第12話

 王立魔法魔術学院が襲撃を受けたとの知らせが入り、王宮では緊急対策会議が行われていた。

 円卓で席を囲むのはアルムグレーン王国の重臣たちであり、その一番奥に座るのはジェラール・ド・ヴァロン公爵だった。国王陛下の不在時、非常事態が発生した場合は公爵家が指揮を執る決まりになっている。


 彼らの他にも騎士団・魔導士団が集結し、会議室内だけでなく王宮周辺にまで厳重な警備体制を敷いている。もし何者かが襲撃をかけようとも国家として総力をあげて反撃が取れる。


 国王陛下の世話係兼秘書のニファは、悄然とした面持ちで報告書に目を落とす。


「高等魔法魔術学院を占拠した武装勢力について、詳しいことは何もわかっておりません。ですが所持している武器・装備から過去にクロカミ・ユラクが使用しているものと非常に酷似していることがわかっております」


 重臣たちが一様に険しい顔で唸る。

 最悪な事態に違いない。よりにもよって国内で、ユラクの残存勢力によるクーデターが起こってしまうなど。


「するとこれはクロカミの実子による、アルムグレーンへの挑戦ということか」


「はい、おそらくは。昨夜行方をくらませたのも、今日の襲撃の下準備をしていたからと考えられます」


「なんということだ。やはり殺しておくべきだったか」


 ニファは下唇を噛む。

 子供とはいえユラクの血筋だ。あの会議の場で進言しておくべきだった。クロカミの子供は根絶やしにすべきだと。


「使われているのは……いわゆる銃火器だと?」


「はい。それについては実際に目撃している者がここにおります。魔導士団長、報告をお願いします」


 水を向けられた魔導士団長が面食らう。発言を求められるとは思っていなかったらしい。

 重臣たちからの威圧的な視線に耐えられず、遠慮がちに席を立つ。


「ほ、報告します。えー、学院襲撃の知らせを受け、敷地内への侵入を試みたところ敵勢力からの攻撃を受けました。遠距離からの……狙撃? と思われます。魔導士数名が重傷を負いました。現在、内部への侵入方法を模索中です……」


 それきり魔導士団長からの報告は続かなかった。あたりを見回し、困惑気味に着席しようとする。

 そのとき、鋭い声が飛んできた。


「それで」


 苛立ちを隠さず魔導士団長に詰め寄るのは軍務長だった。騎士団と魔導士団を束ねる重臣の一人である。

 萎縮しきった魔導士団長が見返す。


「それで……とは?」


「お前たちは何を呑気にしているんだ! ルーカス陛下が人質となった可能性が高い以上、これは国家存亡の危機といって過言ではない! 身命を賭して戦うのはお前たちの責務であろう!」


 財務長の声も続く。


「お前たち魔導士団には、毎年膨大な予算をかけてきた。こういうときに役に立つのがお前たちの仕事ではないかね。精鋭揃いの部隊という認識だが?」


「む、無理です。そもそもなぜ私たちが矢面に立たされるのですか。学院内部の警護は騎士団の担当でした。陛下が危険に晒された責任は彼らにあります」


 あまりにも弱腰すぎる態度、さらには責任逃れの言動にニファは耳を疑った。

 重臣一同からもブーイングが起こる。特に軍務長は顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らした。


「このチキン野郎! 魔導士ならいくらでも方法があるはずだ。中には空を飛ぶ者だっているだろう。上空から魔法による攻撃を行うもよし、転移で一気に敷地内部に侵入するのも容易だ。いますぐ魔導士を率いて指揮を取れ。陛下を救出するのだ!」


「だから無理だと言っているじゃないですか! 学院では既に魔術結界が作動しています!」


「結界だと?」


 報告にはなかった文言に全員が眉をひそめた。

 魔導士団長は言い訳を重ねた。


「学院で作動したのは、外側からの魔力干渉を全て無効化する高等魔術式です。ここにも同じ仕掛けがございますが、これを破るのはつまり一国を落とすくらいの至難で……」


「御託はいい。だったら結界内に入り込めばいいだけの話だ。あくまで外側からの魔法を無効化しているに過ぎん! 中にさえ入れば魔法は使えるはずだ」


「中にはルデナイト鉱石が散りばめられているんですよ。我々に死ねと言うんですか!」


「有識者によれば、あくまで魔力磁場を乱す効果があるだけで、魔法がまるっきり使えないわけではないのだろう」


「魔法を発現するまで時間がかかり過ぎます。魔力ナシを相手取るのならまだしも、相手は未知の兵器を使っているんです。詠唱を唱えている間に私の部下たちは身体に無数の穴を開けてきましたよ。なんなんですかあの武器は! まずそこの説明をしてくださいよ!」


 ムキになって言い返す様は滑稽だが、ある意味で必死な現状報告にも思えた。

 銃火器の威力について認識の共有ができていないのは、確かにこちらの落ち度だ。

 ニファが前に出ようとしたとき、それを制したのはジェラール公爵だった。


「魔導士団長の主張はもっともだ。陛下の身の安全が第一だが、無策で魔導士団を送り込めばいたずらに死傷者を生み出す結果になる。……ユラクの銃火器について、詳細を知る者はそう多くなかったな。ニファ秘書官、過去の記録は残っているか」


「はい、ここに」


 ニファは迅速に対応した。資料はあらかじめ用意していた。

 会議に参加している者たち全てに配っていく。皆、一心不乱に資料に目を通していたがやがて怪訝な顔つきになった。


「火薬の爆発により弾丸を発射……大砲のようなものか?」


「これのどこが危険なのだ。飛んでくるのは小型の弾なのだろう。命中したところでそこまでの深手になるとは思えんのだが」


 文面を読むだけではその恐ろしさが伝わらなかったらしい。

 ジェラール公爵が補足した。


「問題はその貫通力と射程距離だ。頭に直撃すれば即死、胴なら内臓に穴があく。口径が大きければ肉が抉れ、腕すら吹き飛ぶ。しかもそれが場合によっては一キロ先から飛来してくる」


 重臣の顔がひきつった。


「だが、次弾装填まで時間がかかるはずだ。大砲だってそうしている」


「装填にはさほど時間がかからない。マガジンを交換すればそれで済む。持ち運びがしやすく連続で発射することも可能だ。見えない位置で大砲が移動し、その攻撃が絶え間なく続く。そんな想像をしてみれば、どれだけ脅威かわかるか」


 ニファの視界で、魔導士団長が身震いした。

 さっきまでの醜態は腹立たしかったが、今はむしろ可哀そうにも思える。本物の銃火器を目の当たりにし、恐怖を刷り込まれている。


「さらに厄介なのは、この銃火器の使用には魔法の才も、特別な身体能力も必要としないところだ。使用法さえ理解すれば誰にでも扱えてしまうのだ。賊にとって、これほど重宝される武器はない」


「まさか、襲撃者の大半が魔力ナシだというのですか」


「その可能性は高いだろう。ユラクのグループに所属していたメンバーも、そのほとんどが魔力ナシだった。むしろ魔力持ちを敵視していた傾向すらある」


 会議室が重苦しい沈黙に支配された。

 最悪の事態と嘆いていたが、もはや死刑宣告にすら思える。


 高等魔術結界に行く手を阻まれ、ルデナイト鉱石で満足に魔法を使えない。そして内部はユラクの兵器を装備した武装集団が闊歩する。国王陛下の救出に向かおうとも、どこから手をつけていいかさっぱり分からない。


 王立魔法魔術学院は、いまや難攻不落な要塞に化けた。


「公爵殿は随分この兵器にお詳しいようだが、なぜだ」


「北の国でクロカミ・ユラクの討伐隊を指揮したとき、奴らの装備を回収した。私もアレの恐ろしさは骨身に染みている」


「そうか。ジェラール公爵はそこまでわかっておられたのだな」


 重臣たちの間で視線が交錯する。

 ニファは背筋に寒気を覚えた。

 他者を貶めようとする際の独特の嫌な空気。王宮に仕えてから何度も経験してきた。いま、生贄が選定されようとしていた。


 重臣は口元を歪めて言った。


「ならば何故、こんな事態を招いた。公爵殿はどう責任を取るつもりか」


「責任だと」


「クロカミの血筋が学院に出入りしているのは把握しておったのだ。ならば、奴がこういった武器を隠し持っていることまで想定し対策するのは当然のことだろう」


 他の重臣たちも頷いていた。

 ほとんど言いがかりに近い。ニファは憤りを覚え、仲裁に入った。


「公爵家代表に対し、そのような発言は無礼かと」


「秘書ごときが口を挟むな」


 こちらを一瞥すらしない。それだけ秘書官を軽んじているということだ。

 なんと不愉快な。ニファは心の中で吐き捨てた。


「あれほど大量の銃火器を隠しているなど誰が予想できる。貴殿には可能だったと?」


「いやいや。だがナンバー2と言われるほどの貴方ならあるいは……実際はとんだ期待外れだったが」


 他の重臣からの尋問が続く。


「なぜ魔導士団は後手に回ることになった。本来であれば学院周辺に配置されていたはずだ」


「クロカミが消息を絶ったから魔導士団に捜索させたのだ」


「それはクロカミの作戦だったのでは? 人員を分散させ、侵入を容易にするのが目的だったとしか考えられないな。スラム暮らしの浅知恵すら見抜けずにいたのか」


 その点に負い目を感じてしまっているのだろうか。

 ジェラール公爵は苦々しい顔で黙り込んでしまう。

 重臣は勢いづいた。


「だいたい、なぜルデナイト鉱石を持ち出したのだ」


「……あの時点では銃火器より、魔法のよる襲撃を警戒するべきと判断したからだ」


「見通しが甘かったと言わざるをえないな。クロカミの血族は魔力をもたない。魔導士たちが十全に能力を発揮すれば、学院の制圧だけは避けられたのではないか。ジェラール公爵の判断が陛下を窮地に追い込んでいるのだぞ!」


 ニファはジェラール公爵を気の毒に思った。

 彼の判断は裏目に出てしまったが、それは結果論だ。最も警戒すべき対象を現実的な方法で対処しようとしていた。公爵を責めるなどお門違いだ。


 だが公爵家の反対派閥がここぞとばかりに声をあげる。そこに擁護派の声も重なり、会議室はにわかに紛糾した。誰も冷静ではいられない。

 ニファの金切り声も響いた。


「やめてください! 今もルーカス陛下と学院生たちが危険な目に遭っているのに、我々が団結できずにいてどうするんですか!」


「黙れ! 男爵家の、しかも女が図に乗りやがって。陛下の世話係がそんなに偉いのか! 分不相応な発言だぞ!」


 重臣に突き飛ばされ、ニファは壁に激突した。

 悔しさと痛みで涙が出てきた。視界がぼやける。痛みをこらえ、なんとか起き上がろうとしたときだった。




「では。私が発言してもよろしいですか」




 それほどの声量ではなかった。

 しかし、そのセリフに全員の視線が集まった。

 彼女はプラチナブロンドをなびかせ、悠然と会議室に足を踏み入れる。

 アルムグレーンの重臣たちを前に臆する様子もない。翠色の瞳がジーナを捉えた。


「背中が痛みますか。いま治しますから」


 彼女が指を振ると光の軌跡が生まれた。刹那、体の痛みが嘘のように引いた。

 相変わらず規格外だ。詠唱すら必要とせず魔法を使いこなしてみせる。さすがは回復魔法の生みの親といったところか。


 彼女は作り物めいた笑みを浮かべ、微笑んだ。


「皆さま。ご無沙汰しております。ミルファナ・ルーン・フィランスです」

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