第52話 スコットランド初日の夜
私は今、番組をつくる場面を見ながら大変なんだなと思っている。
そして、
その桧山さんは先程からジョージさんに通訳させてスコッチウィスキーの試飲という名のがぶ飲みを繰り返している。
それをカオリちゃんがチラ見しながら、
そんな中、私は何をしていたのかというと……
ウィスキーを創る職人さんたちのスキルに感動していた……
この人たちはプロだ。異世界でも同じように蒸留酒を造っている人たちが居た。スキルを駆使して造っていたが、ここに居る人たちもスキルを駆使している。気づいてはいないが……
そんな人たちの働きを見ていると何故か異世界で出会った蒸留酒造りをしていた人たちを思い出す。人、ドワーフ、エルフ、様々な種族が協力して造られたその酒は芳醇な香りが特徴的だった。
そしてココでも同じ香りを私は感じていた。そこに私に声をかけてきた職人さんがいた。
「おう、兄ちゃん。お前さん、イケる口だろ? 試飲しなくていいのか?」
「オッサン、悪いな。仕事中なんだ。買って帰ってホテルで飲ませて貰うよ」
私は異世界で出会った酒造りのドワーフに返事をするのと同じように答えていた。
「ハハハ、あのベッピンさんのボディガードか? そりゃ、気合をいれないとな。それなら、ホレ、コレをやろう。帰って飲め」
ドワーフ(ではない)のオッサンはそう言って私にスキットルを手渡してきた。
「オレが気に入った奴にしか渡さない特別なウィスキーだ。原酒だからな、度数が高いから気をつけろよ」
無理やり手渡して仕事に戻るドワーフ(ではない)のオッサン。私は有難くいただく事にした。しかし、何故か私がボディガードをしていると気づかれてしまった。
普通の人は私を見てもテレビ局のスタッフの1人としか思わない筈なのだが。
地球の一流の職人さんの目は侮れないなと私は思い、いただいたスキットルを大切に内ポケットに入れた。
そして撮影は順調に進み、午後3時に撤収する事になった。私は職人さんたちに礼を言いに行った。
「オウ、兄ちゃんならまた歓迎するぞ。今度は仕事じゃない時に来いよ!」
「あっちのただ酒飲みのオッサンはもう連れて来るなよ!」
職人さんたちに嫌われてますよ、桧山さん。そう思っていたらその桧山さんが私の所にやって来て、
「おい、ボディガード! 今夜、お前の部屋に行くからな! 覚悟しとけよ!」
と酔った勢いだろうけど強気で私に言ってきた。
私は面白そうだと思い、
「分かりました、お待ちしてます。でも、私にはその
そう答えておいた。まあ何の用事なのかはわかっているのだが。
「バカヤロウ! 俺だってその
そう言って私の元を離れていった桧山さん。何気にカオリちゃんが少し離れて見ていたのが印象的だった。
そして、ホテルに戻り桧山さんが部屋に来るのを待つ。流石にこのホテルでは桧山さんは
ノックの音がしたので確認して扉を開ける。そこには酔いは既に
「来たぞ、中に入ってもいいか?」
「どうぞ、待ってましたよ」
短く会話をして中に入って貰う。他のテレビスタッフは食事に出かけたようだ。
「随分と落ち着いてるな、間男のクセして」
やはりそう思っていたか。そんな事がある筈ないのにいつからそう思っていたのだろうか?
「何の話です? 間男? 私が?」
「しらばっくれても無駄だぞ。俺はちゃんと聞いたんだっ!」
フム、誰かに嘘を吹き込まれたのか? ちょっと
どうやら日本で何者かが桧山さんに嘘を吹き込んでいたようだ。何者かは私でも
なるほど、既に手出しをしていたから、あのおふざけ組織を壊滅した時に介入してこなかったのか。
「お前、涼子を抱いたらしいな…… ふざけやがって…… その上、香織にまで手を出すつもりかっ!!」
さて、どうやって誤解を解こうか? 洗脳されてる訳でもなく、ただ単に嘘を信じ込んでいるだけだから、一番扱いに困るパターンだな。
まあ、こんな時は正直に腹を割って話すのが一番いいだろう。
「誰に何を聞いたのか分かりませんが、私が深野さんを抱いたなんて妄想はしない方がいいですよ。深野さんが
「フンッ、口では何とでも言えるよな。だがな、お前の話をする涼子は笑顔なんだよっ! 俺は自分が涼子とつり合ってないのはわかってる…… だがな、惚れてプロポーズして結婚したのは俺だ! だから、お前みたいな間男に涼子も香織も取られる訳に行かないんだよ!」
冴えないオッサンだと自覚してるのね。先ずは私自身の思いを分からせようか。
「思い違いがあるようですから私が思っている事をこれから言いますね。先ずは、私は深野涼子さんの
そう、私は桧山さんを
クソッ、何の罰だよ! だが、それで分かった事がある。私の
私の言葉にハッとした顔をする桧山さん。
「そう言えば涼子は……」
そう呟いて考え出す桧山さん。私は答えが出るまで辛抱強く待つ。
5分程で答えが出たのだろう。やけにスッキリとした目をした桧山さんが私に頭を下げた。
「済まない…… 俺はどうやら疑心暗鬼になっていたようだ…… それにしても昭和の男のファン心理だと。それじゃ俺はファンじゃなかった事になるじゃないかっ! 俺が一番の深野涼子のファンなんだよっ!!」
うん、まあそう言う事を言えるぐらいには私の事を信じてはくれたようだ。そこで私は間違いを正してあげる事にした。
「いいえ、貴方は既にファンじゃない。夫なんですよ。世界でただ一人、深野涼子さんがその素を見せる夫が、貴方なんです。なので、素の深野さんを知らない、一番のファンは私です!!」
張り合ってしまったが、ココは譲らない。私は
「クッ、フッフッフッ、そうか、そうだな…… 素の涼子を知ってるのは俺か。確かにもう俺はファンじゃないんだな。嬉しい事を言いやがって…… ホントに悪かったな、勝手につまらない疑いをかけて、絡んでしまって」
「誤解が解けたなら、いいんですよ。それよりも、ウィスキーの蒸留所で試飲をがぶ飲みするのは明日からは止めて下さいね。職人さんたちから不評でしたよ」
私は今なら言っても大丈夫だとこのタイミングで伝えた。すると、
「ああ、心配するな。俺は明日、日本に帰るから。誤解だったと分かったからには涼子についてる必要も無いしな」
何と桧山さんは日本に帰ると言い出した。それはそれで
「桧山さん、帰る必要はないでしょう。旅程は組んできてるんでしょう? ならば最後まで付合って下さい。その方がいいと私は思いますよ」
そう、桧山さんと
「むっ、だがな、スタッフたちもやり辛いだろうしな……」
自覚はあったのか。だが口出ししなければ大丈夫ですよと伝え、帰るのは思いとどまってもらった。
「それじゃ、誤解だったという事が分かった記念にとっておきの水割りで乾杯しましょう」
私はここでドワーフ(ではない)のオッサンに貰った原酒の入ったスキットルを取り出し、ちょっと濃いめに水割りを2つ造って、桧山さんと乾杯した。
酔った桧山さんは
「だが、娘はやらんぞ!!」
と言った時に、
『パパは黙って!』
とカオリちゃんの声が聞こえた。桧山さんにも聞こえたようだ。
「か、香織…… じ、冗談だよ、冗談……」
どうやら桧山さんはこの場に居ないカオリちゃんの声が酔ってるから、自分だけに聞こえた幻聴だと思っているようだ。幻聴に返事をするオッサン…… 酔ってるな。
けれどもコレで私は確信した。むしろ遅いと彼女は怒っているだろうと思う。
君なんだね…… ここで会えるなんて……
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