第2話 王命
○
「皆様。この度は召喚に応じていただきありがとうございます。私はライフォール王国第三王女、エイブリル・ライフォール。今から、皆様を召喚した理由をお話しします」
「エイブリルさん。話は聞いてる。女神様からね!」
「田中君、それ本当?」
「俺、知らねえぞ」
「どうやったら分かるんだよ」
「だれか、僕を鑑定してくれ」
「宰相、あの方を鑑定して」
「はい……な、何と⁉」
「どうしたの、宰相?」
「ゆ、勇者様です!」
「勇者様⁉」
「その通り。みんなもこれから召喚された理由を聞いて、この世界の人達を助けてほしい。僕は助ける覚悟がある。無理だと思ったらそれでいい。でも悩むくらいなら一緒にがんばってほしい。地球に帰る為の魔法は僕が成長していけばスキルとなって生えてくると女神様から聞いた。だから、僕はやるよ、皆の為にも。エイブリルさん、理由を」
「はい、勇者様」
俺は一体何を見せられているんだろう。
騎士に混ざって整列していると、魔法陣がとてつもない発光をして成人したばかりのような子供達が現れた。一人だけ落ちぶれる寸前の冒険者のような大人がいた。
妙に爽やかな男が王女と会話をして、宰相の鑑定により勇者だと分かった。
まだ、子供達は不安そうな顔で周囲を見回している。
王女が静かにさせる前、あれだけ騒がしかったことを考えると選択を間違えてここに来たと思った。
周囲の騎士は勇者の登場と同時に嬉しそうに声を上げている。
これから面倒だと思うと自然と視線が上に向かい、目を閉じると思わずため息が漏れた。
仕事辞めるはずだったのになぁ。
○
仕事を辞めるはずだった俺は、二週間の休暇をあけて、街はずれの廃教会で呼び出しを受けていた。
仕事に関しての話はいつもここだ。
今日仕事を辞することを伝えるつもりだ。
一生していくには厳しい仕事、金は大量に入ってくるが多くの仲間が命を落とした。
俺は命を落とす前に仕事をやめて、町を離れて山暮らしでもするつもりだ。
廃教会の建付けの悪い扉には入らず、二階のベランダから中に入る。
階段を下りて、礼拝堂への扉を開けるといつもの場所で長椅子に腰掛ける上司がいた。
「部長ぉー、話があるんです」
「残念ながら、君の話を聞く理由はない」
そう舌足らずな高い声で言い、椅子から立ち上がった部長はこちらを見た。
黒い官帽を被り、黒いラウンドサングラス、黒の重そうなコートは口元から足元までを覆っており、黒い靴のつま先しか見えない。
「部長、聞いてください。頼みますよぉー」
「残念だが、明日から仕事。王命だ」
黒い管帽に付けられた銀色の国章がキラリと光って見える。
「おうめい?」
「そうだ」
返事をして、灰色の髪を揺らしながら部長はこちらに近づいてきた。
「長期の依頼でいつ終わるかも分からない。だが、無視できない。そして表の身分が確かな者、冒険者として高ランクの者が必要になる」
この組織にそんな奴は少数だ。
「そこでベンノ・シュタインドルフ。お前は今日、王城で白騎士から冒険者としての身分保証を受け、宰相から支度金を受け取り、明日、召喚の儀を待つ必要がある」
「食料やら武具やら買い付けて何するのかと思ってましたけど、本当にするんですね。勇者召喚」
仕事中に色々と聞きはしていたが、そこまで状況が悪かったとは。
「ああ、そうらしいな」
後二歩ほどで体が触れるくらいの距離に来た部長は俺を見上げていた。
俺よりも三十センチ低い身長は珍しい。
小さい部長の名前はイネス・サルディネロ。俺が知っている時からずっとこの大きさだ。
「まず、支度金で服を買え、そんな襤褸では何を言われるか」
「そもそも俺はどういう仕事をするんですか?」
「勇者のお付き、世話係だ」
「はあぁ? いやいや、おかしいでしょ、部長。それはメイドか執事の仕事でしょう?」
「そうだ。お前は戦闘の指南係をすると同時に勇者の旅に同行して、その身を守るお付きをする」
「だから高ランク冒険者なんですか。いや、でも俺、鑑定されれば職業バレませんか?」
「普通はバレないだろうが、勇者ともなればどんなスキルを持っているか分からないからな。そこでだ、只今をもってベンノ・シュタインドルフを暗部から解雇する」
部長はどうやっても俺にこの仕事をさせたいらしい。
「それなら俺はその仕事を受けなくてよくなりますよね?」
「形式上のものだ。暗部の人員に関しては私に一任されているからな。書類での契約でなくてよかった」
「そうですか。それで、どうして俺にそんな仕事をさせるんですか?」
当たり前の疑問だ。
今までの仕事とは全く違う、守る、教える仕事だ。
「勇者はやることやれば帰るだろうが、実際の所どうなるのか分からない。残った場合に備えて悪影響を与える存在を遠ざける必要がある。貴族は勇者を唆したりするかもしれないからな」
「そうですか。まあ、監視と世話係が仕事なんですね」
「そうだ。勇者の世話係は無理だったから勇者の仲間の世話係になるだろう」
「ありましたね。勇者は仲間だと思う人達と一緒に召喚される」
「それに、最近はお前を必要とする仕事もなくなってきた。国がそれどころではないからな。あと、この仕事に関して仲間が欲しいと思っているだろうが、宰相にもう一人追加させてくれと頼むことしかできなかった。勇者の仲間がたくさんいればお前の仲間もこの仕事だ」
それから仕事に関しての話を聞いたところ。
勇者には二人の世話係、戦闘指南する者、世話する者が付くらしい。
給金は月に一回。仕事をしないと稼げない暗部とは違うが、毎月入ってくるのはありがたい。
遠出が必要になるときはその都度、支度金を出すとの事だった。
「理解したか?」
「はい」
「なら、出せ」
手のひらを向けて要求してくる部長。
言わんとすることは分かった。腰に付けている片刃のナイフを鞘ごと渡す。
「まだだ」
首から下げていた黒い二つの指輪をネックチェーンごと渡す。
「まだ、あるだろう」
「もうありませんよ」
「本当か?」
「まだ途中ですから」
そう言うと部長はリングを転がして目を伏せながら笑った。
「フッ、そのようだ」
「それじゃ、部長。仕事してきます」
「一つ、言う事がある」
俺が渡したものを一緒くたにポケットへ入れた部長は、官帽のつばをつまんでこちらを鋭い目つきで見てきた。
「私はッ……部長じゃない!」
「そうなんですか? 暗部の長、でしょ?」
「暗殺部隊の長。隊長だ!」
「じゃあ、俺は? 部下から隊長って呼ばれてますけど……」
「お前は、実行部隊。私は実行部隊と情報部隊を束ねる暗殺部隊の隊長だ!」
「そうだったんですね。それじゃ、部長行ってきます」
「クソっ。そこそこの服買ってくるんだぞ」
「分かってますって」
呼び方の訂正を諦めて、部長は支度金の用途を限定しようとしていたが、服は買わない。
それに部長は暗部の皆から部長って呼ばれてるから、訂正するのはもう遅い。
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