異世界転移者の世話係

アキ AYAKA

第一章 召喚から旅立ち

第1話 プロローグ

 ○


 広大な平野に囲まれた大きな街、魔王の名前を冠した都市、ワルカイリィ。街の中心部には多くの民家に囲まれた城がある。

 城に空からの来訪者があった。

 城の門は守衛よりも少し大きいくらいだが、守衛の下に向かう男より十倍は大きい。


「どのような御用で?」

「魔王様に緊急のご報告が」

「所属とお名前を?」

「見て分からんか!?」


 遥かに大きな守衛に男は強気だ。


「すみません。規則ですので……」

「ふん、魔軍偵察隊所属、隊長のヴェッセル・リードだ」


 守衛は手を耳に当て、数度頷くとリードに話しかけた。


「魔王様がお会いになるそうです。案内に従い、第二応接室でお待ちを」

「分かった」


 リードは少しだけ開いた門から急ぎ足で城の中に入り、案内を待たず、二対四枚の透明な羽を広げた。

 そして王城二階にあるベランダから中に入った。

 入った場所では二本のねじれた角を持ち、先の尖った尻尾と二枚の翼を持った女性が本を片手に頭を傾げていた。


「魔王様、ご報告が」


 リードは片膝を付き、頭を下げる。


「応接室で待てと言ったろう」

「緊急です」

「……言え」

「はっ。あの王国が勇者を召喚しました」

「そうか。最近は我らが優勢だからな。それで……それだけか?」

「いえ。洗脳魔法に優れた魔族を一人向かわせたいのですが、構いませんか?」


 魔王と呼ばれた女は眉間に皺を寄せた。


「一人で足るのか?」

「王国には女神の教会がいくつもありますから、複数人で向かうと見つかる恐れがあります」

「そうか、二人で向かえないのか?」

「いえ、離れていれば可能です」

「どのくらい?」

「王都の中と外くらいでしょうか」


 閉じていた目を開け、魔王は命令する。


「分かった、二人であれば許可する。一人が報告、一人が実行だ。失敗した場合、すぐ報告するように」

「分かりました。失礼します」


 リードは終始頭を下げたまま話を進め、ベランダの方を向いた。


「待て、こっちを見ろ」

「し、失礼します」

「こちらをみろ」


 魔王の目が赤く光り、有無を言わせぬ圧力がリードを支配した。

 ベランダに向けていた体がゆっくりと魔王の方へ向き、リードは魔王を一度見て目を天井へ向けた。


「ヴェッセル君。幼馴染だからって、裸の女の部屋に入ってくることはないだろう?」

「ご、ゴメン。レオナちゃん……でも、重大事だろ?」


 どちらからも硬い雰囲気が消え去り、幼馴染の会話が始まった。


「そうでもない。知ってたから」

「う、嘘⁉ こっちは魔法の発動兆候からどの魔法で、どういう性質なのか確認してから来たのに?」

「伊達に魔王じゃないんだよ、ヴェッセル君」

「レオナちゃん。これから俺達、大丈夫かな?」


 守衛に食ってかかった男とは思えない小ささを見せるリード。


「分からない。たくさん仲間が死ぬと思う、でも、諦めないから私」

「うん。俺も、手伝うから」


 リードの目には魔王の隣に立つという熱があった。

 共に目を見て頷き合った二人の間には確かなつながりが見える。


「それで? 私の体を見た感想は?」

「も、もういいよ、レオナちゃん、仕事してくるっ!」


 入って来たベランダから飛んで行ったリードを見送る魔王。

 レオナート・ワルカイリィ、魔王になって早五十年。


「やっぱり、ヴェッセル君は最高の友人だ!」


 もしリードがこの言葉を聞けば、抜け殻のごとくなるに違いない。

 魔王の野望は五十年前から動きつづけている。


 ○


 騎士とメイドの数十名は王国のある建物の外で整列していた。


「来なさい」


 この国の宰相の言葉に従い、騎士達は宰相の後に続き大きな建物へ入って行く。

 金属の扉を抜け、中に入ると大きな柱がこの建物を取り囲んでいる。

 歴史を感じる佇まいに騎士達はハッとさせられるが、宰相の後に続き歩いていく。


 建物の中心では床に彫られた魔法陣が明滅していた。

 魔法陣の周囲には動きにくそうなローブを着た人々が、大きな宝玉の付いた杖を手にして唸っている。


 その中でひと際目立つの白いドレスを着た少女。

 そのドレスには魔法陣の光が反射して高級なものだと分かる。

 また、魔法陣の光は銀色の少女の髪を照らし出した。

 輝く銀色の髪を持つ者はこの王国で二人、王妃と第三王女だけ。

 彼女もローブを着たものと同じように煌びやかな杖を手に唸っている。

 そして彼女が杖で地面を突いた。


 その瞬間、明滅していた魔法陣は目もあけられぬほどの光量になり、周囲の人々は咄嗟に目を閉じた。

 聞こえてきたのは数十人の声。若い声だ。

 そして人々が目を開けると、王女よりは質が劣るが平民よりも質の高い服を着た者達がいた。


 彼らは口々に喚いて、それをやつれた男が抑えようとしている。

 彼らの前に第三王女が進み出る。

 杖で地面を付いて音を鳴らすと自然と声を出すのをやめて誰もが注目した。


「皆様。この度は召喚に応じていただきありがとうございます。私はライフォール王国第三王女、エイブリル・ライフォールと申します。今から、皆様を召喚した理由をお話しします」


 第三王女がそう言って話始めようとするとそれを遮る者がいた。


「エイブリルさん。話は聞いてる。女神様からね!」

「田中君、それ本当?」

「俺、知らねえぞ」


 さわやかな偉丈夫の男、田中がそう言うと周りから疑問の声が上がった。


「皆の記憶には残っていないんだろう、あの場所での記憶は。それに僕が真実を言っているのはこの国の人なら分かると聞いている」

「どうやったら分かるんだよ」


 田中はその質問を待っていたと言わんばかりに、笑みを浮かべた。


「だれか、僕を鑑定してくれ」

「宰相、あの方を鑑定して」

「はい……な、何と⁉」

「どうしたの、宰相?」

「ゆ、勇者様です!」

「勇者様⁉」

「その通り。みんなもこれから召喚された理由を聞いて、この世界の人達を助けてほしい。僕は助ける覚悟がある。無理だと思ったらそれでいい。でも悩むくらいなら一緒にがんばってほしい。地球に帰る為の魔法は僕が成長していけばスキルとなって生えてくると女神様から聞いた。だから、僕はやるよ、皆の為にも。エイブリルさん、理由を」

「はい、勇者様」


 そう言って話始めた理由はこの国の人々にとっては大きな問題だった。

 異世界から来た彼らには関係の薄い話だが、誰もが勇者と同じ考えに至った。

 彼らの異世界での冒険はここから始まる。

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