくて、馬鹿にしているのか。

『いいよな、お前たち。税金取るパパにおねだりして何でも買ってもらえてよ。俺もおねだりするから香油買ってもらえないか?』

 思いついた悪口はそこまで鋭さがなかった。

 もう少し皮肉のきいた相手をノックアウトさせられるような一言が欲しい。


「あの人、冒険者なんだって」


 今度は後方から聞こえてくる。

 メイドは爵位の低い所から、もしくは平民からなった者が多い。

 騎士も平民からなることができるが、極少数だ。


「私、あの人知ってる」


 今度は何を言われるかと聞き耳を立てていると知った声が聞こえてきた。


「非力のベンノって言われてる冒険者」


 俺の知っている声が俺を馬鹿にする発言をこの場でしてきた。

 俺、ここではアウェーなのに。


「非力ってそれで冒険者できるの?」

「でも非力だから———」


 知っている声はそこからの巻き返しで俺の評価を上げようとしていたのだろう。だが、俺は騎士から嫌われているようで。


「おい聞いたか。非力だってよ」

「「「「ハハハハハ」」」」


 巻き返す時間を与えられずに非力の話題が騎士の間を駆け抜けた。


「お前達、どれだけ経てば静かになるんだ」


 話題に盛り上がりが追加されて段々と声も大きくなっていた時、最前列にいる女性が動いた。

 白い鎧を着て、兜をわきに抱えている姿が整列している騎士の間から見えた。


「宰相様はなんと仰っていた、カッター」

「静かにして待っているようにと」


 名指しされ姿勢を正した騎士は、会話に参加していないようだった。


「その通りだ。私語を慎め」

「はい、副隊長」


 白騎士達の茶番によって静かになった。

 それよりもだ。白騎士の副隊長はずいぶんと若く見えた。しかも女性。冒険者も最近女性が増えてきていることに関係あるのだろうか。


 平和が長く続く王国に女性の活躍する場が与えられ始めたようだ。

 まあ、なんだか過激な発言をして騎士に捕らえられる女性も増えたが。

 そうして考え事をしていると召喚場の扉が開き、宰相が顔を見せた。


「来なさい」


 それから魔法陣が輝き、勇者が現れた。

 王女が勇者達にした召喚の理由をまとめると。

 魔族が侵攻してきていて、隣国は領土を吸収されている状態。

 王国からも援軍を出したが、状況は芳しくない。

 このままだと隣国は滅びるかもしれない。王国はその次だろう。


 王国が滅びれば、勇者を召喚できなくなり、さらに他の人間の国が攻め滅ぼされるだろう。

 王国は現状軍事力では最強だからな。

 魔族侵攻の影響で食料不足が始まり、値上がりもしているという。

 それらの要因で他国からの要請もあり、召喚したという事だった。


 勇者はもちろん、他の者達も召喚の理由に納得したようだった。

 俺は思った。

 勇者の為に食料を大量に買い付けたのも食料値上がりの一因だと。


「それでは皆様、移動しましょう」


 宰相の言葉に勇者らは従って召喚場を出た。

 彼らに付いて出て行くと、近衛隊の訓練場に多数のメイドと騎士が並んでいた。

 勇者の仲間が多かったから予備人員を呼んでいたのだろう。

 宰相に付いていた俺達は訓練場で並んでいるメイドと騎士の前に並んだ。


「皆様のステータスを鑑定させていただきます。よろしいですか?」

「皆、嫌だったら言ってくれ。僕が止めるから」


 勇者っていうのは、ああじゃなきゃダメなんだろうか。

 別に勇者が止めても他で誰かが見てるから大丈夫だ。

 例えば、訓練場の近くの城壁上、一人遠眼鏡を使って見てるぞ。


「宰相さん、問題ないみたいです。お願いします」

「皆さん、お願いします」


 宰相がそう言うと、並んでいたメイドから数人出てきて紙にステータスを書いている。

 それが大体数分で終わった。仕事が早い。


「皆様はこれから戦闘訓練などをしてもらうことになります。そしてここ王城の第二区で生活していただきます。生活に関することは皆様一人に付き二人任命します世話係へ質問してください」


 ドキドキだ。

 誰に任命されるかで俺の仕事が変わるだろう。わがままじゃない人がいいな。


「宰相さん、質問させてください」

「どうぞ、勇者様」

「生活する場所では団体部屋ですか? 個人部屋ですか?」

「皆様の希望でどちらも可能です。世話係は付けさせていただきますが、離れてほしい時は申してください。いずれ第二区から出る場合は世話係同伴とさせていただきます」


「分かりました。後、今日は戦闘訓練とかありませんよね?」

「はい、今日一日しっかりと休んでいただいて明日、無理であれば明後日から行います」

「分かりました。質問は以上です」

「はい。それでは世話係を任命します。皆様、名前を呼びますので私の近くに来てください。その時、団体、個人どちらの部屋か申し付けください」

「皆、わかった?」


 勇者がそう聞くと、落ちぶれる寸前の冒険者のような男が何か言おうとして固まっていた。


「それでは。勇者、ミノル・タナカ様。世話係にガブリエラ・オハラ、セルマ・リリーホワイト」


 勇者タナカが宰相の傍に向かっていると白騎士の副隊長が歩いて行った。

 そしてメイドの集団から所作がメイドではない人が出てきた。

 副隊長とメイドではない人、どちらも若く勇者と似た年齢なのだろう。

 勇者取り込む気満々だ、この王国。


 それにリリーホワイトって公爵家の名前だぞ。暗部最大の支援者だ。

 それから何十人も呼ばれて召喚された者の数が減っているのに俺の名前が呼ばれない。

 宰相、大丈夫か。俺を覚えてるか?


 前方にいた騎士達が減って視線が通りやすくなった為、少し体を揺らして宰相にアピールすると。


「キョウカ・イトウ様、世話係にベンノ・シュタインドルフ、マリオン・キンブル」


 本当に忘れていたように思える。

 まあ、選ばれなかった訳ではないから問題はない。

 俺は宰相の下まで急いだ。

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