第7話

「どうしたの」


「あ、その……なんだか恥ずかしくて。リュシー、わたし変なところないかな」


 卒業生たちのざわめきが響く大講堂の中、アルマは自分の恰好を見下ろした。

 やはりというべきか、同級生たちの身なりは華やかで洒落っ気もあった。

 若干の品のなさを感じるが、衣服にそれだけのお金を回せるのは素直に羨ましいと思った。


「ハミッシュ達にも色々言われちゃったし」


「真に受けないで。アルマは充分可愛らしいから」


 一瞬呆けてしまって、言葉を飲み込むのに時間を要した。

 隣のリュシーの横顔を見る。澄ましたものだ。

 真顔で言うことではないだろうに。女同士であっても恥ずかしい。


「リュシーも……。そのままですごく綺麗だよ」


 本心からそう思う。ゴテゴテと宝石をぶら下げた令嬢たちより、ずっと品がある。

 着飾らなくとも美しく映えるのは、凛として背筋をのばしているからだろうか。


 平民出身で首席になったリュシーは良くも悪くも目立っていた。


 学内で彼女の姿をよく見かけていたが、リュシーの振舞いは誰より貴族らしい。食事のマナーや言葉遣い、一挙一動から育ちの良さがにじみ出る。これで貴族出身ではないというのだから心底驚かされる。


「リュシーは卒業後どうするの? やっぱり王宮に入るの?」


 ここは王立の魔法学院だ。学年首位のリュシーには王宮への推薦状が与えられる。

 魔法を究め、魔導士になって国に仕えること。それは選ばれた逸材しか歩めないエリート街道であり、多くの魔法使いが志す夢だった。


 だがリュシーはあっさりと首を横に振る。


「家業を継ぐつもり」


「家業? そういえばリュシーのお家ってなにをしているの」


 リュシーが口を噤んだ。しばらく待ってみるがリュシーは答えようとする素振りすら見せない。話が終わったと言わんばかりに壇上を見つめている。

 あれ。不自然に会話が途切れた。


「リュシー?」


「なに」


「あ、いや」


 そこは普通に反応してくれるのか。

 特殊な家の事情でもあるのだろうか。それなら無理にはたずねない。


「でも意外。そこまで魔法が使えるのに魔導士にならないんだ」


「私が王宮に入るなんて畏れ多い」


 どういう意味だろう。リュシーほどの実力があれば王宮の人間は大歓迎だろう。

 さらに質問を重ねようとしたときだった。


「アルマは。卒業後はどうするつもりなの」


 逆に尋ねられてしまう。

 アルマは少しだけ表情を緩ませ、リュシーに耳打ちした。


「驚かないでね。フィランス家に仕えることになったの」


 リュシーが目を丸くした。


「それって……」


「そう。あの聖女ミルファナ様の生家だよ」


 フィランス家の当主に直々に声をかけられたときは、さすがに舞い上がった。

 かつて名家の令嬢だったこと以外、アルマには何の強みもない。魔法の成績もよくて中の上程度だった。

 亡くなった両親がきいたら、きっと喜んでくれただろう。


 リュシーは顔を綻ばせた。


「良縁に恵まれてる。将来は安泰」


「ありがとう。でもずっとお世話になる気ではないの。私が帰るべき場所は、ひとつだけって決めてるから」


「帰るべき場所……?」


「生まれ育った土地を離れるつもりはないもの」


 アルマが何を言わんとしているのか、勘づいたようだ。

 だがリュシーも半信半疑だろう。声を潜めて確認を取ってくる。


「王国による領地査察はとっくに終わったはず。結果は?」


「駄目だったよ。けれど、諦めたくない」


「けれど、そのためには……」


「そう。功績を立てて、爵位を賜る必要がある」


 リュシーが言葉を失う。それは至極真っ当な反応だった。

 当然、爵位を授かるのは容易ではない。ましてやアルマは女の身だ。女の実力を軽視する偏見もまだ少なくない。アルムグレーンの長い歴史を紐解いても、爵位を得るにふさわしい女性はミルファナくらいだ。


「荊の道」


「わかってる」


 本来であればアルマは父の爵位を継承するはずだった。父の階級なら、爵位が家に帰属するからだ。だが領地の運営・管理をする能力がアルマには備わっていない。先日の査察でその点を問題視された。

 王国は、アルマから継承権を剥奪した。


 あと数か月もすれば、家族との思い出がたくさん詰まった屋敷も土地も召し上げられる。

 その未来はもう避けられない。

 だが、だったら取り戻せばいいだけの話だ。


「懇意にしている貴族は、いるの」


「残念だけど、全然。私は社交界に出たことがなかったから」


「女が、何の後ろ盾もないまま貴族社会に飛び込むのは無謀」


 諭すような話し方だった。


「ここを卒業したら、まず生活には困らない。王国最高峰の魔法学院の名前はそれだけ強い。貴族にならないまま上流階級の暮らしだって現実的な範疇」


 矢継ぎ早に紡がれる言葉に驚く。無口なリュシーが、なんかいっぱい喋っている。

 指摘通り、厳しい道のりになるのは百も承知だ。

 ただ引っかかる文言があった。


「貴族にならないまま?」


「アルマには向いていない」


 胸が苦しくなった。

 学年首位による見立ても、やはり厳しいものになるのか。


「それは……私には貴族の資格がないってこと?」


「いえ。ただ……女が、実力で爵位を得るというなら凄まじい競争に割り込まなきゃいけなくなる。騙し合い、蹴落とし合いなんて当たり前。きたない世界に身を置くことになる。そういうあなたを見たくない」


「…………」


 アルマが自分の目標を語ると、きいた者は口を揃えて同じことを言った。

 蔑むように。憐れなものを見るようにして。


「女にできるわけない」

「身の程を知れ」

「そこまで貴族の地位に縋りたいか」

「卑しく浅ましい」


 額面通り受け取れば、リュシーも彼らと同じ。アルマの目標に否定的だ。

 だが、アルマの感じ方は違った。


「心配してくれているの?」


「友人が無茶なことをしようとしてる。止めてあげたい」


 純粋にアルマの身を案じてくれたのはリュシーが初めてだった。

 ああ、もう。本当に。もっと早く彼女と話すべきだった。

 卒業式の雰囲気にあてられたことにして泣いてしまおうか。


「ねえ、きいてもいい?」


「うん」


「リュシーの家は貴族階級ではないんでしょう? リュシー自身も女の子なのに……どうしてそんなに内情に詳しいの?」


 そう問いかけるが、リュシーはまたしても黙ってしまう。

 アルマは呆れてみせた。話してみて一時間にも満たないが、アルマはこの無口な友人のことを少しずつ理解し始めていた。


 母の口調を真似てリュシーをたしなめる。


「都合が悪くなったからって、いきなり黙り込むのはやめなさい」

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