3話:この世界に勇者は必要ない

「この程度の魔法がお前の本気か?」


 フェイドがなぜ、あれほどの魔法攻撃を食らって無傷でいるのか。

 その理由は簡単で、爆発が届く寸前で自身を闇で覆ったからだった。それだけで防げるほど、勇者であるグレイの攻撃は甘くはない。

 なら何をしたのか。それは影に潜ったからだ。フェイドの持つ祝福ギフトは『黒の支配者』と呼ばれるもので、闇魔法は当然のこと、影すらも自在に操作することができる。

 闇で覆ったのはもしものための保険である。

 こうしなくても『深淵の渦アビスフィア』で、着弾寸前で飲み込めば解決していたのだが、フェイドはグレイの攻撃が自分には通用しないと思わせたかったのだ。


「それで、次はないのか?」

「ぐっ……」


 最高ともいえる魔法がこうも簡単に防がれたグレイは恨めしそうな瞳をフェイドに向ける。


「ならこちらから行かせてもらおう」


 瞬きすらしていなかったグレイの眼前に漆黒の剣先が喉元へと迫っていた。

 半歩下がることでギリギリ回避することに成功する。目の前には空振ったことで死に体を晒すフェイドの姿がある。

 危なかったが、このチャンスを前に思わず口元に笑みが浮かんだ。


「死ね!」


 炎を纏った聖剣がフェイドの右肩から切り裂かれた。だが、切り裂かれたフェイドの体が黒い霧となって消えた。


「――なっ⁉」

「それは影で作り出した分身だ」


 背後から聞こえるフェイドの声にグレイは止まる。背後にいるフェイドへと全神経を集中させる。

 向けられるプレッシャーはまるで、死神の鎌が首に添えられているようだった。


「一体いつの間に」

「それを教えるとでも思っているのか?」

「チッ」


 簡単なことだ。直前で影と入れ替わりで、影を使って移動して背後を取ったに過ぎない。

 フェイドはこれを『影移動』と呼んでいる。

 影移動には様々な活用法があり、移動もこれを使えば早いが、影がなければ使うことはできないのだ。

 グレイが振り返り様に剣を薙ぐが、そこにフェイドの姿はなかった。

 気付けば元の位置に戻っていた。


「魔法は得意のようだな。その腕ならイレーナを倒したのも納得だ」


 フェイドは答えない。答えるつもりはないからだ。無言を肯定と捉えたグレイは「これなら勝てる」と自信を持つ。なぜなら自分は――世界を救う勇者だから。

 グレイは聖剣を構え直し動いた。

 左手に灯した炎の弾を地面へと放ち爆発で砂塵が舞いフェイドの視界を奪う。正面から斬り込んでもフェイドなら避けられると判断し、左側面へと最速で踏み込み聖剣を薙いだ。

 だが、キンッという甲高い音が鳴り響いた。

 フェイドはグレイの一撃を防いだのだ。


「近接戦ができないとでも思ったか?」


 漆黒の剣と炎を纏う真紅の聖剣が火花を散らす。


「くそっ!」


 思わず悪態を吐くグレイだが、それでも立て続けに攻撃をする。猛攻ともいえる剣戟の応酬が続き、埒が明かないと判断して一度距離を取ることにした。


「なんだ、その身体能力は! 俺は勇者で加護があるから分かる。お前には加護もなく、あるのは祝福ギフトのみだ。それで勇者である俺と対等に戦えるその力は異常だ」

「異常か? お前も知っているだろう? 俺が『覚醒者』だということに」

「覚醒者だとしても、ここまでの規格外の力を持っているわけじゃない」

「なら今、こうして知ることができたな」

「ほざけ!」


 聖剣を振るったことで炎の斬撃が生まれる。斬撃がフェイドへと迫るも、同じようにフェイドも剣を振るうことで漆黒の斬撃を放つ。

 衝突して炎の斬撃が消し飛ばされるも、フェイドの放った斬撃はまだ生きていた。


「ちっ!」


 その場から飛び退くことで斬撃の直撃を免れる。


「どうして魔族の味方をする」

「魔族は俺の家族を殺さなかった。村の住民を殺さなかった」

「それだけで人類に敵対すると?」


 フェイドから今まで以上の殺気が放たれる。


「冷静になろうとしていたが、怨敵がいるとそうはいかないな」

「何を言ってる?」


 グレイはフェイドの言っている意味が理解できなかった。

 フェイドは言葉を続ける。


「勇者は人類の敵を倒す役目があるが、その勇者は誰が倒す?」

「倒すも何も、悪を倒す正義は俺達勇者だ」

「なら正義とはなんだ?」


 グレイは下らないと言いたげに鼻で笑い、その問いに答えた。


「正義とは悪を倒す者だ」


 答えを聞いたフェイドは「そうか」と言葉を続ける。


「なら俺は、その正義を、勇者を断罪するとしよう」


 裏で殺戮を楽しむ勇者など、全ての者が不幸になり世界のためにならない。

 だから……。


「――この世界に勇者は必要ない」

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