第19話
「ねえ、ミスイ」
「またにしてくれ」
「そうじゃなくてさ……あの人たちの目的ってなんなのかな」
ミスイは足を止めた。
アルマの方へ向き直り、言葉の先を促した。
「ミスイはあの人たちと知り合いみたいだからさ。なんかわかることあるかなって。言いづらかったら、別にいいんだけど」
「いや」
ミスイはしばしの間、考え込んだ。
思いついたことを口にしてみる。
「クロカミ・ユラクが引き込んだ仲間は、魔力持ちと貴族憎しで集まったのがほとんどだった。過酷な労働と重すぎる税で虐げられてきたせいで、反感が強かったと思う。大人たちが口を開けばそういう話ばっかりだったのを覚えている」
ミスイの話が興味深かったのだろう。
アルマだけでなく、先を進む三人も耳を傾けていた。
「あいつらにとって魔力持ちに対抗できる唯一の手段が銃火器だった。元々は気が弱かった奴でも銃を持った途端、性格が豹変したみたいになる。いつしか歯止めがきかなくなって、残忍さを抑えようなんて考えなくなる。自分より弱い奴を狩ることだけが悦びになる」
「……そんな理由で、こんなことを?」
どうだろう。ミスイは自信がなくなった。これだけ大掛かりの計画を、憎しみだけを原動力にして実行まで移せるだろうか。
だがこれだけは言える。
「魔力ナシは生きづらい」
わずかな沈黙が生まれた。
誰も否定の言葉を口にしなかった。国王も、騎士も、学生も、そしてスラムの男も全員揃って同じ価値観を共有している。
アルマがおずおずと言う。
「でもミスイは魔力持ち、なんでしょ?」
「魔力があっても魔法を発現できなきゃ意味がない」
「待って。あなた魔法が使えないの」
先頭を進むリュシーの声が届く。
「てっきり、あなたも魔法で戦ってくれるものだと。その想定で作戦を考えていた」
「期待を裏切るようで悪いが、生まれてこのかた一度だって魔法を使えたことがない。身体に巡っている魔力をどうやって魔法に変換するのか、感覚を理解できないんだ。おかげでスラム暮らし」
どうやって指を動かすか、説明できる人間はいない。
魔法も似たようなものだ。発現の感覚を先天的に理解していないと魔力は宝の持ち腐れになる場合がある。
ルーカスがふいに立ち止まった。
すぐ後ろのミスイを振り返る。苦悩に満ちた顔だった。
「すまない。差別や格差をなくせず、貧困にあえぐ者たちを生み出しているのは儂の責任だ。今日までのアルムグレーンの在り方が君たちを苦しめている」
「待ってください、陛下」
ガイルはするどく言った。
「ユラクの仲間たちの事件は度を超していました。虐げられたにしても過剰な逆恨みです。私は魔力ナシですが、陛下の剣としてアルムグレーン王国に尽くす自分を誇りに思います」
ルーカスはガイルを見つめた。悲しみを帯びた瞳だった。
「儂はお前にも申し訳ないと思っておる」
「なにを仰るんですか」
「忠義を尽くしてくれている騎士団が魔力ナシという理由だけで軽んじられている。この前の会議でもそうだったろう」
「我々はとうに、王国にその身を捧げた騎士です。そんな些細なことを気にする者などいませんよ」
主君を安心させようとしたのだろう。ガイルは慣れないながらも笑みを作ってみせた。
だがこれに異を唱える声があがった。
「あの兜の騎士は誰ですか」
リュシーの言葉を受けたガイルの反応は顕著だった。しばし茫然とした後、顔を逸らす。リュシーの顔を見ようともしない。震えているのか、鎧から耳障りな音が絶えず鳴った。
「兜の騎士?」
「大講堂での襲撃があったとき、顔を隠したアルムグレーンの騎士が仲間に斬りかかっていた。ガイルさん、あれをどう説明しますか」
「……敵が我々の装備を奪ったのだろう。顔を隠していたのは騎士団の人間でないとバレないようにするためだ」
それは誰が見ても見苦しい言い訳だった。本人だって、本気でそう考えているわけじゃないはずだ。
リュシーは神妙な表情で淡々と告げる。
「人員を集め、武器を調達したとしても、国王陛下の訪問まで予知できるはずがありません。学院生である私たちですら当日になって初めて知った情報を、彼らはどうやって知り得たのでしょう」
「ま、まさか……」
「内通者がいるはずです」
薄々誰もが気付いていた違和感を、リュシーは遠慮なく口にした。
「君はなんてことを言うんだ!」
ガイルは、いまにもリュシーに掴みかかろうとしている。
しかし、体格差が大きい男を前にしてもリュシーは毅然と反論した。
「どれだけ高名な組織であれ、全ての人間が足並みを揃えるなんてあり得ません。立場や待遇に不満を持つ人間は一人や二人ではきかないはずです。善良に振舞う人間がひそかに悪事に手を染めていくのは珍しくもない」
学生という身分でしかないはずが、妙に説得力がある。彼女の言葉にはそれだけの実感が込められていた。
「ガイルよ。儂も同じ考えだ」
「陛下まで……」
「貴様が仲間を想う気持ちは、儂には痛いほどわかる。お前はそういう男だ。しかし、内通者はいるのだろう。あやつらは警備体制はおろかルデナイト鉱石のことまで熟知しておった。その騎士に心当たりはないか」
「心当たりと言われましても……」
ガイルは渋い顔になってうめく。
自分が団長を務める騎士団に裏切り者がいるかもしれない。そう考えるだけでも耐えがたいほどショックだろう。その上、それが誰か特定しなければならない。すぐに頭が切り替わらない様子だった。
ミスイは肩の傷に手を当てながら告げた。
「あんたは剣の達人なんだろ」
「それがどうした」
「構えや剣筋で誰かわかるんじゃないか」
「——————」
思い当たる人物がいたのか、ガイルは大きく目を見開いた。
だがそれを口にするよりも早く、前方に光が差した。一階の教員部屋にたどりついたのだ。
タイミングをなくしたせいか、それとも躊躇いが生まれたのか。ガイルが口を開くことはなかった。
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