第22話 カウント(伯爵)東郷という人

 翌日である。私は身支度を整えて家を出た。タカフミさんから今朝になってからマインで連絡があり、東郷さんが会ってくれるというので、タカフミさんの事務所を借りてお会いする事になったのだ。

 約束の時間は10時。私は9時半に家を出た。徒歩5分で到着なので十分に間に合う時間だ。


 私は今日は表口から事務所に入った。すると、何と東郷さんは既に来られていてタカフミさんと談笑しているではないか。


「す、すみません。遅れました…… か?」


 私が戸惑いと遅れたかなと思いながらそう言うと笑いながら東郷さんが言う。


「ハハハ、いやいやそんな事はないよ。俺は年寄りだし足も悪いからね。いつも時間より早く着くように家を出る癖があるんだ。今日も、気がついたら9時にココに来てしまったんだよ。だから、タケフミくんが遅かった訳じゃないから安心しなさい」


 そして続けて喋る東郷さん。


「いや、写真でしかタケフミくんを知らなかったが、本当に無事で良かったね、タケフミくん。失踪当時から何年も必死にご両親を中心に捜索を続けたんだが、結局何の痕跡も見つけられずに、ご両親には申し訳ない事になってしまったんだよ…… 俺も捜査が縮小されて担当を外されたけど、休日には自主的に捜査をしていたんだが…… 力及ばずにすまなかったね」


 そして私に頭を下げた…… いや、頭を下げなければならないのは私の方です、東郷さん。私はいても立ってもいられずに東郷さんに話を始めた。


 タカフミさんも居たが気にせずに私は自分の事情を東郷さんに話した。


 異世界に拉致された事。15歳から40歳までと時間はかかったが、異世界を救う事が出来た事。生きるのに必死で、異世界で暮らすうちにコチラ日本に戻るのは既に諦めていた事。けれども、異世界を救った途端に神的な存在に強制帰還させられた事。そして、異世界を救ったお礼的な意味で、異世界で身につけた魔法や身体能力をそのままコチラでも使用出来る事を、時に涙まじりに話をした。そんな話を疑いもせずに東郷さんはウンウンと頷いて聞いてくれている。


 最後まで黙ったまま私の話を聞いてくれた東郷さんは、静かにこう言ってくれた。


「タケフミくんも大変だったね。しかし拉致されたにも関わらず、異世界を救ったのは素晴らしいよ。同じ日本人として俺はタケフミくんの事を誇りに思う。そして同時に、その神的な存在には怒りを覚えてしまうよ…… まあ、今さら言ったところでタケフミくんのご両親が生き返る訳では無いんだが…… それでも、な…… だが、タケフミくんがこうして無事に戻ってきて、きっとご両親も天国で安心した事だろうと思う」


 そう言って私を慰めてくれる東郷さん。私は年甲斐もなくその優しさに泣いてしまった。今は亡き両親に抱いていた罪悪感が少しだけ薄れた事を感謝しながら……


「さあ、それよりも今後の事を話そうか。タケフミくんはボディガードとして開業したんだってね。今はこの芸能事務所と契約を交しているんだろ? 社長から何件かは既に仕事を終えたと聞いているよ。それで、タケフミくん自身の能力で解決したともね。だが、これからは警察も利用していこうじゃないか。タケフミくんがその能力を使用して解決するのも悪くはないが、いつかほころびが出てくると俺は思う。それならば、法的な手段も利用してタケフミくんの不思議な力を隠していこうじゃないか」


 東郷さんにそう言われて私もハッとした。確かに今はまだ他の人にはバレたりはしていないが、いつか何処かでバレる可能性はあると気づいたのだ。

 日本人は異端を嫌う傾向がある。私の能力がバレたりしたら私は日本に住めなくなる可能性もある。私は東郷さんに聞いてみた。


「具体的にどのように警察と連携すれば良いでしょうか?」


「その点は心配いらないよ。タケフミくんが知った事を俺に教えてくれたら良い。それを俺が警察に居る後輩に調べた結果だとしてしらせるからね。これでも慕ってくれる後輩も多くいるし、俺が報せる事で動いてくれると思う」


 東郷さんの言葉の後にタカフミさんも言葉を続けた。


「タケフミさん、そうして貰いましょう。東郷さんは先ほどタケフミさんが来る前に所轄署に電話をしてくれて、制服の警察官が歩いてくれるだけで犯罪の抑止力になるからという理由で周辺パトロールの強化なんかも依頼してくれたんです」


 その言葉に私は頷いた。そして東郷さんによろしくお願いしますと頭を下げたのだった。


「さあ話はまとまったし、具体的にどうしてやっていくかはコレから行動しながら考えていくとして、今からとても【大切な事】をタケフミくんに聞こうと思う、いいかな?」


 私はおもむろに真剣な表情になった東郷さんの目にゴクリとツバを飲み込み頷いた。そんな私を見ながら東郷さんが聞いてきたのは……


「タケフミくん、エロフは異世界に居たのかい? 獣耳美女は?」


 ッ!! グハッ! ま、まさか、東郷さん!? 貴方あなたまで!? どうして私の周りにいるのはこんな人ばかりなんだ!?


 私は心の中でそう愚痴をこぼす。しかし私は嘘を吐けない。仕方なく正直に答えた。せめてもの抵抗でカウント伯爵東郷と呼びかけながら。


カウント伯爵東郷、エロフは居ました。獣耳美女も勿論いました……」


 私の返答にカウント伯爵東郷が目をキランッと光らせた。


「ではさらに聞こう…… タケフミくん、きみはヤッたのか?」


 その眼光の鋭さに私は取調室に放り込まれたように錯覚する。ここは芸能事務所だと自分にしっかりと言い聞かせながら私は返答する。


カウント伯爵東郷、私はヤりました。けれど、信じて下さい! 私から持ちかけた事は一度もありません! エロフのお姉さんにはいきなり初めてを奪われ、獣耳美女にも発情期という名目で襲われたのですっ!! 私は無実だっ!?」


 だが、私の主張をカウント伯爵東郷は否定した。


「タケフミくん、残念だが有罪だよ…… 私が一筆書いたとしても、世の男性全てに裁かれるべき立場にきみは立っているんだ…… それに何よりも…… 初めてがエロフだとっ! そんな羨ましっ、違った、けしからん事をしでかすなんて…… 草場の影できみのご両親が泣いているぞ」


 その東郷さんの言葉にタカフミさんまで当然のようにウンウンと頷いている。クソッ、裏切り者めっ!! 

 しかしどうやら東郷さんはカウント伯爵東郷の時は【俺】ではなく【私】になるようだ。そんなどうでもいい事を頭の片隅で考えながら、私は更に言い訳をする。


「し、しかし! 不可抗力っていうのがあるでしょう! あの時の私はまだ力も弱く、無理やり迫られても抵抗が出来なかったんです!」


 けれどもそんな私の言葉も虚しくカウント伯爵東郷はこう言った。


「後は法廷で決まるだろう…… まあ、まず間違いなく有罪判決が下る事になるだろうが…… それにしてもエロフが初だなんて……」


 そう言って首を横に振り困ったような顔をする東郷さんを見ながら、私の東郷さんへの信頼が若干、いやかなり下がってしまったのは仕方ないことだと思う……

 私の周りに集まってくれる【良い人】は何故かこんな人ばっかりだよ、クソッ!!


  


 




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