第38話 大詰め

 その後、30分ほどでADがやって来てやはり急には無理だったと伝え、後日撮り直しという事になった。なので、ランドールはそのままスターフェスの東京事務所に向かう事になった。


「ハァ〜、また後日撮影なんてメンドくさいねー」


 ナミちゃんがため息と共にそう言って愚痴る。ヒヤマさんがそれに注意をしている。


「ダメよ、ナミちゃん。ココでそんな事を言ったら。誰が聞いてるか分からないんだから」


「はーい、分かりました」


 ヒヤマさんのいう事は素直に聞くんだなと私は思いながら、3人の後をついていってる。勿論、【不可視】と【隠密】は発動してある。そうしてテレビ局を出て駅に向かう途中で不意に近衛騎士ロイヤルガードの5人は現れた。


 私はマサシに既に連絡を入れてあったので、今頃は近衛騎士ロイヤルガードの面々は刑事さんに張り付かれている事だろうと思っていた。しかし、その考えは甘かったようだ。まだ刑事さんの気配は近くにはない。

 ランドールの2人については腕時計があるので心配はないが、問題はマネジャーのヒヤマさんだ。彼女には何も渡してないので物理的な攻撃を仕掛けられたらヤバい。

 まあ、私がこのまま姿を現さずに魔法で防御するしかないだろう。


 私はそう思っていたのだが、近づいてくるシバタケを睨みながらヒヤマさんはナミちゃんとヒナちゃんに声をかけた。


「ナミちゃん、ヒナちゃんを連れて逃げなさい。ここは私に任せて!」


「えっ! イヤよ、ヒヤマさんだけ置いて逃げたり出来ない!」


「私なら大丈夫だから! 気にせずに逃げなさい! 交番にいくのよ!」


 そんなやり取りをしてる間に既に後ろにアカシと顔を腫らしたミッチーが回り込んでしまった。まあ、間に私が居るのだが。


「クックックッ、やっと会えたぜぇ〜。何故か分からないけど今日は俺たちの調子が悪かったみたいでな…… その調子を取り戻す手伝いをランドールの2人にして貰おうかと思ったんだが、よく見りゃマネジャーさんも良い女じゃねぇか。こりゃ担当者として一緒にお手伝いをして貰おうかな? なあ、みんな!」


 下卑げひた笑みを浮かべながら少しずつ近づいてきてそう言うシバタケ。その少し後ろにはカガミとムトウが同じ笑みを浮かべて立っている。


 そして近づきながらシバタケがヒヤマさんの腕を取ったその時、シバタケは地面に転がっていた……


 私の魔法ではない。ヒヤマさんが取られた腕を起点にしてシバタケを地面に転がしたのだ。地面にだらしなく転がったシバタケに向かってヒヤマさんが言う。


「気安く私に触らないで貰えますか? 私に触れていいのは両親と、もう1人だけなので」


 ヒヤマさんって強いんだなと私は思いながら、後ろからランドールの2人を羽交い締めにしようとしているアカシとミッチーの影を地面に縫い付けて動けなくする。


「なっ! 何だ? 動けねぇ!!」

「あっ、足が前にも後ろにも出せないっ!!」


 煩いから【風魔法】で遮音してやった。そんな状態だが、カガミとムトウはまだ余裕を見せている。


「アッハッハッ、シバタケくん、油断しすぎ〜」

「シバタケくん、ほら、お姉さんに言われてるよ〜」


 カガミとムトウに揶揄からかわれたシバタケは悔しげな顔をしながら立ち上がり、カガミとムトウを怒鳴りつけた。


「うるせぇっ! そんならお前らがこの姉ちゃんを抑えつけろ!! 俺はランドールの2人をヤる!」


 そう言って1歩下がり、カガミとムトウを前に出すシバタケ。自分が力を込めようとした瞬間に力が抜けたのを感じて怖じ気づいてるようだ。今までなら武道の技など無意識下で発動していた【剛腕】でねじ伏せてきたのだろう。後ろに下がって納得のいかない顔をしているシバタケを見ながらも、私はカガミとムトウの動きにも注意していた。


 2人の余裕ある態度に私は違和感を感じている。正常な精神状態では無い感じがするのだ。なので私は2人に注意しているのだが、ヒヤマさんもまた変わらずに平静な態度でいるので介入せずに様子を見ている。


「エッヘッヘェ〜、ご指名があったから選手交代でぇ〜す。俺はカガミでぇーす! お姉さんのお名前は? よーく見たら眼鏡の奥にはキレイなお目々が見えるじゃん! 俺、お姉さんをヒィーヒィー言わせたいなぁ!」


「カーガーミー、そりゃ無いぜぇ。このお姉さんはお前なんて眼中に無いってよぉ。あ、俺はムトウって言いますー。お姉さんに俺の如意棒を咥えこんで貰いまーすっ!!」


 ヘラヘラと2人とも笑いながらヒヤマさんに近づく。そして、いきなりカガミがヒヤマさんに殴りかかった。


 私は咄嗟に間に入ってカガミの拳を受け止めて、そのままムトウに向かってカガミを投げ飛ばした。

 

 しまった! ついつい体が動いてしまった。私はそう思っていたが、見えない筈の私に向かって、私にしか聞こえない声でヒヤマさんが言う。


「アリガト、鴉さん」


 バ、バレてる? な、何で? 取り敢えずその事は後で確認しようと思い、カガミとムトウを見ると地面に転がったまま2人とも爆笑している。


「ギャーッハッハッー、投げ飛ばされちゃったーっ!! シバタケくんの事言えねぇわ、俺」


「カガミー、邪魔! 早く退けよー! ワーハッハッハッ!!」


 うん、この2人は危ない【おクスリ】を打ってるようだな。私はそう確信した。その時だった、シバタケがダッシュで横に駆け出した。その2秒後にワラワラと走り寄ってくる人たち。

 何事かと思っていたら、


「警察だっ! おとなしくしろっ!!」


「大丈夫ですか! お嬢さん方はコチラへ!」


「さあ、コッチに! 私たちが来たからもう大丈夫ですよ!」


 刑事さんたちがやって来たようだ。女性刑事さんの方に移動したヒヤマさん、ナミちゃん、ヒナちゃん。その女性刑事さんの1人がヒヤマさんを見て驚いた顔をしている。


「ヒヤマ師範! ヒヤマ師範じゃないですかっ!!」


 師範? 何の師範なんだろうと私が思っていたら、


「アラ、ミナカミさん。昨日ぶりですね。助かりました、有難うございます」


 とヒヤマさんがその刑事さんにお礼を言うと、ミナカミさんが笑顔で言った。


「フフフ、正天流しょうてんりゅう合気柔術師範、ヒヤマ7段に喧嘩を売るなんて、馬鹿な子たちが居たものですね、ウフフフ」


 おかしくてしょうがないと言った感じで笑うミナカミさんに側に居た男性刑事さんが問いかけた。


「ミナカミ巡査、お知り合いか?」

「はい、課長。私が幼い頃より学んでいる武術の師範をされている桧山香織ひやまかおりさんです!」

「ほう、すると彼らの状態は桧山さんが?」


「はい、殴りかかられたので仕方なく防御させていただきました」


「大丈夫ですよ、彼らは怪我らしい怪我もしてないようですし、立派な正当防衛です。申し訳ないですが、署の方までご足労願えますか? 事情を教えていただきたいのです」


「分かりました。事務所に電話をかけてもよろしいでしょうか? 事情を事務所に報せて仕事のキャンセルを伝えないといけないので」


 ヒヤマさんがそう言ったらミナカミさんが、よろしかったら私が途中で電話を変わって事務所の方に事情をお伝えしますと言ってくれている。


 どうやら赤坂署の生活安全課の面々らしく、売人のコウを逮捕していて近衛騎士ロイヤルガードに張り付くのが遅れたようだ。その事について3人に謝罪している。


「しかし、シバタケには逃げられてしまったな……」


 課長さんがそう言った時に部下の1人の刑事さんが近寄ってきて報告した。


「課長、アカシとミチヤスの2人なんですが、どうしてもその場から動きません…… 押しても引いても、持ち上げようとしてもダメなんです……」


 あっ!? しまった、忘れてた。私は慌ててアカシとミッチーの影を縫い止めていたのを解除したのだった……


 




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