第2話

 近衛騎士団の団長を務めていても、待遇はさほど良くはない。

 新入団員の育成の他、各方面からの無理難題や雑務に追われてばかりだった。今も緊急の招集がかかり、会合の準備を押し付けられている。


 騎士団長のガイル・テールベルトは、その役回り自体には不満はなかった。

 だがガイルを含めた騎士団員たちが慌ただしく動き回る中、悠然と座っているだけの宮廷魔導士たちは、はっきり言って目障りだ。


 命を懸けて主君を護るしもべ同士、立場に上下などない。そのはずだが、我関せずの態度を貫き、そればかりか騎士団員に足を引っかけてみせる。実に陰湿な連中だった。


 上に抗議を入れたところで彼らには一切のお咎めがないだろう。この程度のいざこざで魔力持ちを罰するはずもなく、仮に大きなトラブルなら揉み消されるだけだ。

 どれだけの不満を抱えていようと呑み込むしかない。それが魔力ナシとして生きる者の日常だった。


「皆、ご苦労。この後は緊急会議が行われる。副団長は残れ。それ以外は修練場に戻って稽古だ」


 ガイルがそう指示を出すと、副団長がおずおずと申し訳なさそうに挙手をした。


「すみません団長。今回も自分の代わりにザインが参加することになってます」


「む、そうだったか。そういえばそのザインはどうした」


 騎士団員たちは互いに顔を見合わせるばかりだった。どうやら誰も知らないらしい。

 またか。ザインが無断で姿を消すのは今に始まったことではない。

 団員たちを帰らせ、用意された席に腰かけた。すると、ほどなくして入室してきたのはザインだった。悪びれる様子は一切ない。


「遅いぞ、ザイン。何をしていた」


「………」


 聞こえない距離感ではない。意図的に無視されている。ガイルはもう一度だけ呼びかけたが、またしてもザインからの返答はない。自然と溜息がこぼれた。


 入団して数か月間指導をつけてきたが、彼の態度が改善される様子はない。訓練に姿を見せず、団員との衝突も絶えない。団長である自分には団員への懲罰権限もあるが、それをすると後々面倒事が増える。


 どれだけ気に食わなくともザインには関わらないのが賢明だ。しかし、騎士としての振舞いに欠ける彼を見過ごせない。


「ザイン、いいかげんに———」


 ガイルの声は、慌ただしい足音に掻き消された。

 騒々しい。ガイルは入室してきた面々に視線を走らせ、言葉を失った。


 誰もかれもが、しわがれた老人だった。しかしこれまでに何度も彼らの警護任務を引き受けてきた。それだけ重要な人物たちだからだ。


 政治、財務、外交——アルムグレーン王国の全てを担う重臣たちだ。

 錚々(そうそう)たる顔触れだ。不躾に見やるのは憚られるが、いまやこの一室にあらゆる分野のトップが集結しつつある。

 ふんぞり返っていた宮廷魔導士も、さすがに背筋を正す。

 だが次に入ってきた者を目にした途端、その場の全員が平伏することになった。


「顔を上げよ」


 多忙の身でいつ鍛えているのか、初老にしてはたくましい身体をしている。

 髪は完全に白く染まり、顔に刻まれた皺も目立つようになってきたが、笑うとえくぼが浮かんで優しげな印象になる。口には出さないが、下町で屋台をしていそうな顔立ちだ。


 ルーカス・エリオ・アルムグレーン。

 当代のアルムグレーン王国の王位継承者だ。


「どうした、皆の者。そんなに辛気臭い顔をして。内乱でも起きたか」


 緊張をほぐそうとしたのか、ルーカスは快活に笑う。

 家臣ならば、国王陛下の心遣いにありがたみを覚える場面だ。しかしあまりに突飛な状況に脳が追いついてこなかった。一国の王様まで参加する会議とは聞かされていない。


「内乱はさすがに不謹慎だったか」


「陛下。そのあたりで。私が進行させますので」


「うむ。そうか。では頼んだぞ、公爵」


「は」


 格式高い黒の正装に身を包み、姿を見せたのはジェラール・ド・ヴァロン公爵だ。

 部屋全体に緊張が走る。まさかこの人までいるとは。


 ヴァロン家は王族以外で唯一、公爵という爵位を得た家系だ。

 数百年という長い年月、王家に仕え支え続けた功績を認められたのである。

 ジェラール公爵はその爵位に恥じぬ働きぶりをみせ、その実直な性格ゆえ周りからの信頼も厚い。実質、国のナンバー2といっていい。


「まずは皆に感謝する。忙しいなかでよく集まってくれた。今から話すことは王立魔法魔術学院の訪問と警護に関連する内容だ。今日になり憂慮すべき事実が発覚したため、共有する」


 直近の最重要任務だ。全員の面持ちが固くなる。

 二日後、その学院では卒業式が執り行われる。設立から百年という節目を迎えたその式典にはルーカス国王陛下自らが訪問する予定となっていた。一国の王が学院生と触れ合い、アルムグレーンの展望を語る。優秀な魔法使いへの激励を目的としていた。


 だが大々的に喧伝したのでは警護上の問題が出てくる。

 よってこの訪問は当日まで公にはしない手筈となっていた。


「名誉ある魔法魔術学院に在籍するのはこの国の担い手になる逸材ばかりだ。若者への影響を考慮して、教職員はもちろんそこで勤務・出入りするのは身分のはっきりした者だけ集められたはずだった。だが……」


 ジェラールの言葉が戸惑いがちに途切れた。


「学院の清掃担当者の中に——クロカミ・ユラクの実子の姿があった」


 耳を疑う情報だった。

 中には思わず腰を浮かせてしまう者までいる。

 ガイルも同じ心境だった。

 既に周知されていたであろう重臣だけが、かろうじて毅然とした態度を貫いている。

 ルーカスが傍のジェラールに問いかける。


「間違いないのか。本当にユラクの血をひいているのか」


「ユラクの子供たちは全員黒髪です。普段は布を巻いて隠しているようですが、裏が取れました。推定年齢ですが十五歳前後とみられています」


 ユラクという名前をきいて、クロカミ・ユラクを連想しない人間などいない。

 人類史上で類をみない大罪人だ。

 異世界から転移してきた彼は、こちらの世界では発達していない知識・思想、さらには暴力を駆使していくつもの反社会組織を統率し、その悪名を轟かせた。


 構成員のほとんどは魔力ナシまたは魔族とされていたが、中には裕福で権力を持つ貴族もユラクに協力していたという。グループは加速度的に勢力を拡大していき、わずか数年で小国を滅ぼすほどに狂暴化していった。


 以降、クロカミ・ユラクが関与したとされる事件が相次いで報告され、世界規模で大勢の死傷者を出すことになる。あまりにもスケールが大きすぎ、各国もユラクの活動の全容を把握できず対応は後手に回った。


 治安の悪いスラムの人間ですら、クロカミ・ユラクの名をきけば裸足で逃げ出すだろう。

 異世界ではこちらの倫理観が一切通用しないのかと疑いたくなるほどに、ユラクの悪行は苛烈だった。

 中でも猛威を振るったのは、ユラクの世界で発展した遠距離型戦術兵器と噂された。

 詳しいことはガイルも知らない。悪用を禁止するため異世界の情報は規制され、押収した兵器も即刻処分されたという。


「だが、クロカミ・ユラクはもう……」


「ええ。すでに故人です」


 五年前のことだ。クロカミ・ユラクが極寒の北の大地に潜伏していると判明し、アルムグレーンを含む主要国が討伐隊を派兵した。魔導士団を主力とした部隊だったが、その作戦にはガイルも参加していた。


 死闘、という他なかった。


 視界を真っ白に染め上げる猛吹雪での総力戦————敵が操る魔獣が四方八方から襲い掛かり、魔導士の魔法が地形を大きく塗り替える。同じ騎士養成所出身のガイルの同期は全員死んだ。まともに剣を振るのが困難な戦場だった。


 追い詰められた奴らの抵抗は凄まじいものだったが、討伐隊は多くの犠牲を出しながらもユラクの身柄を確保した。

 本国に連れ帰って裁判にかける、そんな余裕はどこにもなかった。

 その場でユラクを磔にし、魔導士の炎で火炙りにしてやった。地獄の業火に身を焼かれながらも、ユラクは苦悶の表情も、断末魔も一切出さなかった。ただ静かに、その黒い瞳で曇り空を見上げていた。


 ユラクの身体は骨すら残らず焼失し、長きにわたった災厄は幕を閉じたのだった。


「まさか、あのクロカミ・ユラクの血筋が生き残っていたとは。五年前の討伐作戦————“雪解け”で忌まわしい血筋は根絶やしになったのではなかったか」


 重臣の疑問にジェラール公爵が答えた。


「ユラクは性に奔放な男でもあった。死没寸前で奴の子供は三十人以上いたとされる。実際はもっと多かったのだろう。生き残りがいても珍しくはないし、今回はその内ひとりが見つかったに過ぎん」


「ふん。まるで害虫だ」


 別の声があがった。


「どうするのですか、陛下」


「どうする、とは?」


「殺しますか」


 この場にいるほとんどの者が言外に賛成の意を示していた。

 五年という月日が経ち、クロカミ・ユラクの存在は薄らぎつつある。しかし、その血筋を放置しておくなど論外だ。ましてやそれが、王国最高峰の教育機関に出入りしているなど。

 ここでルーカス陛下が首を縦に振れば、それだけで暗殺は実行されるだろう。誰もがその判断を切望していた。


 だがルーカスは努めて冷静に、慎重に言葉を選んだ。


「彼の素行は? 勤務態度に何か問題点は」


 思わぬ指摘だったのかジェラール公爵が目を大きく見開いた。

 ついで、背後に目配せをする。


「調査部隊。報告せよ」


 手元の資料を慌ただしくめくり、調査部隊が上擦った声で話し出した。


「それが……学院に出入りするようになって三年、問題らしい問題は起きていません。清掃業務に意欲的で職員からの評価が高く、下手をすると真面目な青年です」


「ふむ。そうか」


「陛下! 騙されてはいけない!」


 重臣が声をあげる。必死な形相だった。


「極悪非道、クロカミ・ユラクの実子なんですよ!? それに十五歳ということは、ユラクが異世界からやってきてすぐに生んだ子供です。奴から良からぬ知恵を蓄えた可能性は極めて高い!」


「それだけの理由で殺すというのか」


「いや、しかし! 用心するにこしたことはないでしょう。不確定な情報ですが、貧困街の近くでクロカミが恫喝で金を集めさせたという噂が出ています。間違いなくユラクの子ですよ」


 別の重臣たちの声も重なり、一斉に騒がしくなった。口々にクロカミ・ユラクの子供について知りえる情報が飛び交う。

 ガイルはじっと耳を傾ける。どれも噂の域を出ない真偽の疑わしい逸話ばかりだ。国王陛下のいる場ですべき会話ではない。


「それに、最も不可解なのは奴の体つきです」


 調査部隊はずり落ちた眼鏡を直す。


「奴は貧困街の住まいです。清掃員としての仕事も給金が良いとは言えない。一日働き続けても食べていくだけでやっとでしょう」


「クロカミにはお似合いだ」


「ですが、その体つきは剣闘士と見紛うほど鍛え上げられていました。実際に清掃する様子を見てきましたが、悠々と壁を上り下りしながら窓まで拭いています。あんなの人間技じゃありません」


 嘲りを見せていた重臣は、信じられないという顔になった。


「そんなことがありえるか? ユラクは我らと同じ人間族だが、異世界人は魔力すら持たない劣等種どもだ。魔法で身体強化することはできない。見間違いじゃないのか」


「もしや、母親が鬼族か獣族なのでは。それなら尋常ならざる膂力を備えても不思議ではないぞ」


「馬鹿が。奴には角も尾もないだろう。それはありえない」


「じゃあ一体何だというのだ!」


 重臣たちは声を荒げる。会議の場が紛糾した。掴み合い寸前になっている者までいた。

 国のトップがみっともない————否、トップだからこそか。クロカミへの対応は慎重を期することになるだろう。間違ってもユラクの再来などあってはならない。


「皆さん、少し騒ぎすぎなんじゃないですか?」


 その若い声は会議室でやけに響いた。

 小馬鹿にしたような物言いは、ガイルの真隣から上がったものだった。


「クロカミ・ユラクの血筋とか常人離れした体つきがどうとか。関係ないですよ。だってこの世は魔法が全て。そうでしょ」


 ザインは頬杖をつきながら、そう発言する。

 魔導士団の席から舌打ちが漏れた。

 ガイルは真向いの席に目を向けた。険しい顔をした魔法使いたちがこちらを睨みつけている。


「騎士団員ごときが知ったような口をきくな。ろくに魔法も使えぬ雑魚が」


 追従するように、他の魔導士からも声が上がる。

 重臣たちは静観し、成り行きを見守る。誰もが顔をしかめている。発言すらなく、ただ気に入らないと暗に示す。実に幼稚な振舞いだった。


 非難を浴びていたザインは次の瞬間、あろうことか剣を抜いた。

 魔導士団は水を打ったような静かになった。立ち上がったザインが刀身を高く掲げる。


「ザイン、何をしている!? 剣を収めろ! はやく————」


 部下を諫めようしたガイルの言葉は、しかしそこで途切れた。

 ザインの剣が光り輝く。

 魔導士団含め、全員がその光景に目を奪われていた。


 ザインの魔法剣だ。付与魔法が使える彼にかかれば、どんな剣でも国宝級の一品に変貌する。振るえば向かうところ敵なし、クロカミ相手でも通用するだろう。

 常に一定量の魔力を流し続けて武器強化するには、繊細な魔力操作が求められる。その感覚はガイルには理解できないが、魔導士団の反応を見ればいかに至難の業かわかる。


 剣と魔法。二足の草鞋を履くザインだからこその芸当だ。


「なにか、おっしゃいましたか」


 剣を収めたザインは魔導士団に問いかける。彼らは口を開けたまま呆気に取られていた。その反応に満足したのか、調子づいたザインは続ける。


「ルーカス国王陛下。この機会に是非申し上げたいことがございます」


「む。儂か?」


 ガイルはザインの腕を引っ張った。


「おい、何を言い出す気だ。やめろ」


 ザインはこちらを一瞥すらしない。煩わしそうに腕を振り払おうとしてくる。

 苦言を呈したのはガイルだけではない。礼儀を欠いた振舞いに、ジェラール公爵が眉をひそめた。


「無礼であるぞ。口を慎め」


「よい、公爵。ガイルも手を離してやってくれ」


 ルーカスに名指しされ、ガイルが腕の力を弱める。

 ザインを含めた何人かが不快そうに顔を歪めた。


「ザインとやら。申してみよ」


「……気に入らねえ」


「ん? すまない。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


 小声で呟かれた不平は、ルーカスの耳には届かなかったようだ。

 ザインは不機嫌な顔で告げる。


「王立魔法魔術学院の卒業式当日、近衛騎士団の指揮を私に執らせてください」


「……なぜ?」


 ルーカス陛下は、ザインではなくガイルを見つめた。

 騎士団の統率は当然ながら団長の仕事だ。入って数か月程度のヒラ団員に任されるはずもない。


「魔力ナシが団長を務めるのはおかしいって話ですよ。こういった大役は魔力持ちが担うべきでしょう。即刻ガイル殿を騎士団長の任から解き、私がそこに成り代わるのはどうですか」


 滅茶苦茶な暴論のように聞こえるが、周囲がそれを咎める素振りはない。

 アルムグレーン王国は先代の頃より魔力至上主義を掲げてきた。昔ほど過激ではないが、今でもその思想は強く根付いている。

 長年王国のために尽くしてやっと手にしたポジションを、ぽっと出の魔力持ちに奪われる。この国ではそういったことがまかり通る。


「ガイル騎士団長は魔力ナシです。クロカミ相手では荷が重いでしょうし、団長が怖気づいたのでは全体の士気にもかかわります。ここは私めにお任せください」


 確かに、魔力持ちのザインが一騎士団員に甘んじるなど役不足だ。

 素行に問題はあるが、剣の覚えが早く頭も回る。家柄も才能も文句なしだ。副団長を押しのけてこの会議に出ても誰も見咎めないほどには。


「なるほど。そういう話か」


 ルーカス陛下が姿勢を崩した。深い溜息をつく。

 空気が、震え始めた。振動が伝播し、あたりの物全てがガタガタと音を立てる。

 そんな異常現象を前にしても、誰も何も発言しない。着席した姿勢のまま、粛々としている。ただひとり、ザインだけがおろおろとした反応を示す。


「あ、あの」


「検討に値しない」


 厳かに告げられた言霊には魔力がこめられていた。

 本人の意思によって魔法が発現したか定かではない。だがはっきりとわかる。

 ルーカスは激怒していた。


「儂は。儂に対する礼儀作法でとやかく言うつもりはない。が、貴殿の上官に対する態度は目に余る。口を慎むか、でなければ今すぐこの場を去るがよい」


「な、なぜですか。私の方が、そこの魔力ナシなんかよりもよっぽど————」


「二度、同じことを言わせる気か」


 ザインは怯えきった面持ちで、力なく座り込んだ。

 ルーカス陛下はあたりを見回した。


「この場にいる全員、今一度肝に銘じてもらおう」


 肌を焦がす魔力はいまだ健在だった。


「アルムグレーン王国において魔力を持たぬ者、または貴族階級でない者への不当な扱いや差別は断じて許さない。彼らを軽んじれば、その報いは我々に返ってくる。自分の手足を斬り落とす行いだと自覚せよ」


 ルーカスの言葉をきいた全員が、己の胸に手を当て恭しく敬礼する。

 公爵を含む重臣も、魔導士も、そして騎士も。そこに隔たりはなかった。

 頭を下げる面々を瞳に映したルーカスが、いくらか声の調子をやわらげる。刺すような魔力が一気に霧散する。


「以前はそれでも良かったかもしれん。だがその結果、魔力の有無関係なく有能な人材は国を出ていった。国力の低下は止まらず、頼みの綱であった魔法も周辺諸国に遅れを取る始末だ」


 ルーカスは窓の外に目を転じる。


「特に西方に位置するイーデルシア帝国は恐ろしい。やつらは他国を占領して土地を広げ続けている。隣国がイーデルシアの属国になったのは皆知っているな。次に狙われるのはこの王国かもしれないな」


 ルーカスはそう憶測を述べる。しかしそれはいまや現実味ある脅威だ。

 属国になった、など生易しい表現だ。実態は奇襲同然の侵略を受け、首都が陥落したのだ。抵抗した民の命を奪い、略奪の限りを尽くしたらしい。道徳心の欠片もない。


「イーデルシアだけでも手一杯なのにクロカミまで。頭の痛い問題ばかりですな」


「だが我々が団結すればどんな脅威も乗り越えられるはずだ。……すまぬ、公爵。話が逸れたな。続けてくれ」


「陛下の金言、しかと胸に刻み込みました」


 ジェラール公爵が会議を再開させる。


「軍務局長との競技の末、警備体制を変更することになった。魔導士団、騎士団ともに当初の倍の人員を動員してもらう」


 ガイル騎士団長と魔導士団長はそれぞれ頷いた。


「続いて警備箇所の分担を発表する。魔導士団は学院周辺の巡回、不審物の探索。騎士団は陛下に付き添い、護衛と学院内部の警備に務めろ」


「なっ、お待ちください! どういうことですか、ジェラール公爵!」


 慌てふためいて狼狽したのは魔導士団長だった。


「我々魔法使いを差し置いて、なぜそんなでくの坊たち————いえ、騎士団のみを国王陛下のそばに置くのですか。彼らだけでは力不足でしょう」


「私にも疑問です。私の騎士団は陛下をお守りするのに充分な力を備えてはいますが……わざわざ魔導士団を遠ざける理由はなんですか」


 肩を持つつもりはない。しかし、ガイルも魔導士団長と同意見だった。

 警護の定石から外れた異例の采配だろう。国王陛下の近くに魔導士をつけないなど、魔法至上主義の国家では考えられない。


 ジェラールは神妙な顔をしていた。


「卒業式当日、学院内部にルデナイト鉱石を設置する。既に学院からも了承を受けている」


「ルデナイト鉱石ですと。そんなものがあったら魔法を十全に発揮できなくなります。学院生だって黙ってはいないでしょう。どうかお考え直しください、公爵!」


「学院生の中には少々、落ち着きのない者もいる。彼らの粗相を抑制する意味合いもある。それと安心していい。学院外まで影響が出ないように調整する。発現に支障はないはずだ」


 ガイルは首を傾げた。

 耳に馴染みない単語が飛び出してきた。なにやら魔法使いにとって厄介な代物のようだが……。


「公爵よ。随分と話が大袈裟になっていないか。ルデナイト鉱石は効力が強い反面、人体にも影響が出かねないものだ。騎士団と魔導士団が連携すれば敵などいない」


「何より警戒しなければならないのは魔法による襲撃です。魔族を率いたユラクの兵法はこちらの想像を優に越えてくるものでした。相手はその血縁です。奇想天外な手を用いて我々を陥れてくるやもしれません」


「その子が私を狙うともわからんだろうに」


「用心のし過ぎということもないでしょう」


「式典の日、クロカミは清掃に来るのか」


「当日は名のある御仁が多く出席されるんです。そんなことをしたら暴動が起きます。清掃業務は前日まで。本人にもこれから通達予定です」


「ならば、問題はなかろう」


 ルーカスが姿勢を崩した。

 ジェラールが小言を発した。


「陛下。そんなことをおっしゃらないでください。あなたは代えのきかない大切な御方。もう少しその自覚を————」


「わかっておる。だが心配はいらぬ。儂は臣下に恵まれておる。————何があってもお前たちが守ってくれるだろう?」


 ルーカスの視線がこちらに向けられる。気のせいではない。完全に目が合った。

 胸がざわつく。発言を求められているのだろう。ガイルは立ち上がった。


「万全の体制で臨みます。ご安心を」


「わ、我々魔導士団もお忘れなく。ネズミ一匹入れさせやしません」


 ルーカスが口角を上げ、笑った。

 世話係である侍女を連れ、退室していく。その後をジェラール公爵が追いかけていった。

 唐突だが、会議は終わったようだ。重臣たちの多くは着席したまま、まだ動く素振りはない。彼らの会話が耳に入ってくる。


「そもそもどうして把握が遅れたのか。王立の魔法学院だぞ、雇う人間の素性くらい調査しておくものだろう」


「どうにもフィランス家が後ろ盾になっていたようで」


「あの偽善者一家の仕業か。最近じゃ随分えらくなったみたいだな。ミルファナ・ルーン・フィランスを輩出した功績だけは認めてやらんでもないが」


「そういえば、本当にミルファナ殿を招待しなくても良かったのですか。彼女が学院にもたらした利益は莫大ですよ」


「公爵からのお達しだ。ミルファナの機嫌を損ねるなと。かの聖女様は多忙の身であられるからな」


「しかし、フィランス家に招待状を送るくらいは————」


 これ以上、この場に留まる理由はない。

 ガイルは深々と頭を下げてから退出した。騎士修練場の方へ足を向ける。

 背後に足音が迫ってきていた。振り返らずとも誰かわかる。


「俺に何か用か」


「どうやって陛下に取り入った」


 回り込み、ザインが詰め寄ってきた。

 まともに相手をしてやる気にならない。ガイルは無視して歩を進めた。


「陛下はああ言っていたが、あまり調子に乗るなよ。当日お前に出番はないと思え。この種無しが」


 魔力を持たない人間への蔑称だった。片親でも魔力ナシだった場合、生まれてくる子供には魔力が宿らない。

 振り返るとザインはもう姿を消していた。随分と嫌われたものだ。以前も嫌味程度はよく言われていたが、最近じゃああいった罵倒も珍しくない。

 国王陛下と懇意なのが気に入らないようだ。

 思い込みが激しくて困る。だが厄介なことに、ガイルとルーカスの関係性を疑う者は少なくない。下世話な連中が多い。


 だが、どうでもいい。

 結局自分のやるべきことは変わらない。

 国王は何があっても護る。その使命に揺らぎはない。

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