第11話 アンリエットの伝言

今日はエルネスティ先生の追試験を終えてから三日後、つまり水曜日だ。

いつものように講義を終えたわたしはフリーダと雑談に興じていた。

話題は講義の復習だったり学園の噂話だったり、最近の流行についてだったり様々だが最近はハンスとわたしの噂話を教えてもらう頻度が増えている。

理由はもちろん流れている噂の把握と時々変な方向にねじ曲げられる誤情報のコントロールのためである。

わたしは直接公の場で噂の否定や改訂をするほどの勇気を持ち合わせていないので、フリーダと共に周りに聞こえるように話しているのだ。


「パウリーナ様、来客です」

「お伝えいただきありがとうございますね。フリーダも来てくださいますか?」

「分かりましたわ」


同級生の一人が来客を知らせてくれた。わたしは感謝の意を表して、来客がいる講堂裏手の出入口に行く。


にしても相手の人は誰だろう。わざわざ講堂まで来そうなのはハンスかお姉さましか考えられないが良い意味で名前を知られている二人ならば人名まで伝えてもらえたはずだ。


誰なのか考えながら来客の元に行くと、初対面、少なくともわたしの記憶に残らないくらい関わりの少ない紅い髪をした少年が立っていた。


「私はアンリエット・ミラージェスと申します。あなた様に告白をしているハンス・フラベル様の側近を務めています。以後お見知りおきを」


どちら様ですかと聞く前に相手方から名乗ってくれた。正直、初対面に近い人に自分から話しかけるのはハードルが高いのでありがたい。

それにミラージェス家は伯爵位を持つフラベル有数の名門家だ。アンリエットがハンスの側近だというのも事実だろう。

そして、アンリエットは魔術師の名門、ミラージェス家にしては体つきがよく、魔術師というよりは技巧派の騎士と言われた方が納得できる。


「初めまして。ご存じだと思いますがわたしはパウリーナ・セブリアンです。こちらはわたしの友人のフリーダ・オルコット伯爵令嬢です。本日はどのような御用向きでいらっしゃったのですか?」


ここはお茶会の場でもその他の社交の場でもなく、わたしは事前連絡もなく訪問を受けた立場なので世間話から始めるのではなく本題に入る。


「はい。今日は我が主からの伝言をお伝えに参りました。······その、ハンス様が伝えに行く予定でしたが生憎講義に忙しく、急遽側近の私が伝えに来ることになりました。告白相手に対して無礼と受け取られかねない行動であるのは承知ですが寛大に受け入れてくださると嬉しいです」


アンリエットは非礼を詫びるべく、実質的な立場はともかく形式的な家格では同じ伯爵家同士のわたしには余りある低頭平身で謝罪する。

わたしとしては常識は弁えていても無礼とか身分差とかにはあまり興味がないのでどうでも良いのだが、わたしの中でのアンリエットの株は絶賛爆上がり中だ。

破天荒な主に振り回される側近というだけで同情や親近感を覚えるのに、誠実で丁寧な人だからだ。


「わたしは気にしていませんから大丈夫です。それよりも、ここでは何ですから学園の一室を借りてお話をしませんか?」


二人の賛同を取り付けると早速会議用の部屋がたくさんある区画に向かう。


部屋を借りるといっても、数多ある会議室の中で小さめかつ扉の近くが空きを示す緑色に光る部屋に入り、併設している札を裏返すだけで借りられる。

簡単すぎてこれで良いのかと思わなくもないが、貴族には秘匿すべき情報も多い。そのため、わずか数分のやり取りでも会議室を使う人も多く、いちいち部屋の鍵を事務室から借り受けていては時間の浪費が過ぎるからだ。

札は魔術具になっていて、表の時には部屋の鍵は空きっぱなし、裏返しの時は鍵が閉められるように連動している。

それに事務室にある大元の魔術具には使用状況や録画機能が付いているので、問題が起きれば確実に対処してくれる。

これは立場の弱い下級貴族や平民の学生に好評だ。


それに加えて話の内容が漏れないように防音の魔術具も魔力を注げば使用できる。

部屋自体も防音効果が高いが念には念をということらしく、話の秘匿性に関わらず魔力に余裕のある上級貴族は発動させるのが暗黙のルールになっている。

これは声が大きい騎士や講堂では男子の目を気にして自重している女性貴族から好評だ。

他にも会議室には様々な魔術具が置いてあるが主だったものはこの辺だろう。



わたしたちは施錠を終えると、テーブルを囲うように置かれているソファーに話の主体となるわたしとアンリエットが向かい合うように座った。


「では、私から伝言をお伝えさせていただきます」


そう言ってアンリエットは手紙を取り出して、原文そのまま読み上げた。


「前回は女性の好みを分からないまま、私の気の赴くままにデートを決めてしまったことを詫びたい。そして、もう一度デートを申し込みたい。次は魔獣退治ではなく、学園を出た先にある街でのデートを予定している。日取りは日曜日であればいつの週でも構わない。パウリーナ様の予定が合う日で大丈夫です。そして、行き先に希望があればアンリエットに伝えていてくだされば、それを軸に予定を組み立てます。最後に、その日には一度目の告白の答えを聞かせてほしい。デートの日が来るのを待ち遠しく思っています。私はパウリーナ様を心から愛しています····」


そのあとは話の本筋とは全く関係のない話題やわたしへの愛の言葉が続いていて、途中からは耳に入っては流れていく馬の耳に念仏状態だった。

読み上げ終えたアンリエットが俯いた。

気分でも悪くなったのだろうか?


「いかが致しましたか?もしかして、体調でも悪いのですか?それならば、今から医者を呼びましょう」


立ち上がって医務室に向かおうとしたわたしをフリーダは首を横に振って停止させ、アンリエットは左手を挙げてわたしを引き留めた。


「こらは病気的なものではなく、······手紙を読み上げずに最初からパウリーナ様に渡していればよかったなと思ったのです。かなり直接的に愛を囁かれている手紙でしたので、読んでいるこちらが恥ずかしくなっただけです。一応、この手紙も渡しておきますね。ハンス様には珍しいくらい頭を捻って時間をかけて書き上げられたものですので」


わたしは手紙を受け取るとすぐに講義の教材を詰め込んであるバックの中に押し込んだ。

乱雑な扱いではあるが、全く気のないアンリエットでさえも恥ずかしくなる文章で、聞いていただけのフリーダも顔を赤らめている。

ハンスに恋しているわたしが読めばそれ以上になるだろうから、自室の中で読まなければいけない。


「それで、パウリーナ様の気持ちはどうなのですか?アンリエット様は騎士科と魔術科の同時受講者なので勉強する時間も必要ですから早く答えてあげた方がいいのではなくて?」


突然で出てきた情報にわたしは目を瞬いた。

わたしもそうだし、二科目の同時受講者は予習や魔力的な環境で恵まれている上級貴族の中では多くはなくてもそこそこの人数いる。

ちなみに単独科目では騎士科や魔術科は割と卒業が簡単な部類に入っていて、一番難しいのは魔術具科だ。

しかし、魔術具科は合格基準が厳しくて留年者が多いので、保険として比較的知識の範囲が近い魔術科や魔力を使う場が他の科に比べて少なめの高等文官科との同時受講を学園本部からも推奨されているほどなのでそれ自体のハードルはものすごく低い。(原因は教師というよりも研究者としての感覚が強い先生方が主だと言われている)


しかし、騎士科と魔術科の同時受講は魔力的にも体力的にも消耗する分野が近いため、同時受講科目の中ではもっとも難しいとされている。


いくら魔術師の名門といえども簡単な話ではなく、一秒でも早く勉強の時間を確保させるために早めに話を片付けないといけない。


「予定日に関しては侍女のアイナから詳細を確認する必要がありますがおそらく次の日曜日が空いていたはずなので、その日を念頭に置いてください。散策する街ですがフォーンバーズ王国のシュトラールにあるグラーツ=ド=フォリンの美しい町並みを見ながら観光してみたいです。他にはコンフィザーリという有名なお菓子のお店があるのでそこに行ってみたいです。と伝えておいてください。その他に関しては魔獣退治でなければハンス様の都合の良いようにしてくださって構いません」

「分かりました。詳細は決まり次第事前に騎士を通して、フェリシス寮に手紙を届けさせます。これで私は失礼いたしますが、最後に一言だけ。我が主は強引で人の話を聞かない部分もありますが、正義感は強く、正直でいらっしゃいます。これからも迷惑をお掛けするかもしれませんがその際は手紙でも口頭でも伝えていただければ直す努力をなさいます。ですので、これからも我が主との関係を真剣に考えてくださると幸いでございます」


アンリエットの行動は社交辞令ではなく、彼の主のハンスを心から心配しての行動であり、改めて彼が騎士としてどれ程有能で部下となる人を引き付ける部分を持っているのかを見せつけられた。


わたしもアンリエットのハンスへの忠誠に答えなくてはいけない。


「ええ、最近はハンス様がいかにわたしを思ってくださっているのか気づいていますわ。恋愛事なので簡単に決断はできませんが、わたしは真剣に考えさせていただいています」


わたしは深く礼をして立ち去るアンリエットに手を振った。

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