第18話 新しい事務所


 翌朝である。私は自宅を出て弥生の家に向かう。勿論、玄関には行かずに勝手口を利用している。


「おはようございます。お邪魔します」


 そう声をかけて中に入るが誰の返事も無い。どうやら2人は東京のマンションで夜を過ごしたようだ。私はタカフミさんが戻ってくるのを自分の自宅で待つ事にして、家に戻った。


 家でゆっくりしていたらタケシから電話がかかってきた。出ると興奮した声でタケシがまくし立てる。


「オイッ! タケフミ、やったぞっ! 俺はまたエロフに1歩近づいたぞっ!」


 訳が分からない私はタケシに確認する。


「待て待て、落ち着け、タケシ。一体何の事だ?」


「フフフ、聞いて驚け! 俺は新たな生活魔法を身につけたんだっ!!」


 私は驚いた。タケシには【生活魔法】として、着火と飲水と温冷風を教えていたが、それ以外は教えていない。まさか自力で覚えたのか?


「それは本当か? 何の生活魔法を身につけたんだ?」


 私が若干じゃっかんあわてて聞くとタケシの勝ち誇った声が聞こえてくる。


「フフフ、俺が1歩エロフに近づいたからって、そんなに焦るなよ、タケフミ。教えてやろう、俺は【清潔クリーン】を身につけたんだっ!!」 


 そうか、清潔クリーンはあると便利な【生活魔法】だ。こっちではクリーニング屋要らず泣かせの魔法ではあるが。


「凄いじゃないか、タケシ。自分の力で身につけたんだな。しかし、大っぴらには使用するなよ」


「勿論だ、タケフミ。俺も馬鹿じゃない。使う時は細心の注意を払うさ。フフフ、こうして1歩ずつエロフに近づいていくと、とてもワクワクするな」


 ああ、タケシよ、(心の中で)何度も言うが、地球にはエロフは居ないんだぞ…… そう思いながらも私は当たり障りの無い返事をした。


「そ、そうか。まあ、私の居ない時に魔力切れで倒れないように気をつけてな」


「ああ、分かってるさ。それじゃ、仕事だからもう切るぞ」


 そう言うと電話が切れたが、最後の言葉だけを聞くと私から電話したような感じを受けたのだが…… 違うぞ、タケシ。電話をかけてきたのはお前だからなっ!

 私は心でタケシにそう突っ込みながらも、忙しいのにこうして電話をしてくれるタケシを嬉しく思っているのも事実だった。


 そして、隣家にタカフミさんが戻ってきたのを私は魔力を通して知ったので、再び勝手口を通って向かった。


「おはようございます、タカフミさん。戻られてますか?」


 私は戻って来たのを分かっているが、気を使ってそう聞きながら勝手口の扉を開けた。

 今は弥生の自宅には鍵はかけられてない。私が魔法を使ってよこしまな者は入れないようにしてあるからだ。

 実際に盗聴器を仕掛けた2人が入れないのを確認したタカフミさんは直ぐに信用してくれた。


「ああ、おはようございます。タケフミさん。朝早くからスミマセンね。朝食は? そうですか、もう食べられたんですね。それじゃ、新しく借りた事務所に早速ですがご案内します。中の見分けんぶんをよろしくお願いします」


 そう、昨日は面接だけでなく借りた事務所についても見て欲しいと言われて、早速今日見に行く事になったのだ。そして、事務所に関しても魔法で守って欲しいと頼まれたのだ。

 その分の依頼達成報酬は百万円を支払うと言われた。更に月々十万円を支払うという事も決まった。


 私は金額的に大きいと固辞したのだが、タカフミさんと弥生に押し切られてしまった…… これが普通だと言われれば私には否定する材料が無かったのもあるのだが。


 そして、本当に歩いて5分ほどで事務所として借りた場所にたどり着いた。


「ココを借りました。元々コンビニだったそうですが、駐車スペースもかなりあって、家からもちかいので、ちょうどいいかなと思いまして。内装とかはそのままにしますが、中はもう既に工事を終えて机と椅子、固定電話を5台とPCも設置済みなんです。奥の休憩や着替えスペースだった所に僕の部屋を設けさせてもらいました」


 中に入りながらタカフミさんがそう説明してくれた。私は中に入って【電波感知】と【魔力感知】を併用して使用する。すると、コンセントに仕掛けられた盗聴器を見つけた。それ1つだけのようだ。


「タカフミさん、1つだけ盗聴器が仕掛けられてます。それは今外してしまいましょう。コンセントに仕掛けられているので、直ぐに取り外しできますから」


 私はそう言ってコンセントをプラスドライバーを使用して解体して、中の盗聴器を取り外した。


「こ、これは誰かが意図的に仕掛けたんでしょうか?」


 タカフミさんがそう聞いてくる。私はその前に確認する。


「内装は工事したという事ですが、電気関係もやり変えたんですか? 例えばこのコンセントは新たに設置したとか?」


「あ、はい。元々ここはコンビニだったので、大型冷蔵庫用の電源とか要らない物は取り外して貰って、新たにコンセントを増やして貰いました。図面がありますのでちょっと待って下さいね」


 そう言うとタカフミさんは鞄から施工図面を取り出した。一緒に見てみると、コンセントが新たに5ヶ所増えている。この盗聴器が仕掛けられていたコンセントも新規設置のものだ。なので私は推測をタカフミさんに伝えた。 


「残留している魔力からは何も分かりませんでした。仕掛けた人は盗聴器が働かないのを知って様子見に来るかも知れませんが、使用を始める当日にこの事務所に結界を張りますから、その人物は入れなくなります。それによって仕掛けた人物がハッキリすると思います。多分ですが電気工事業者の中の人でしょうね」


 仕掛けた本人の魔力を追っていければ簡単なのだが、どうやら私が追える距離の範囲内には仕掛けた人物は居ないので、結界を張って犯人を割り出す事にした。


「そうですか。でもやっぱりタケフミさんに見て貰って良かったです。私だけでは分からなかった。それに結界を張って貰えるならば更に安心です」


 そう言ってタカフミさんは笑った。そして、机を並べ替え始める。私も手伝いながら面接について確認する。


「明日は4人の方の面接を行います。明後日にもう4人の方の面接をします。タケフミさんには奥のスペースに居て貰って、面接に来た人を確認して貰えますか?」

 

 そう言われたが、もっと手っ取り早く弾く方法もあるのでそれを提案してみる。


「良く考えれば今から事務所に結界を張れば、よこしまな考えを持つ人は中に入れません。それで人数を減らす事は可能ですよ」


 けれども私の言葉にタカフミさんは首を横に振る。


「面接は必ず行わないと、面接もせずに断られたという噂を流されたら、ウチとしても困りますので」


 それもそうか…… 私は弾いて手間を省く事だけを考えていたけど、それでは悪評を広められる可能性があるからな。


「分かりました。私が軽率だったようです。では明日からですね」


「はい、1人目の方は午前9時から始める予定です。よろしくお願いします」


 そして、2人で事務所を出てタカフミさんが施錠するのを確認して、私はタカフミさんと別れて本屋へと向かった。

 知識を増やす為に探偵業務についての本とライトノベルを買おうと思ったからだ。

 ボディガードという事だが、私の今の業務は探偵業務にも重なる部分が多いと思ったからだ。

 ライトノベルは単なる趣味だ。拉致される前よりも今は多岐に渡る転生や転移の物語が多い。

 私はwebで書かれていて、その中から書籍化された小説を買うつもりでワクワクしながら本屋に向かった。





 

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