第29話 東京へ向かう

 私は今、タカフミさんと一緒に東京に来ている。弥生の自宅から転移してきた訳だが、タカフミさんも急に弥生に呼び出されたようで、理由は分からないと言っていた。


 そんな私とタカフミさんがマンションの部屋で待っていたら玄関の鍵が開く音がした。そして、弥生が


「居るの〜?」


 と言いながら中に入ってきた。


「ああ、もう着いてるよ。弥生、タケフミさんまで呼んだのは何でだい?」


 タカフミさんが返事をしながら質問した。


「あー、ゴメンね。急すぎて連絡をいれられなくて。タケにいもゴメン。実はランドールの2人が目をつけられちゃったのよ。あのダニーズ事務所のとあるグループに……」


 ダニーズ事務所とは男性アイドルを世に知らしめたと言っても過言ではない大きな事務所だが、数年前にカリスマ社長が亡くなって、事務所のいう事を聞かないアイドルが多くなっていると雑誌で読んだ事がある。まあ、どこまで真実かは分からないけど。


「何だってっ! どのグループだい?」


 タカフミさんが慌てて弥生に聞いている。


近衛騎士ロイヤルガードなのよ、どうしようかと悩んだけど、タカさんとタケにいに急いで相談しなきゃと思って、それで先ずはこっちに来てって連絡を入れたの」


 凄くいい名前のグループだが、何か問題があるのだろうか? 弥生の言葉にタカフミさんが苦虫を噛み潰すような顔になってしまっている。


「あの…… 私はダニーズ事務所所属のタレントさんには詳しくないけど、近衛騎士ロイヤルガードというグループの何がいけないんだ?」


 私はわからない事は素直に聞いた方がいいと思い、弥生に聞いてみた。


「タケにい、今から1年前にデビューした近衛騎士ロイヤルガードは、ウチのコンドルスターをライバル視してるグループで、メンバーは5人。その中の2人は元ヤンキーで素行不良な子たちなの。まあ、それはそれで良くある話だからいいのよ。但し、ウチ所属の子たちにチョッカイを出して来ないならって話だけどね。特にリーダー格のシバタケって子がヤバくてね…… ウチじゃない他の事務所の女性アイドルが2人、妊娠、堕胎させられてるの…… 証拠も無いしダニーズ事務所が力でねじ伏せてるからマスコミも報じないけど、私たちのような力の無い事務所は情報が命だから、協力しあってそういう情報を共有してるのよ。そして、実際にその娘たち2人と私は会って話を聞いてるから…… そんなグループにランドールが目をつけられたの。あと、コンドルスターも今のライブツアーが終わってテレビ出演を始めたら、潰すって周りに言ってるらしいわ…… 早急さっきゅうにどうにかしないとって思ったんだけど……」


 ハア〜…… その話を聞いて私は異世界で出会ったいきり立った冒険者たちを思い出してしまった。それなりに実力がある者もいたが、自分が気に入らないという理由だけで他者を攻撃し、手に入れたいと思ったら力ずくというのが同じだと思ってしまったのだ。


「うん、まあ確かに急ぎでどうにかしないといけないが、ランドールの2人は私が渡した時計は身に着けているのかな?」


「ええ、タケにい。2人とも寝る時にも着けたまま寝ているそうよ。お風呂にも着けて入ってるって言ってたわ。何でもヒナが腕時計コレを身に着けてる限り危険は無いってナミに断言してたらしいわよ。マネジャーの子がそう言ってたわ」


 まあ、そこまで徹底しなくても大丈夫だとは思うのだが…… あの時計を身に着けてる限り物理的な危険は全て防御してくれるから、その点では時間はまだあるだろう。コンドルスターのライブツアーもまだ1ヶ月はあるし。


「それじゃ、私が少しその近衛騎士ロイヤルガードというグループを監視しながらメンバーを調べてみるよ。タカフミさん、東郷さんに伝えて東京の警察に知合いがいないか聞いてみて貰えますか? 今回も出来れば警察と連携したいと思いますので」


 私がそう言うとタカフミさんが早速東郷さんに連絡を入れている。東郷さんから返ってきたのは、俺は居ないがタケシならキャリアでもあるから、警視庁にも警察庁にも知合いが居るだろうという話だった。そこで私はタケシに協力をあおぐ事にした。


「おう、タケフミどうした?」


 忙しいだろうに私からの電話には直ぐに出てくれる親友に感謝しつつ私は要件を伝える。


「うーん、知合いは居るがソイツが動くと大事になるからなぁ…… どうするか…… あ、そうだ所轄の署長をやってるアイツなら何とかしてくれるかも。タケフミ、連絡を入れておくから赤坂署の署長を訪ねろ。まあ、署長も忙しいが昼飯時なら何とか時間を作ってくれると思う。署の方に行けよ、外で2人だけで会うのはご法度はっとだからな。名前は三宅雅史みやけまさしだ。年は俺たちと同い年だから…… まあ、直ぐに会ってくれると思うぞ」


 何やら含みがある口調でタケシにそう言われたが、取り敢えず言われた通りに私は赤坂署の署長さんを明日の昼飯時を見計らって訪ねる事にした。


「分かった、明日だな。俺から連絡を入れておくから、時間厳守で頼む」


 タケシからそう言われて私は必ずそうすると伝えて電話を切った。


「タケシの知合いの赤坂署の署長と会う事になりました。明日、ちょっと訪ねてきます」


 私がタカフミさんにそう伝えると、


「それじゃ、僕と弥生は近衛騎士ロイヤルガードのタイムスケジュールをできる限り詳しく調べておきます」


 と返ってきたのでよろしくお願いしますと言って、私はマンションを出た。今日はホテルに泊まる事にしたからだ。そして、念願の1人居酒屋デビューを飾ろうと思う。

 私はホテルにチェックインしてからホテルマンに近くでオススメの居酒屋はないか聞いてみた。


「ウチの近くでしたら、アチラの出入り口を出て左に向かいますと、200mほど先に【あらい】という居酒屋がございます。少し大衆居酒屋よりはお値段がはりますが、お味の方は保証致します。それに、各種お酒も取り揃えておりますので、オススメでございます」


 と、教えてくれたのでそこに向かう事にした。居酒屋に入ると大人な雰囲気で、私が1人だと言うと和服美人さんが


「カウンターでもよろしいでしょうか?」


 と聞いてきたので私は大丈夫ですと答えた。案内されたカウンターは目の前に板前さんが居て、直接注文しても良いとの事だった。私は内心でドキドキしながら注文をした。


大将たいしょう、オススメの刺身とそれに合う日本酒をぬる燗でお願い出来るかな」


「へい! 有難うございます! 今日は瀬戸内海産の活きのいい魚介が入っております! そちらの盛合せでよろしいですか? 酒はそうですね…… 珍しい出回ってない酒で、【翡翠の森】っていう酒が合うと思います! 直ぐにご用意しますので、ちょっとお待ちをっ!」


 私は内心でホッとしながら刺身と酒をワクワクしながら待つ。何故こんなにドキドキしているかと言うと、異世界には酒場があったが何処か西洋風で、日本の居酒屋の雰囲気を持った酒場とは出会わなかったからだ。そして、私は中学生だった頃にいつか居酒屋にいって格好いい大人のようにスマートな注文をしてみたいという、幼稚な憧れを持っていたのだ。その幼稚な憧れを今日、やっと果たす事ができたのだ。ちょっと嬉しい。


 大将が刺身を出してくれた。コレほんとに1人前ですか? 大将。私はその量の多さにビックリした。


「お客さん、それがウチの通常の1人前ですよ。初めて来られたお客さんは大概ビックリされますけどね、ハハハ」


 大将が私が感じた疑問を見てとってそう教えてくれた。そして、瀬戸内海の天然鯛を中心に、養殖されてる魚も一緒に盛ってますが、大丈夫ですか? と聞かれたが、


「私は大将にオススメを頼んで、大将はコレがオススメだと選んで出してくれたんです。もちろん、大丈夫ですよ」


 香川県小豆島のオリーブハマチ、愛媛県の媛スマ(スマガツオ)、同じく愛媛県のクエが養殖魚だそうだ。

 美味い!! そして、オススメの酒は芳醇な香りで魚の旨さを引き立たさせている。


「大将! オススメはすごいね! とても美味しいよ」


 思わず大将にそう言った。


「有難うございます。もう1品、刺身じゃなく火を入れた料理でオススメがありますが、いかがでしょう?」


「それは楽しみだ。ぜひお願いします!」


 そうして、私の居酒屋デビューは大成功に終わった。値段が少しはるとホテルマンが言ってたが、刺身盛合せと、関あじのフライ、関さばの塩焼き、ぬる燗三合で支払った額は3,500円…… いや、安すぎでしょと私は思ったが、ココには東京に来る度に寄る事を心に誓って、いい気分でホテルに戻って就寝したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る