2話:鏖殺のはじまり

「ハウザーにアゼッタ。軍を下がらせろ」

「――なっ⁉ そんなことをしたら戦線がすぐに崩壊する!」

「フェイド、ここは一緒に――」

「聞こえなかったか?」

「「――ッ!!」」


 向けられた視線に二人は思わず息を飲んだ。これ以上何かを言えば殺意の矛がこちらに向けられる――と。

 それでもアゼッタは言わずにはいられなかった。


「フェイドの言う通りに下がらせますが、こちらにもできることはさせてもらいます」

「好きにしろ。こいつは俺が貰うが、そっちの勇者はどうする?」


 グレイはこの手で殺すと決めていたが、レイに関しては二人の立場もあるからと譲っていた。


「いいのか?」


 ハウザーは確認を取るが、フェイドは「構わない。お前らの面目もあるだろうからな」と言って話を切り上げてゆっくりと歩を進める。

 その間にハウザーが魔法を使って後退するように指示を飛ばすのを尻目に、フェイドも闇の軍勢へと命令を飛ばす。


「軍勢よ、魔王軍以外を皆殺しにしろ。一人たりともここから逃がすことを許すな」


 命令が下されると、闇の軍勢は一斉に動き出し連合軍を蹂躙し始めた。

 その光景を横目に、フェイドはグレイへと歩み寄り、数メートル手前で立ち止まった。


「さあ、グレイ。あの時の続きを始めようか」

「フン! あのまま逃げておけば死なずに済んだかもしれないのにな。家族が死んだのはお前のせいだ」


 グレイの発言にフェイドは耳を貸さない。

 苛立ちは多少あるが、それでも理性を失わないように冷静を心掛けていた。

 すぐに殺してはつまらない。

 生きていることを後悔させ、苦痛と絶望の中でゆっくりじっくり嬲り殺すつもりでいた。

 グレイに待っている未来はただ一つ。

“死”――のみ。それ以外の選択肢などなく、与えるつもりもない。


「お前に待っているのは死のみだ。ここから逃げれると思うなよ」

「あの時のガキが、少し強くなったからって粋がっているんじゃねぇぞ」


 グレイから魔力が噴き上がり怒り具合を表しているようだった。


「俺の前に再び現れたこと後悔させてやる!」


 グレイの持つ剣に炎が纏わり付く。グレイの持つ剣はただの剣ではなく、火の神と火の精霊が祝福した聖なる剣。名を――『聖剣イグニス』。

 最初に動いたのはグレイだった。

 動いたのと同時に足元を爆発させることで、その爆風を利用して加速した。一瞬でフェイドの懐へと潜り込んで聖剣を振るい――空を切った。


「なっ⁉」


 思わず驚きで声が漏れ出る。空振ったことで体勢を崩したことで、フェイドに蹴り飛ばされる。腹部を蹴り飛ばされたことで肺の中の空気が吐き出される。

 そのまま地面を転がるグレイは、すぐに立ち上がって睨んだ。


「少しは落ち着け。な?」


 グレイの影が動き、それは漆黒の槍となって背後から突き刺そうと迫った。

 迫る槍はグレイの背中を突き刺すかと思われたが、ギリギリで横に飛んだことで回避した。


「厄介だが、避けられないほどじゃないな。不意打ちが失敗して不満か?」

「なに、これなら少しは楽しめそうだと思っただけだ。すぐに殺してはつまらない」

「ほざくなよ、ガキがっ! だがまあ、俺をイラつかせた礼だ。とっておきを見せてやる」


 グレイが聖剣を天に掲げると、空に十数メートルほどの幾何学模様の魔法陣が展開された。

 魔法陣の輝きが増した。


「今度こそ、お前の両親のように焼き尽くしてやる」


 その発言に、フェイドの眉が僅かに反応し殺気が漏れ出すが、グレイは気付いて笑みを浮かべた。

 この魔法ならフェイドを倒せる――と。


「――極点の劫火ミル・スフェラ


 拳ほどの緋色の球体が、水滴のように落下して地面に当たった瞬間、光が爆ぜた。

 地面を溶かしながら周囲を焼き尽くし、ものの数秒で直径百メートルほどのクレータが形成された。

 そしてグレイはクレータの中心部を見て驚愕の声を上げた。生きているはずのない彼が、そこに立っていたから。


「なぜ、どうして生きている⁉」

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