第15話
「おいおい。なんだあ、こりゃ」
ギードは大仰に顔をしかめた。引きつれた大勢の部下も、別館の惨状に言葉をなくす。
食堂に置かれていたであろうテーブルと椅子が全て押し流され、ガラスの破片といっしょくたになって散らばる。あたりの木々はなぎ倒され、泥が混じった汚水で一帯は水浸しだ。
津波の被害にあった港町のような様相だった。
「どう考えても魔法だよな。おいおい? どうなってんだよぉ、リヴデさんよ。ルデナイト鉱石があれば魔法は使えないはずじゃなかったのか。こんなの戦術級魔法じゃねえか」
武装集団唯一の魔法使いリヴデは、ギードのぼやきを無視してあたりを見回す。
探し物をしているようだ。やがて水溜まりから何かをすくい上げた。遠目のギードからは、それは何の変哲もない小石に見えた。
「なんだ。水切りにでも使うのか?」
「魔導石の欠片だ」
「あん?」
「これは魔法じゃなく、魔術だ」
ギードはうんざりした。
「似たようなものだろ」
「魔力ナシと話すのは疲れる。魔法と魔術の区別もつかないのか。それでよくリーダーが務まる」
「はいはい、無知で悪うございました。それで? 魔術がなんだって?」
「魔術は魔力操作を必要としない。正しい術式さえあれば誰にでも発動できる。ルデナイト鉱石がいくらあっても魔術は止められない」
「は? おいおい、なんだそれ。きいてねえよ。やべえじゃねえか。捕まえたガキどもはなんで魔術を使わない?」
リヴデが見下すように鼻を鳴らした。
「本当に学識のない。一つの術式を組み込むのに、並みの魔法使いなら丸一日かかる。おまけに魔術は応用がきかない。初級魔法程度の出力しかない上、効果が切れればその術式はただの落書きだ。この学院でわざわざカリキュラムに含めてないのは、それだけ重要度が低いからだ」
「だったら魔術ってのはなんなんだよ。魔法の方が便利じゃねえか」
「いいや。人間の生活を豊かにしていったのは魔術だ。たとえば『部屋に人が入れば灯りがつく』という術式を組み込めば、いちいち誰かが手を動かす必要はなくなる。魔術は一つの命令に忠実で、内包させた魔力量次第でその効果が一年間以上保つ。持続性という点じゃ魔術は優秀だ」
きいてもない講釈をベラベラと。俺がききたいのはそんなことじゃない。
ギードは不愉快さを隠せなくなってきていた。
「じゃあ聞くけどよ。どんな術式ならこんな芸当ができるってんだ。『津波を起こしてください』とでも書いたのかよ?」
「いや……」
リヴデは魔導石の欠片を凝視した。
「編み込まれた術式は『水を発生させる』だけだろうが、それにしては規模が大きすぎる。使用者の魔力も上乗せすればある程度出力を上げられるだろうが……」
「逃げた女子二人の仕業なのか」
「二人程度の魔力を集約したところで、こうはならない」
「じゃあ誰がやったっていうんだよ」
「知るか」
ギードは嘲笑に似た笑いを浮かべた。
「アドバイザーとして高い金払って雇ったのに、こんなこともわからないのかよ。魔法使いってのも案外、たいしたことないんだな」
リヴデは魔導石を握りしめ、別館を見上げた。
ギードの嫌味を意に介さない。それどころか全く耳に入っていないみたいだ。そんな反応が余計に神経を逆撫でしてくる。
そこに迷彩服の部下が駆け寄ってきた。
「ギードさん。報告をしたいのですが」
「なんだ」
「別館の中を隈なく調査しましたが、誰もいませんでした。食堂フロア以外での戦闘の痕跡もありません」
「そうかよ。で、他には?」
「負傷者多数。うち一名が死亡してました」
「ハッ、溺れた間抜けがいたか」
「いえ……それがどうにも分からなくて。顎下から何か棒状のモノを突き刺さっているというか」
ギードの中で違和感がこみあげてきた。
何か引っかかる。
部下たちに死体を持ってくるように指示を出した。怪訝そうな顔をした部下を急がせる。数分後、その亡骸がギードの前に運ばれた。
「どうしたんですか。ギードさん」
「黙ってろ」
無言で男の顎下を観察する。報告通り、何かが貫通していた。それが脳にまで達したことで絶命に至ったのだろう。ギードは意を決し、棒状のそれを引き抜いた。
ただのペンだった。先端には羽毛が付着している。だがギードは鳥肌が立つ思いだった。昔の記憶が蘇ってくる。
「羽ペン? なんだってそんなものが」
「——人を殺すのに仰々しい武器なんていらない。ただのペンだって充分に凶器になる」
「え。いま、なんと?」
「なんでもねえよ。昔、そんなことを言っていた人がいただけだ」
羽ペンを放り捨てたギードが部下たちに向き直る。
「よし、お前ら。ぬるい調査ごっこは終わりだ。ここからは本気で王様を捕まえにいく。全員、本校舎に戻れ」
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