第15話 フォリン大聖堂
わたしたちはコンストラーの噴水を堪能したあと、昼食前最後の観光場所に向かった。
飲食店が立ち並ぶ場所を通りすぎて、歴史を感じつつも親しみやすかった地区を出ると、そこには神聖で厳かな雰囲気を漂わせるきらびやかでありつつ無駄の少ない建物が並んでいる。
「あちらに建っている一番大きな塔が併設されている建物がフォリン大聖堂です」
ハンスが指を指した先には目視で百メートルは優に越えているとみられる大きな塔とそれを取り囲むように広がる華美というよりも静かに美しい建物がそびえ立っていた。
フォリン大聖堂は聖地に次ぐ格式を持つ四大神殿の中で唯一大聖堂の名前を持つ神殿で、大聖堂の名は四大神殿のさらに下にある六神殿を含めても二つしかない極めて稀な神殿だ。
そして、この聖堂の最大の魅力のとても高い塔は神々を祀っていること以外、建設者も建設方法も建築期間も何も分かっていない不思議な塔だ。
「これだけ高かったら城門からも見えたはずなのにどうして見えなかったのでしょう?」
高い建物がグラーツの街中には多かったけど、百メートルを隠すことが可能かと問われればそうとは思えない。塔の先端くらいは見えるだろうし、建物の死角にならない場所からはなおさらのことだ。
「それは、認識阻害の魔術が使用されているからですね。何でも、大昔にフォーンバーズ王国が侵略を受けた際、遠くからでも見えるこの塔を目印にして大魔法を放とうとした人がいたようです。フォリン大聖堂は人々に平和と安寧をもたらす神々を祀る神聖な場所です。そこが戦いを悲惨にさせる場所になってはならないと神々がお思いになられたのか、ある朝唐突に離れた場所からは視認できなくなったそうです。神官がその理由を必死に探した結果、大聖堂の塔の先端から認識阻害の大魔術が使われて、結界が張られていることが分かりました。その結界が塔の先端を基点として当時の街を覆うように半円状に広がっているので、あとからフォリン大聖堂周辺とグラーツの街を統合して城郭都市になったときに出来た商業地区などは結界の範囲外とされているのです」
「そういうことだったのですか。とはいえ、戦いの場所にしてほしくないから大魔術で塔を狙われないようにするなんて流石神々の所業ですね」
辺り一帯を見えなくする魔法など人間では、聖母様でシャトレ公爵家の礎を築いた、シャルロッテ・ベルグリード遺贈公爵様以外に出来ないし、そもそも考えつかないだろう。
大抵は狙われても弾き返せるように上級魔術師を何人も派遣したり、周辺地域に検問所を設置して不審人物が侵入しないようにするだろう。
ちなみにだが、ハンスによると観光地区の一部は昔からフォリン大聖堂に付随する地区であった部分もあったので、わずかに塔が見えていた所もあったらしい。
わたしは気づかなかったけど······
「私達は神官ではないので、中に入ることは出来ませんが、神官となった上級生の友人によると、内装は外観とは対照的に際立って目を引く装飾は無いようですが、神官達によって丁寧に掃除されている聖堂内には壁の汚れなどとは無縁で年季を感じさせない純白の壁が広がっているそうです」
「汚れのない壁とは神官たちの信心深さが見えて素晴らしいですね。いつか見てみたいものです」
まあ、わたしは入ろうと思えば神官として入ることもできる。シャトレ公爵家の祖母の血が流れているので少ないが聖霊力も魔力と共に流れているのだ。
なので、中級神官くらいなら貰えないことはない。
ただでさえ、神官としての基本知識など暗記系が主な講義の神官科は聖霊力さえあれば(この条件が実は一番厳しいけど)最も卒業しやすい学科だと言われているのだ。
聖霊力と勤勉さと信心深さがありさえすれば、神殿で直接指導を受けることも可能だ。
······社会の表舞台から引退する頃くらいに神官資格を取って神殿で勤務してみるのも面白いかも。汚れひとつない壁も見てみたいし。
「パウリーナ様、パウリーナ様、大丈夫ですか?」
「すみません。考え事をしておりました。ところで、フォリン大聖堂は壁面を彩っている色とりどりのステンドグラスが綺麗だと聞いたので、見てみたいのですがどこにありますか?」
理由を話すのも野暮なくらいの考え事だったので、わたしは有名なステンドグラスの話に話題転換させた。
「それならば、こちらの後方からではなく、正面玄関口もしくは礼拝堂の側面から見た方が分かりやすいです。地図はすべて頭に入っているので案内します」
ハンスの案内にしたがって、大聖堂の正面を目指す。
建物の後方から正面に移動する。簡単なことに思えるかもしれないが、これが結構難しい。
大聖堂の周辺は立ち入り禁止区域が点在していて、通れる道も大聖堂関連の建物のせいで区画整理された同じような景観が並んでいるので、詳しい道筋を知らないと確実に迷子になってしまう。
大聖堂はその名の通り大きな建物だから、道のりは長くドレスで歩ける限界に近い速度で十分以上掛かる。
前回のデートの時のように自分の速度に合わせてわたしを置いていこうとしたり、外聞を気にせずにお姫様抱っこで進むことも覚悟していたが、アンリエットたち側近にしつこく言われたのか今回はわたしの速度を鑑みて合わせながら進んでくれた。
「ここが正面です」
「案内ありがとうございます。······」
あまりの綺麗さに茫然自失として言葉もでない。
とてもガラス製の壁の色ではない。むしろ、これは最高級の宝石を神殿の財を尽くして買い漁って作り上げたと言われた方が納得がいく。
コンストラーの時のように、もしかするとそれ以上に細かい傍目からは全く見えない位置にも気を配って色を散りばめている。
昔、シルヴェストの王宮で見た色ガラスを繋ぎ合わせたステンドグラスの何倍も美しい。
「ほぅ」
「美しいですね」と言葉に出そうとしたが溜め息になった。ハンスを待たせて申し訳ないと思って意識はステンドグラスに向けながらハンスを見ると、話さなくてよかったと思った。
彼もまたわたしと同じように神々の贈り物としか表現しようのない最上のステンドグラスに目を奪われて一言も発していなかった。
それどころか、息すらも止まっているかもしれない。
ハンスは見た目通り芸術作品に微塵も関心を示さないと聞いていたし、実際これまでも楽しんでいないわけではなかったようだが、どこかわたしのための案内役のような態度を見せていた。
そのハンスが関心を示すどころか呑み込まれている。
その横姿にわたしは改めて神々のステンドグラスとフォリン大聖堂の素晴らしさと美しさを実感した。
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