第7話 募る気持ち

アイナの看病の甲斐もあって、当初は医師様に数日は熱が下がらないだろうと言われていたほどの高熱が続いたのは二日ほどで、一日大事をとって養生したあとは学園の授業にまた出席できるようになった。

エルネスティ先生の試験については、プルデンシアが上手く調整してくれたようで今週の日曜日、つまり三日後に追試を実施してくれることになった。

試験問題は念のため変えるそうだが、元々座学の内容はほとんど頭に入っているので苦労することはない。

というわけで、わたしは意気揚々と学園に足を踏み込み、授業に臨んだ。休む日数が予定よりも少なかったこともあり、思ったよりも内容は進んでいなかった。

念のため、昼休みの間に同学年の子に授業内容を確認したが問題ないだろう。


この通り授業に関しては大丈夫だったが問題があったのはハンスとの関係についてだ。

プルデンシアに教えられたように発熱初日は騎士科の五、六年生合同の実技の講義が予定されていたため、その日の講義後にお出掛けの予定について場所を希望する紙を渡そうとしていた。

しかし、わたしが欠席したのでその機会がなくなってしまったのだ。

講義の後にさっと渡すくらいなら気恥ずかしさはあれども社交感覚で出来るのだが、わざわざ六年生がいる講堂まで出向くのはあまりにも難易度が高すぎる。


どうしたら講堂まで行かずに紙を渡せるでしょうか?


考えてみるが良さそうな方法が思い付かない。


「顔色が優れないようですが大丈夫ですか?もしかして、まだ体調が悪いのでは」

「体調不良ではありませんわ。少し悩みごとをしていただけなのです」


悩んでいて別の世界に行っていたわたしは彼女の声によって現実に引き戻される。

彼女の名前はフリーダ、シャトレ公爵領にいるオルコット伯爵令嬢で授業内容を教えてくれた人だ。

伯爵令嬢とはいっても父がフェリシス公爵の兄で、普通の伯爵とは違う特殊な扱いを受けているセブリアン伯爵家と同じく、フリーダのオルコット伯爵家も数百年前の功績によって伯爵でありながら侯爵と同じ待遇を受けている。

そんなわたしたちは境遇が近いこともあり、同学年の中では一番仲良くしている。境遇だけでなく権力に興味が薄いという意味でもよく話が合う。

望めば侯爵位を手に入れることも簡単だったのに敢えて伯爵位に留めていることからもオルコット伯爵家一族全体として権力への興味がないことがわかる。


フリーダはわたしの悩みと聞いただけで全てを理解したようだ。フッと口元を緩めながら言った。


「その悩みとは、フラベル公爵家のハンス様に対することですわね。パウリーナ様がお休みの間の学園はその話題で持ちきりでしたよ」

「やはりそうでしたか。具体的にどのような話が広まっているのでしょうか、フリーダ様?」


フリーダの言葉を聞いて、わたしはそうだろうなと思った。うぬぼれているわけではなくハンスが日頃から注目されていて、そのハンスが人目のつく場所でお姫様抱っこなんてしたのだから当然のことだ。


「ハンス様がパウリーナ様と森でデートを行ったことやお姫様抱っこなさっていたこと、すでに内々で婚約まで進めていることなど、そんな話ですわ。あとは噂話で確証が薄い話ですね」


ん?今、なんかあまりにも発展しすぎている話があったような気がする。


「婚約どころかわたしは告白を了承してすらいないのですけどね。お姫様抱っこの件は事実ですが」

「でも断るつもりはないのでしょう?先程のパウリーナ様も恋する乙女の表情でしたから······冗談ですわ。ところで、悩みのことについて教えてください」


わたしの顔が赤くなってからかいすぎたと気づいたフリーダは冗談だと訂正した。


「ハンス様に次の予定場所を知らせる紙を渡したいのですが、こちらから行く勇気がないのです。また魔獣退治になるのは避けたいのですが···」

「あの方は騎士として熱すぎるところがありますから、パウリーナ様が場所を希望しない限りはデートというより実技練習になりそうですものね。それに、対面で殿方に対してハッキリ物事を言えるほどパウリーナ様は強くないですからね。当日になって対面で場所換え出来ることも出来ず、かといって六年生の講堂に行くのは難しいですね。ただでさえ、恋人を作るつもりがないと言われていたハンス様が告白した相手ということで注目されているのです。行けば六年生の特にハンス様と親しい騎士科の殿方に囲まれるでしょう」

「行く前にフリーダに教えてもらえてよかったです。わたし、そのような事態に耐え抜ける自信が全くありませんもの」


女性ではなく男性に囲まれるのが不思議だったがこの際どちらであろうとあまり変わらない。

わたしはその疑問に固執することなく次に移る。


「となれば、六年生の講堂に行くことなくハンス様に場所を指定する紙を渡す方法を考えなければ行けませんね」

「フェリシス公爵令嬢、プルデンシア様に頼まれてはいかがでしょう?プルデンシア様ならパウリーナ様と従姉妹でハンス様と同じ学年ですから渡す機会もあるのではないですか?」

「いいえ、それではダメなのです」


確かにプルデンシアなら頼めば渡してくれるだろう。それどころかハンスに対してわたしの意見も聞いてから決めるように釘を刺してくれるかもしれない。

でも、それではダメなのだ。わたしはプルデンシアに頼ってばかりではいられない。


「それなら、手紙としてハンス様のいらっしゃるフラベル公爵の寮に届けてはいかがでしょう?プルデンシア様に頼ることなく届けられますし、パウリーナ様も騎士科の殿方と会うことなく済みます」

「その手がありました!···あ、あはは」


フリーダの名案に感服したわたしは思わず椅子を立って叫んだ。その直後にフリーダの笑顔に諭されて、女性として恥ずかしい振る舞いをしたことに気づき、苦笑いを浮かべながら席に座り直した。


「良い案ですね。そうしましょう」

「今から行けば今日中に届くように手配してもらえまわ。早めに行った方がいいですよ」


わたしはフリーダにまた明日と挨拶をしたあと、手紙を届けてくれる学園の事務室に向かう。



手紙を無事に事務室に届けたあと、帰ろうと思ったが講堂にペンを忘れてしまったことに気づいて、講堂までの道を歩いていた。

ふと、中庭を見ていると、中庭を挟んだ反対側の通路に見知った顔を見つける。


「あれ、ハンス様とプルデンシア?」


声を掛けようと思って、手を振りかけたがわたしは様子がおかしいことに気づいて、手を下ろした。


「すごく、楽しそう。何かあったのかな?」


二人とも笑いながら会話していた。話すときに笑顔であるのは貴族的な常識として基本であるが、プルデンシアの笑顔はそのような社交的な意味ではなく、心の底から楽しいときに作る笑みだ。

話の内容までは距離があるので聞こえなかったが、どちらかといえばハンスが話を聞く側でプルデンシアが話している側に見えた。

ハンスが話を聞いていることが意外でわたしは観察を続けることにする。

二人とすれ違っている人が少し驚いたような表情になっていることから込み入った話のようだ。


あれ?プルデンシアの目の色が···輝いてる


心の底からの笑顔ならばともかく、目の色を輝かせているのはプルデンシアの家族とわたし以外がいる人の前で見せているのを聞いたこともない。

つまり、プルデンシアととても親しい人の前以外では見せることがない表情だ。


わたしの心の中にひとつの疑問が浮かぶ。



もしかして、プルデンシアが好きな人ってハンス?


胸がチクリと痛んだような気がした。

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