第26話 コンサート初日

 ホテルでは何事もなく、リハーサルも順調に進み、いよいよ今日はコンサート初日となった。


 私は何故か10人の大学生から先生と呼ばれている。


「鴉先生、この配置で大丈夫でしょうか?」


 私は君に何かを教え、指導した覚えは無いよ、近藤くん。


「近藤くん、昨日も言ったけど先生はやめてくれないかな? 私は何も教えてなどいないよ」


 しかし私のこの言葉は近藤くんによって否定された。


「? 何を言ってるんですか、鴉先生。俺は先生に投げられた事によって、世の中には見かけどおりの人は居ないという事を教えられました。なので、先生と言っても間違いではありません!」


 いや、普通はそれを教訓として今後は人に接する時に態度を改めるというのが普通の反応なんだよ、近藤くん。私は心の中でそう思ったが、口に出しては違う事を言った。


「はあー、まあそれはそれでもういいよ。で、配置だけど、この辺りが弱くないかな? 最後尾はリーダーのトウシくんだから前に居る最年少のトモヤくんの所にあと1人増やそうか」


「はい、分かりました、そうします。鴉先生は舞台袖で待機ですよね?」


「うん、そうだね。私は舞台上で何かあった時に動けるようにしておくから」


 今はコンサートが終わってからのファン交流会の時の最終打合せだ。コンドルスターのみんなは交流会の時は客席横の通路をまんべんなく歩いてから舞台に上がるので、その際にファンが暴徒化しないように大学生たちが前後に付いて歩く事になっている。

 その時に実際は見た目がそれほど屈強ではない私が居ても脅威と見なされないので、舞台に上がるまでは大学生たちにお願いする事になったのだ。

 勿論、何かあれば直ぐに動くのだが。


 そして、コンサートが終わると舞台上で抽選で当たったファン50人と写真撮影をしたり、サイン握手会が始まる。それがファン交流会だ。

 抽選とは言うが世知辛い世の中の常で、本当の意味での抽選で選ばれるのは20人だという話だった。残り30人は既に決まっているらしい。

 どうやって決めているのかというと、コンドルスターの活動応援(CDや楽曲購入、コンサートチケット購入頻度など)で上位のファンだという事……

 私はタカフミさんにそこは公平に全員、抽選にした方がと言ってみたが、他のファン(上位30人以外)も納得していると言う。

 何故なら、ファンクラブのトップページにその旨を記載してあるからだそうだ。

 うーん、本人たちが納得してるなら私が口出しする事ではないな…… しかし、今は本当に時代が違うのだなとその話を聞いて私は思った。

 まあ、知らなかっただけで、私が中学生の頃にもそういう事はあったかも知れないが。


 ファン交流会時の舞台上には大学生たちもコンドルスターの側にいてもらうのだが、写真撮影時にはさすがに一緒には入らない。

 そして、その写真撮影の時に下半身に手を伸ばしてくるファン(上位30人の中に)が居るらしいので、その場をおさえて現行犯逮捕する予定となっている。


 今回、東郷さんに紹介されたのは所轄署の生活安全課勤務の女性警察官で、22歳の可愛らしい方だった。私は東郷さんに紹介された時にひと目見て大丈夫なのかと思ったが、


「こう見えてこの娘は県警主導の術科大会の優勝者で、逮捕術も優れているから大丈夫だぞ、タケフミくん」


 と私の不安顔を見てとった東郷さんに言われてしまった。更に、その女性警察官にも


「はじめまして、カウント伯爵東郷から依頼された本堂彩音ほんどうあやねです。剣道3段、柔道2段、空手初段です」


 と、武道の段位を念押しするように自己紹介されてしまった。そ、そんなに顔に出ていたかな?


 取り敢えず彩音さんはコンサート初日が非番だという事で作戦は初日に行う事になったのだった。私は本堂さんによろしくお願いしますと伝え、段取りを確認した。

 そして、大学生のリーダーである近藤くんにも紹介した。だが、近藤くんにだけ詳細を伝えた訳ではない。既に大学生のメンバーにはこういう(下半身に手を伸ばしてくる)迷惑行為をするファンが居るので何とかしたいと事務所から依頼された事を伝えてあるし、今回は警察とも連携する事も伝えてある。

 大学生たちを代表して近藤くんがコンドルスターについての思いを話してくれたのはとても印象的だった。近藤くんいわく、


「俺たちは地元のこの会場で誰かのコンサートがあると、こうして警備要員としてバイトさせて貰っていますが、今回が一番気持ち的にもしっかりとやろうという気になってます。何故なら、コンドルスターの5人は俺たちの打合せしている場所までやってきて、5人全員が俺たちによろしくお願いしますと言ってくれたからです。今まで、バイトである俺たちにそんな事を言ってきた人は居ませんでした…… それが当たり前だろっていう態度で接される人ばかりだったので。もちろん、バイトとは言え仕事ですからちゃんと仕事はしてましたが、今回はコンドルスターの為にメンバー全員が、かなり気合を入れてます!」


 そう言った近藤くんの言葉にみんながウンウンと頷いていたよな。私が回想していたら、近藤くんが本堂さんに話を聞いていた。どうやら彼は警察官志望らしい。

 本堂さんは警察学校を卒業して警察官になったそうだけど、大学生である近藤くんなら地方公務員試験を受けて合格すればなれますよとアドバイスしていた。


 そんな話をしながらもいよいよコンサートが始まる時間となった。10人の大学生はステージ下に他のスタッフ30人と共に待機だ。本堂さんはタカフミさんが用意したチケットで会場入りする。

 私は舞台袖の客席から見えない場所で待機。怪しい気配がないか能力を使用して確認しながらコンドルスターのステージを間近で見ていた。

 うん、いいステージだ。客席からもノリに乗った雰囲気がダイレクトに伝わって来ている。


 コンサートは2回のアンコールに答えて終了したが、ここでスタッフの1人が舞台に出て抽選を行う事を伝える。30人は既に決まっているので、そこは流れ作業みたいな感じだが、ファンから不満の声が出る事は無かった。そして、いよいよ残り20人の抽選が始まると客席の熱気が袖にいる私にまで届いてきた。

 凄いな…… それだけ人気がある証拠なんだろうけど、この熱気に耐えられるならコンドルスターの面々は状態異常耐性のスキルがあるだろうと思ってしまった。



 そして、抽選が終わり本堂さんも選ばれている…… 今回はファンの皆に謝らないといけない。何故なら厳正な抽選で選ばれたのはいつもより1人少なく、19人だからだ。

 本当に申し訳ないと客席に向かって心の中で謝った。

 抽選に外れたファンは会場を出ていき、50人のファンが残った。上位30人は慣れた様子で、抽選で選ばれた人たちはドキドキワクワクな様子でいる。

 ん? 本堂さんまで同じような表情だけど演技だよね? 貴女あなたは今から重要な役割があるんですからね。

 

 私は少しだけ不安に思ったが、大丈夫だと信じる事にした。


 そして、スタッフによる説明が終わり、舞台上に50人のファンが上がると、コンドルスターの面々も控室から舞台にやって来た。

 トウシくんがファンの皆に挨拶をして、先ずはサイン握手会が始まる。


 おいおい、本堂さん、目が! ハートマークに見えるけど、本当に大丈夫だよね? 私はさっき信じる事にしたけど、不安は益々募るばかり…… いや、彼女も警察官だ。きっと職務を立派に遂行してくれる筈だ…… と信じたい。

 

 そして、サイン握手会が終わり、問題の写真撮影が始まろうとしていた……

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