4話:対峙する両者

 要塞にやってきて一週間が経過した頃。

 連合軍は海上を移動しており、船団の先頭を行く軍船の一室でくつろぐ人物がいた。


「この茶は誰が淹れました?」


 イレーナがティーカップをテーブルに置いて近くにいる、船団を率いる指令に尋ねる。


「それは私が淹れました」

「味が薄いですよ?」


 王城で飲んでいた茶よりも味が薄いのだ。

 原因は他ならない、魔族との戦いが原因である。


「現在は魔族との戦争中です。物資にも限りがあります」

「そう。でも勇者である私がいるのだから、もっと潤沢でも良いと思うわ。でも無理は言えないわね」

「はい。今はまだ我慢していただければと」


 この作戦も終わって帰れば、また美味しいお茶やお菓子がたくさん食べられる。


「さっさと終わりにして帰りたいわ。船での生活は嫌だわ」

「そうですね。全員そう思っております」


 会話も終わり、イレーナはティーカップを口元に持っていく。

 カチャッとティーカップを置く音が室内に響き、退屈な時間がしばらく続くと思われたが、やたらと外が騒がしいことに気付き、指令も同じようだった。

 一人の兵士が勢いよく扉を開き告げるが、その表情は焦っていた。


「ほ、報告です!」

「どうした?」

「ド、ドラゴンが、ドラゴンの大群が現れました!」

「何っ⁉」

「なんですって⁉」


 イレーナと指令の驚きの声が重なる。

 このような海上にドラゴンが現れるようなことは滅多になく、ましてや大群で現れるなど決してない。


「まさか、待ち伏せか?」


 指令が最も可能性が高いことを呟いた。

 だがと頭を悩ませる。


「ならどうして作戦が漏れている?」

「もしかしてスパイ?」


 連合軍に魔族のスパイは何人も確認して始末してきた。

 今の連合軍にスパイはおらず、指令はイレーナの言葉を否定した。


「今の連合軍は魔族の変装を見破る術があります。なのでスパイがいるようなことはありません」

「ならどうして……」


 イレーナは一つの可能性が頭に過る。

 それはグレイが逃したという祝福ギフト持ちの少年だった。

 今まで辺境の村や街で確認されて討伐隊が向かっていたが、その全てが返り討ちにされていた。

 それでもドラゴンを倒せる実力を持っているとは思えなかった。


 すぐさま外に出て確認すると少し離れた海上の上空に無数の、それも数百を超えるドラゴンの大群であった。


「なによ、これ……」


 大群を見たせいか、イレーナの中でフェイドの可能性は消え去った。

 それは、フェイドがどれほど強くても、これだけの数のドラゴンを配下に加えるのは不可能だったから。

 加えて、その先頭にいる黒銀色のドラゴンに関しては、明らかにどのドラゴンと比べても格が違っていた。

 イレーナは周りを見て思考を巡らせる。

 どう考えてもあの数を相手に勝つことは不可能であり、勝ったとしても作戦続行は不可能と断言できた。


「指令さん、ここは撤退した方がいいですよ」

「イレーナ様の言う通りですね。このまま通してくれそうにもありません。八魔将が複数いる可能性もありますからね」


 船団を睥睨するドラゴンの大群を見てそう判断した。

 だが、そう簡単に逃がしてくれるほど相手は甘くはなかった。

 この数のドラゴンを相手して、さらに八魔将の相手など到底不可能であり消耗が激しい。


「今すぐに撤退をしましょう。全軍に告げる今すぐ――」


 その瞬間、指令の言葉は黒銀色のブレスが放たれたことで遮られることになった。

 放たれたブレスは複数の軍船を巻き込んで爆発し、海の藻屑となって消えた。

 静寂が場を支配する。

 そんな中、先ほどのブレスを放った黒銀色のドラゴンがゆっくりとイリーナの乗る先頭の軍船へと近づいてきた。


 周囲は武器を構えて警戒しているが、イリーナは攻撃をしてくるとは思えなかった。

 その理由は、ドラゴンの背に乗る漆黒の人物がこちらを見て笑みを浮かべていたから。

 だが目元はフードで隠れていてわからないが、気配だけで強者だと理解できた。いや、本能がそう言っていた。

 近づいた者に指令が警戒しつつも尋ねる。


「何者だ! まさか八魔将か!」


 指令の言葉に漆黒の人物は可笑しそうに笑い口を開いた。


「俺が八魔将? 勘違いは止めていただきたいね」


 八魔将じゃないと言う男に、イレーナは内心で焦る。

 まさかこれほどの強者が八魔将ではないと言ったのだ。ならば八魔将はどれだけ強い存在なのかと。


「私は勇者の一人、イレーナ・メルシャス。【氷禍】とも呼ばれているわ」


 その瞬間、一瞬だが殺気が向けられた。

 その殺気を浴びたイレーナは冷や汗を流す。

 一瞬だったにも関わらず、濃密であったからだ。

 それでもイレーナは臆することなく尋ねる。


「名前を聞いても?」

「フェイドだ」


 被っていたフードを外して素顔を露にし、イレーナは思わず目を見開く。

 それは、『人類の裏切り者』として手配された男だったから。


「――さあ、勇者。俺の復讐に付き合ってもらおうか」


 その瞬間、フェイドから放たれる気配が増すのだった。

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