第14話 街散策
ショコラの件で、ハンスの目をみて会話できなくなったわたしは外の風景を見て、ひどく赤面した表情をごまかしながらグラーツ=ド=フォリンまでの道筋をやり過ごしていた。
そして、ハンスはわたしの表情を見てなにか言うこともなく、時間が過ぎる。
ちなみにわたしを慮って何も言わないでくれたわけではない。ただ単に乗り物酔いが酷かっただけである。
今回は目的地が遠く時間もなくて馬車の平均的な速度よりも速く動いていることもハンスの乗り物酔いに拍車をかけているようだ。
乗り物酔いのための薬もあるのだが、ハンスには体質的に効果がなかったらしく、気分が悪そうに横になっているかちょっと元気があるときに外を見ながらわたしに話しかけてくるだけだ。
ハンスの乗り物酔いが頭痛と体調不良が主で、吐き気を催すタイプのものでなかったことが救いだろう。
まあ、そのお陰と言っていいのか分からないがわたしは赤面した顔を見られることなくグラーツ=ド=フォリンまでやって来ることができた。
「あと十五分ほどで到着する予定です。準備もあるのでここからは速度を落としてゆっくりと進みます」
ここで言う準備とはハンスの体調の復活のことだ。主の体調が回復する時間を作ったのだろう。
アンリエットの見立ては正しく到着が目前に迫る頃にはハンスは馬車に乗る前の元気のよさを取り戻していた。
「お恥ずかしいところをお見せして申し負けない」
「構いません。むしろ、ハンス様にも弱いところがあるのだと知ることができて良かったです」
ハンスは暑苦しかったり強引だったり短所はあっても文武両道、騎士科最優秀など強い話ばかりで弱点の話が流れてきたことはほとんどない。
前回のデートでもお姫様抱っこをする力と体力や魔獣を視認せずに仕留める離れ業のような強い点はいくつも見つけたが弱点はなかったと思う。
さらに性格は置いといて、顔もよく地位も財力もある上辺だけを見れば万能人としか言いようがない。
ただ、万能な人とは尊敬や憧れを抱く反面、超人過ぎて怖く感じたり遠い人のように感じることもある。
完璧な人よりもどこか抜けている人の方が近くにいて安心するもので、わたしはハンスをもっと身近に感じられる良い機会だったと思う。
ハンスは不思議そうに眉をひそめたがすぐに笑顔に戻って到着と同時にわたしをエスコートしながら馬車を降りた。
全員が馬車や馬から降りて集合したのを確認してからハンスはひと息をついて言った。
「では、これからグラーツの街を散策することになる。今回はデートで、グラーツの街は治安がいいから私とパウリーナ様の二人だけで歩こうと思う。だから、他の人たちはそれぞれ自由行動をしてもらって構わない。もし、アンリエットが護衛の必要性を感じた場合は離れた位置での護衛を行うことは認める」
「ハッ!」
デートの宣言を他人にするのは恥ずかしくてわたしには到底できない代物だが、ハンスは微塵も気にならないようだ。いつもの表情のまま、大きな声で話し、命令を下した。
「パウリーナ様、ハンス様からの命令によって私も護衛任務を一時休止いたします。······じゃあ、私は一足先に観光を楽しみに行くわ。パウリーナも頑張ってくださいね」
公私の区別がきちっとしているリアーナは護衛任務休止の宣言を行ったあとすぐに友達としての口調に変化させる。
「え、ええ、できる限りがんばります」
頑張っての示す意味を理解しているわたしははにかみながらもリアーナに笑顔を見せる。
リアーナは去り際にわたしをもう一度見て、なにかを思い付いたような顔をすると、バッグの中から四角い箱のようなものを取り出した。
「これをあげるわ。何か不測の事態が起こったらこれを相手に投げつけなさい。その魔術具が貴女を守っている間に私がすぐに駆けつけます」
「ありがとう」
四角い箱の魔術具をわたしの手のひらにおいて握りしめさせながら言った。不測の事態がグラーツの街中で起こることはないだろうが念には念をということなのだろう。
わたしはありがたくそれを受け取った。
リアーナが観光に出掛けるのを見送っているうちに他の騎士たちはほとんど出発してしまったらしい。
わたしとハンス以外はほとんどいなくなっていた。
「私たちもそろそろ行きましょう。まずは観光区域の方を散策して、昼食も観光地区内で済ませたあと商業地区で買い物を行って、そのあと予約しているコンフィザーリでお菓子を楽しむという予定で行きたいのですがいかがでしょうか?」
「その予定でいいです」
前回は意見を聞こうとしなかったハンスが今回は事前確認をしてくれたことが嬉しかった。
予定は地理的にも一番いいもので異論はなかったのですぐに了承する。
「予定外のことでも興味のあるものや見たいものがあった場合は言ってください。予定を変更もしくは調整します」
わたしたちはグラーツの街を取り囲むいかにも質実剛健といった感じの城壁の門をくぐった。
城壁のなかには見張りの兵士たちが待機する部屋が作られていると聞いていたけど、納得するくらい門の幅が厚い。
「わあ、すごいですね。とても綺麗で街全体が芸術作品のようです」
城門を抜けると、余計な装飾も塗料もなかった城門とは打って変わって色彩溢れるいくつもの建造物が折り重なっている。
建物は八階近くはあろうかと思えるほど高くて、新しい建物と昔ながらの年季の入った建物がうまく融合してそれぞれの美しさを引き立て、見た目の面での短所を潰しあっている。
「道路が広いですね。繁栄している街だと聞いていたので道を通るのにも苦労するかと思っていましたがこの広さならば安心して通ることができそうです」
ハンスの言葉に視線を建物から道路に移した。
「本当ですね。高い建物が多いにも関わらず圧迫感が少なかったのはこのお陰ですか」
道路幅が大きなグラーツでもこれほどの人だかりだからフェリシスの街で同じ人数がいたらとてもじゃないが捌ききれないだろう。
門前に広がる景色を一通り楽しんだあとわたしたちは観光地区の中に足を踏み入れる。
先程までの古今が融合した街並みとは対照的に観光地区では赤いレンガによって建てられた旧迎賓館や真白石製の王族の別荘等のように歴史を感じさせる町並みが広がっている。
土地も権力者が住む区画であっただけに一軒一軒の敷地が大きく、窮屈さどころか解放感を感じる。
「ここは西の広場です。百年以上前に当時世界最高峰の建築士と呼ばれていたコンストラーによって設計された真白の噴水が広場の中心に象徴のように建っていて、他にもコンストラーの作品が多数展示されているこの区画一番の名所です」
ハンスが折を見て解説してくれる。街や簡単な知識はあっても、どこに何があって誰が何を作ったのような細かい知識は持ち合わせていなかったので、とてもありがたい。
噴水は噴水としての役割をしっかりと果たしながらも、黒い汚れひとつない真っ白の彫刻が施された噴水本体を詳しくみることができる推量に調整されていてとても美しい。
わたしは噴水の近くの台座に座ってまじまじと見つめていたが、ふと彫刻の中に謎の透明なガラスがいくつも嵌め込まれていることに気づいた。
「ここに嵌まっている透明なガラスの彫刻のようなものはなんですか?」
「それは太陽の光をうまく反射して、噴き出す水がより綺麗に映るように施された工夫です。ガラスはただのガラスではなく、魔術具で太陽のない夜でも適度に光を発していつでも最上の美しさを保つためだけに創られた特注の品だそうです」
コンストラーの熱意をハンスの言葉の中から感じ取った。多分、自分の作るものには一切の妥協を許さないまさに芸術家の体現者のような人だったのだろう。
わたしは噴水の美しさに見惚れて、コンストラーたちに思いを馳せた。
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