第18話
アルマへの礼を口にしたミスイは、ついでリュシーにも目を向けた。
「あんたも……ありがとう。助かった」
治療のことだけを指したわけではなかった。
リュシーは制服の下からベレッタを取り出すと、慎重な手つきでミスイに手渡した。銃口がこちらに向かないように気遣ってくれている。
「魔術文字が書けるの?」
「簡単なものなら」
拙い術式だったろうが、彼女はミスイの狙いを読み取ってくれた。
ライトボールは相手を怯ませるのに適した魔法だった。
「目が眩んでなかったのも体質のおかげ?」
「……そうだ」
「見返りではないけど、色々と教えてほしいことが」
「悪いが断る。予想はつくけど、今話す必要がない」
魔法を相殺してしまう身体について触れるには、ミスイの出自にまで言及しなければならない。長話になる上、それがこの状況を打開するヒントにはなりえない。
「いいや。お前は我々に情報を開示する義務がある」
野太い声がきこえた。
ガイルはあぐらをかいた姿勢で剣をとった。ミスイへの眼差しには警戒の色が宿る。少しずつこの場に馴染みつつあるミスイだったが、ガイルだけは全く気を許していない。
「義務だと」
「何故貴様はここにいる。昨夜はどこで何をしていた。嘘偽りなく話せ。貴様のせいで警備体制が変更になり、奴らの襲撃を許す事態となった」
ミスイは苛立った。
「上からモノが言える立場かよ。誰のおかげで命拾いしたと思ってる」
「たとえ芝居だったとしても王を人質に使うなど前代未聞だ。他にやり方があったはずだ」
「撃たれてうずくまってるだけの木偶の坊は誰だった? 俺がいなけりゃお前の頭は吹き飛んでた。王様は奴らに捕まり、アルマとリュシーは一斉掃射で血の池に沈んでいた」
その光景を想像してしまったのか、ガイルの顔が不快感に歪んだ。
「なんと恐ろしいことを言うんだ。人の心がないのか」
「よさないか。ガイル」
ルーカスがたしなめる。
険悪な空気をやわらげようと、アルマは消え入りそうな声で呟いた。
「ミスイは普段この学院の掃除をしてくれてるんです。今日もそれで来てたんじゃ……」
「ルーカス陛下が列席される今日、お前のような存在が姿を現わせば暴動が起こる。清掃業務の日程は改めるよう、国の者から遣いが向かったはずだ」
「え、そうだったの?」
ミスイは醒めた気分になった。
「そんな連絡はきていない」
「なんだと。嘘をつくな」
「昨夜は魔導士クラスの魔法使い六人と褐色肌の男に殺されかけてた」
「……なに?」
ガイルは困惑した顔をみせた。
とぼけているのか。もう少し探りを入れてみるか。
「そっちから仕掛けてきたくせに白々しいな」
「ちょっと待て。本当に何を言っている。お前が殺されかけただと」
本当に知らなそうだ。それとも情報が降りてないだけか。
この国で一番偉い人間の横顔を盗み見る。ルーカスは目を見開き、まじまじとミスイを見つめていた。国王ですら把握していなかったらしい。
「スラムで使ってる寝床に殲滅級魔法のイグライアを打ち込まれた。魔導士連中と交戦しながら街を抜け出し、知り合いの家に匿ってもらっていた。あの魔導士たちを差し向けたのは国の人間のはずだ」
「でたらめを口にするな! だいたい魔導士がきたからといって、どうしてそれが国の関係者だと分かる。おかしいじゃないか」
「アルムグレーンは野良の魔導士が徘徊してるのか? 自国の魔導士じゃないと言い張るならもう少しマシな警備をした方がいい。そんな風だからあいつらの侵入を防げなかった」
「なんだと……!」
「やーめーなーさーい」
ミスイは思い切り耳を引っ張られた。
小競り合いをしていた二人が口を閉ざす。アルマは怒った顔で続けた。
「お願いだから喧嘩なんてやめて。ミスイは言い方に気を付けてよ。そんな風に挑発したら誰だって怒るに決まってる。命を懸けて戦っている人に言うことじゃない」
おそらく人生において、誰かに叱られるという経験を初めてした。
ミスイは耳を押さえ、静かに押し黙った。
「それからガイルさん」
アルマが騎士の方を向く。
「ミスイはずっと私を守ってくれた。さっきだってそう。最初は怖かったし、憎々しかったけど……私はもう彼のことを信頼しています。クロカミだから、ユラクの武器だから————そんな理由でミスイを疑ってかかるなら許しませんから」
少女の剣幕に、騎士は気まずそうな顔で項垂れた。
「……それだけの魔導士相手によく逃げ切れたな」
「魔法しか能がない。対処はしやすかった」
「匿ってもらった家というのは」
「言わない。その人と家族に迷惑がかかる。朝方にはその家も出てた。しばらくして学院の方で聞き覚えのある銃声がきこえてきて、居ても立ってもいられなくなった。俺がここにいるのは銃声の出どころを確かめたかったから。……聞きたいことはこれで全部か」
「ああ、もういい」
最小限の会話で、必要な情報だけを交換する。私語を挟めばまた言い争いになる予感があった。
だしぬけに快活な笑い声が響く。
ルーカス・エリオ・アルムグレーンはミスイたちのやり取りが面白かったらしい。
「まったくお前たちは情けない。女性をむやみに不安にさせおって」
「陛下。どうかお静かに。奴らがどこに潜んでいるともわかりません」
「おっと。すまんの」
ルーカスは自分の発言でブーメランを喰らっていた。
一同に控えめな笑いが起こる。わだかまりはここで終わりにした。
五人は地面に座り込む。さながら作戦会議のように顔を突き合わせた。
「さて。若人たちよ。どうするか」
「どう、とは?」
「儂たちは逃げ隠れてばかりだった。だがもうその必要はないと思っておる」
ルーカスはひとりひとりを指差していく。
「王国最強の騎士。優秀な魔法使いが二人。さらに敵が使う武器に精通した少年。そして、老いぼれとはいえ一国の王。何かしらはできると思わないか」
「え、そんな。たった五人なんですよ。助けを待ったほうが……」
「救援は来ない」
ミスイは窓の外を示す。
「起動された魔術結界が外からの接触を阻んでる。魔導士とはいえルデナイト鉱石があって満足に魔法を使えてない。無理に特攻すればサブマシンガンで撃ち殺される。近づくことすら容易じゃない」
「ならば、魔術結界を破壊するしかあるまいな」
襲撃者全員を無力化するなど土台不可能な話だ。
だがこの孤立無援な状況を打破できれば、反撃に出られる。
方針に異論は出なかった。
「魔法陣はどこにある?」
ミスイが応じる。
「それはわかる。特別研究棟の地下……開かずの間だ」
「え、あれって開くの? てっきり壁面の飾りかと」
「実際に人が出入りするのを見たことがある。生徒がいる場面では絶対に開かないから、開かずの間なんて名称がつくようになったが」
「じゃあなんでミスイは知ってるの。私たちは知らなかったのに。ね、リュシー?」
同意を求められたはずのリュシーは視線を逸らした。
ミスイもあえて触れないでおいた。
「ただ問題がある。魔術式は物理的に破壊ができない。同じ魔術か、無効化魔法が必要になる」
「それ、私に任せて。ディスペルなら習得済み」
リュシーが告げる。
アルマの話では、ディスペルの習得難易度は高いらしい。魔導士クラスが専門とし、学生で使える者はまずいないという。
だが、リュシーの実力に疑いの余地はなかった。
代わりに他の疑問が飛び出す。
「あんた、本当に学生か。普通じゃない」
「首席だから」
「三年間、俺もそれなりの学院生を見てきた。だからわかる。あんたは異常だ。肝が据わりすぎてる。箱入りの学生なら腰が引けて泣き叫ぶところだ。アルマみたいに」
「私のことはいいでしょ!」
アルマは不貞腐れていた。その横で、リュシーは口を固く結んでいる。躊躇う素振りをみせていたものの、やがて重々しく口を開いた。
「生きて帰れたら、わけを教えてもいい」
「いや、やっぱりいい。死亡フラグみたいで不吉だ」
「なにそれ」
「親父がよく言っていた。縁起みたいなもん」
「クロカミ・ユラクの教えを当てにする気?」
脱線しかけていた話し合いを、ガイルが無理やりに戻す。
「どうやってそこまでたどりつく? 敷地の中心部だったはずだ。この本校舎は敵だらけだぞ」
室内が静かになった。誰にも妙案が思いつかないようだ。
ミスイは突然立ち上がった。皆の注目が集まるのを感じる。手に掴んだのは魔術書が収められた本棚だった。反動をつけ、前方に倒す。
「おい。何をして————は?」
空洞が姿を現わした。大人一人がかろうじて通れる隙間。
ミスイは身体を滑らせて中に入る。茫然とする面々を手招いた。中は狭いながらも一人ずつなら通過できる空間になっている。
一番に硬直が解けたのはルーカスだった。
「隠し部屋……いや通路か? なぜこの学院にこんなものがある。こんな設計ではないはずだ」
「この部屋の教員が無許可で掘った。中にハシゴもある。一階端まで人目に触れられず移動できる」
「な、なんのためにこんなことを」
「覗き趣味だ」
空気が凍ったのを感じる。
ルーカスが言葉を引き継いだ。
「覗きだと」
「一階の女教員の部屋に繋がってる。壁にも隙間が空いてる。魔法に精通したプロでも、意外とこういうのは気付けない」
女子生徒二人の顔に嫌悪感が滲んだ。
「きもちわるっ!」
「あなたがここを選んだ理由がわかった」
もしギードたちが退かず特攻してきた場合、この通路に全員で身を潜めるつもりだった。やつらは標的を見失い、上の階層の捜索に気を取られる。
「けど一階まで降りれば、研究棟に移れる。そう言いたいのね」
ミスイは頷いた。
抵抗感はあっただろうが、この通路を活用しない手はない。
リュシーが率先し、ライトボールで内部を照らす。ガイル、ルーカスと続いていく。最後にアルマが入ってきたのを確認し、ミスイは本棚を元に戻した。
アルマが固い声で問いかける。
「開かずの間といい、これといい、学院の裏事情に詳しいね。ミスイは」
「清掃員だからだ」
「理由になってないよ。ねえ、他にもこういうの知ってるんでしょ。全部教えて。学院に文句言うから」
ミスイは口を噤んだ。アルマはもう卒業になる。これ以上思い出を穢さない方が彼女のためだろう。
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