第8話 わたしの気持ち

プルデンシアとハンスが楽しそうに会話しているのを見て、プルデンシアが恋をしている可能性にたどり着いたわたしは、静かにその場を立ち去って遠回りで寮に帰った。

事務室経由で手紙を送っているので、わざわざハンスと話に行く必要はない。

忘れ物を取りに行っていないが、予習に必ず必要なものではないので、明日の朝早くに取りに行けばいいだろう。

寮に戻ったあとはぼんやりしていていつもより働かない頭を叱咤して、無理矢理動かして課題と予習、復習を完了させる。

男性に囲まれるという苦行をせずに済んだはずなのに心が重く、何となくプルデンシアと顔を会わせにくかったので、料理をわたしの部屋に運んでもらう。

普段ならばアイナが給士をして、わたしが食べた後にアイナも夕食をとるが、今日はわたし一人だけ自室で食べていることもありアイナも一緒に食べている。

貴族的な考え方ではあまりよろしくないけど、今日はアイナの配慮がありがたい。


「お嬢様、手が止まっていますよ。考え事はあとにして冷めないうちに食べてください」

「ごめんなさい。急いで食べますね」


美味しくないわけではないのに、なぜか味気ない料理を口の中に押し込み、湯浴みを手早く済ませると、わたしは寝台に入った。

いつもよりもかなり早く寝台に入ることに疑念を抱かれると思っていたが、アイナは昨日までの風邪のためと言って理解を示し、自室に下がった。

わたしの異変を感じ取ってから、一人にしてくれたのかもしれない。


わたしは一人寝台の上で思案していた。

プルデンシアは優しくて大好きで他のことならば何でも応援してきたのに、ハンスのことについては応援できない。


「プルデンシアがハンス様を好きだとしてもわたしには関係ないはずなのになあ」


ハンスがわたしに告白をしてきたのは事実だが、わたしが告白をしたわけでも恋情を抱いていたわけでもない。だから、二人がどういう関係になろうと関係ないはずだ。


なのに·····


心が苦しい。


締め付けられるような痛みが止まらない。


つい数日前まではハンスのことを性格どころか顔もぼんやりとしか知らず、名前しか知らなかった。

告白をされてからはハンスのことをよく考えるようにはなっていたけど、それは今のように心が苦しくなるような思いではない。

強引にデート場所を決められたことに対する困惑や外聞を気にしない行動(お姫様抱っことか槍投げの指導の際の距離の近さだ)に対する羞恥心が大半だった。

あのデートを期に少しずつ好意を持つようになっていたけど、それは友達に対する感覚と同じだった。

ハンスがお父様を説き伏せて強引に政略結婚を決めてきても、嫌とまでは拒まないくらいには心を許していたけど恋愛感情とまでは言えないと思う。

だって、恋愛小説で読んだような情熱的な場面で胸が高鳴ったことはないし、ハンスのこと以外を考えられないくらい一心に想っているわけでもない。


考えすぎて頭が熱くなってきたわたしは寝台の横にある窓を開いた。今日は雲一つない快晴で、星々は夜空を自由気ままに泳いでいて、それを見守っている月はとても綺麗だ。

今日は微風があるようで、寝台に吹き抜ける風は少し冷たいけど火照った頬を冷やしてくれて心地いい。


「うわっ!」


わたしは冷たい微風当たりながら窓の縁に身を任せていたが、急に風が強くなってびっくりして窓から距離をとった。

身を離した際に視線が食事をとったテーブルの方に動いたので、いつの間にか置かれていた紙が風で流されたのが見えた。

紙を元の位置に戻そうと思って寝台から立ち上がり、動いて紙を拾った。アイナが置いていたもののようなので緊急の内容ではないか確認する。


________________________________________

お嬢様へ


恋愛とは勉強のように理論や公式で動くものではあり

ません。恋愛に公式はなく、ひとりひとり恋愛の形は

違うものです。恋への熱情、想いも程度、場面は人そ

れぞれです。

大事なのは心を自覚したときに自分の心に正直になる

こと。私はお嬢様の恋愛を叶えてあげることはできま

せんが、陰ながら応援しています。


眠れないのは分かりますが寝不足はいけませんよ。


                  アイナより

______________________________________/


アイナはわたしのことをわたしよりも良く理解しているようだ。自身でも気づけなかったこの心の答えを教えてくれた。

締め付けるような胸の痛みは続いていて、まるでこの気持ちを押さえ込んではいけないと忠告してくれていたようだった。


わたしはハンスが好きだ。


友達以上として、恋人として。


「あれ?···胸の痛みが、消えていく」


ハンスのことを好きだと心の中で唱えた途端、胸に巣くっていた痛みが霧散する。


覚悟は決まった。

プルデンシアとも対面でしっかりと話し合おう。そして、わたしの本当の気持ちをしっかりと伝えよう。どうなってしまうのか想像もできないけど、ここで逃げて後悔はしたくない。


そう決意したわたしは、アイナの言いつけ通り寝不足にならないように寝台に戻る。

悩みすぎで火照った体を冷ましてくれた冷たく優しい風は今度は胸の高鳴りによって熱くなった体を冷やして冷静にさせ、眠りへと誘ってくれた。



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