第13話 馬車の中で

開かれた門の内側に進入した馬車からアンリエットとハンスが降りてきた。


「おはようございます。改めまして、私はハンス様の側近のアンリエット・ミラージェスと申します。本日はフラベル公爵より直々にハンス様の行動に不適切がないか確認する監視役として、不測の事態に備える護衛役として同行させていただきます」

「皆様方、お初にお目にかかります。パウリーナ様の側仕えのアイナと申します。この度はお嬢様のご要望を聞き届けてくださりありがとうございます」


公的には初対面の相手がいるアンリエットとアイナが簡単に自己紹介をすると、わたしとお姉さまとハンスは挨拶だけをする。


「時間が惜しいので先に今日の旅路の編成を教えてくださいますか?」


お姉さまが問いかけた。デートとは言っても、ハンスはフラベル公爵の継承者でなおかつ目的地までの距離が遠いので護衛が何人か付く。

前回のように学園をちょっと出た先にある森でのデートではないので、そこはしっかりしている。

騎士の練度ではフェリシスよりもフラベルの方が高い


一人はアンリエットで確定だが他の人たちは馬車から一歩下がったところに鎧を着用した騎士たちが数人いる人たちだろうか?


「了解しました。本日の編成をお伝えします。私、アンリエットを護衛隊の長として、その下に五名の騎士と二名の魔術師がいます。その七名のうち、四人が公爵から遣わされた成人の上級騎士で、残りの三人は学園の上級生の中で優秀な者を選んでいます。一人一人がハイウルフ程度の魔獣と互角以上に戦える者たちで、その腕は私の父上のミラージェス伯爵とフラベル公爵が保証しています」


高名な魔術師一族として名を馳せているミラージェス伯爵家当主は去ることながら、ハンスの親でもあるフラベル公爵も勇敢な騎士として知られている。

戦いも強いが現フラベル公爵の一番の能力は相手の器量を見極めることで、"選眼の騎士"と呼ばれているほどだ。

それに、ハイウルフは魔獣のなかでも強めの部類に入るとされる魔獣で、通常群れて行動し、リーダーの指示に絶対服従して連携の高さを発揮する、厄介極まりない魔獣だ。

だから、ハイウルフと戦えて、二人が太鼓判を押した騎士たちの実力に文句はないはずなのに、お姉さまは不満そうな面持ちでアンリエットの話を聞いていた。


「ところで、護衛の中に女性はいますか?」


突如、お姉さまが放った一言によってわたしはお姉さまが不満げな顔をしていた理由にたどり着いた。

他方で、アンリエットは今まで忘れていた重大なことに気づいたというような表情で顔を青ざめさせる。


「······申し訳ございません。そこまで対応が回っておりませんでした。魔術師一名以外は全員が男性でございます」


つまり、騎士は全員が男性だということだ。

常識として貴族の、特に高位貴族の女性が遠出する際の護衛は基本的に過半数が女性、最低でも騎士が一人は女性でなければならないとされている。

ちなみに、魔術師はこの際にカウントされない。

何故ならばアンリエットのように騎士を兼ねる特殊な魔術師でもない限り魔術師は近接戦闘が苦手あるいは全くできない人が多い。

そのため、平時に護衛対象を一番近くで守るのは騎士であり、魔術師は補助魔法による後方支援や敵対者の殲滅捕獲に従事する。

婚約者でもない男性が若い女性の一番近くに侍るのは現実面でも外聞的にも褒められることではない。

それどころか女性の外聞が悪くなるだけならまだましで、最悪の場合婚約者や女性の父親に対する侮辱として扱われ、周囲の人たちの出世街道が閉ざされる可能性すらある危険なものだ。

おそらく、男女関係なく騎士が多く、それでなくとも簡単な魔獣の対処が必須とされるフラベル貴族はちょっとした遠出くらいなら護衛なしでも動けただろうし、特にハンスは一人でも十分に戦えるからむしろ護衛する側になっていたため知らなかったのだろう。


お姉さまも何となくその空気に気づいたのだろう。アンリエットを糾弾することもできず、沈黙しているだけだ。

フラベル側も知らなかったとしても非があるので、もれなく自責の表情を浮かべている。


両者が沈黙して口を開きにくい空気に助け舟を差し出してくれたのはアイナだった。


「皆さま、私に案がございます。プルデンシア様の護衛騎士を一名お貸しいただけませんか?その方に今回のお嬢様の護衛を担っていただくのは如何ですか?」

「分かりました。今日は外出の予定もなかったので構いません。私の護衛騎士を今から呼びます」


了承の返事と共にお姉さまは連絡用の魔術具を使って護衛騎士の一人を呼び出す。

騎士を待つ間にアンリエットの謝罪とお姉さまの謝罪不必要宣言の応酬が交わされていたが関係ないので割愛させてもらう。



二人の話し合いがまとまった頃、お姉さまの護衛騎士兼側近のリアーナがやって来た。

リアーナはわたしの一学年上で学園での接点は少ないが、わたしのお父様とリアーナのお父様が友人だったこともあって、小さい頃からの知り合いだ。


「姫様、改めて確認させていただきます。今日の任務はパウリーナ様を護衛することでよろしいですか?」

「ええ。今日の主はパウリーナだと思って護衛を行ってください。急に遠いところに出向くようにお願いしてすみませんね」

「大丈夫です。今日はちょうど非番でしたので何をしようか迷っていたのです。ですので、仕事をくださってありがたく思っています」


申し訳なさそうな表情で謝ったお姉さまに対して、首を横に振りながらフォローをした。

そのあと、わたしの方を向いて一礼をした。


「よろしくね、リアーナ」

「こちらこそ、一日よろしくお願いします」


友人としてよく遊んでいたのに、今まで何もなかったかのように他人行儀になっている。


「いつもみたいに軽く接してくれない?」

「お断りします。今日だけとはいえ主であることには代わりないのです。そのような方にタメ口などすれば、お父様に叱られてしまいます」


そう、リアーナは頑固なのだ。公私の区別がはっきりしているのは美点なのだが、一度決めてしまうと聞き入れてくれない。

でも、わたしはやっぱり友人として接してほしい。


「リアーナ。私から命令です。パウリーナの護衛として、そして友人として付いていきなさい」

「了解しました!」


お姉さまがやれやれといった表情を浮かべながら、リアーナに命令を下した。

流石は主として十年近く一緒に過ごしているだけあって、お姉さまはいとも容易くリアーナを従えた。


「準備万端のようですので、そろそろ行きましょう。このままではパウリーナが楽しむ時間が減ってしまいますわ」


お姉さまの鶴の一声によってなおも動きにくそうにしていたアンリエットたちが一斉に出発準備を整えた。

アンリエットやリアーナたちは護衛として付いていても一応デートなのでわたしとハンスが乗る馬車とは別の前後を固めている馬車に乗った。


「パウリーナ様、お手を」

「ありがとう存じます」


わたしはハンスのエスコートを受けて馬車に乗る。

ハンスがこのような行動をとれることに驚きだ。


そんなことを考えていると馬車は動き始める。わたしは馬車の窓から外に顔を出して二人に手を振った。


「アイナ、お姉さま、行って参ります!」

「ええ、楽しんできてくださいね」

「お嬢様、お怪我のないよう」


わたしは




二人きりとはいっても、大きめの馬車だから三歩分ぐらいの距離はあるから、ハンスに対して胸が高鳴る心配もない。


「今日は最高の旅行日和ですね。ああ、そういえば渡し忘れていました」

「?」


言葉の内容が分からなくて、わたしは首をかしげる。


「ショコラです。プルデンシア様からパウリーナ様が大好きなお菓子だと聞いたので用意しました」

「!!ありがとうございます!わたし、ショコラの濃厚でしっとりとした味わいが大好きなんです!」


大好きなお菓子をもらった衝動で思わず淑女としての礼儀を忘れて飛びついた。でも、美味しいものなんだから仕方ない。かわいいと美味しいは正義なのだ。

ハンスにもらったショコラを夢中で食べていたら、対面の席で笑っているハンスに気づいた。


「どうかしたんですか?」


わたしは怪訝な表情で問う。


「かわいいなと思って眺めていただけです。餌にありついた小さな魔獣のように一生懸命小さな口でショコラを食べている姿もチョコを鼻に付けている姿も」

「み、見ないでくださいませ!」


恥ずかしさを明示する計りがあったら、すでに計りの部分が壊れてしまっているかもしれないくらいに恥ずかしくなって頬が赤くなっている。


前言撤回、わたし今日一日持たないかも。

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