第5話 魔獣討伐デート 後編

「それはつまり···わたしに直接触れるということでしょうか?」

「そうですが、何か問題でも?」


あります!あります!大有りです!

すでにハンスによってわたしたちの距離は婚約者でもない貴族の異性としては有り得ないくらいに近くされているのだ。これ以上近くなるのは何としても避けなければいけない。

それを伝えるとハンスははとが豆鉄砲を食らったような顔でキョトンとした。


「でも、すでに告白をしている以上問題にならないのでは?誰かがその話題に触れれば、これは騎士としての訓練の一環ですから、と言ってしまえば良いではないですか」


そういう問題ではないのです!わたしはハンス様の告白を了承しておりませんし、騎士の訓練でこのような訓練をするときは同性の教師が付くではないですか!


「もし、誰かが噂をするようであれば私が全力をもって誤解を解いて見せましょう。この辺りはフラベルの騎士がよく利用する狩り場ですから情報統制も難しくはありません」


なおも決心がつかないわたしをハンスは勇気づける。 

説得の効果とフラベルの騎士が多いことに安心して、わたしは渋々了承した。


ただし、わたしはハンスの言葉を誤解していた。二人が恋仲だという話を否定してくれるものだとばかり思っていたが、ハンスはあくまでと言っただけだ。

つまり、わたしとハンスの間の話で誤解でないことは噂になっても火消しをしない。

例えば、わたしがハンスを篭絡しようとしている等という事実無根の噂が回れば消すが、ハンスがわたしを好きで何度も告白しているというような少し誇張が入った程度の噂ならば黙認するということだ。


なにはともあれ、わたしたちは槍を投げる訓練を頑張った。口で教えられるよりも実際に形を作ってくれた方が覚えやすくて、上達も早い気がした。

本人が槍を含めた武術について感覚と知識の両面で熟知しているだけに、教え方も分かりやすい。


「構えは完璧ですね。次は投げ方です。こちらは簡単に動かせるものではないでしょうけど何度もやっていけばいずれ出来るようになってきますよ」

「あの···流石に近すぎます」

「今更ですよ。だらだらと続けるよりもさっと終わらせてしまった方が良いですから、周りを気にせず集中してください」


正論と言えば正論なのだが、わたしは家族以外で体を動かせばぶつかるほど密着した男性は今までにただの一人もいなかったため、慣れておらず赤面する。

そこからやり投げの指導の間のことはあまりにも緊張しすぎて詳しく覚えていないが、体は覚えているようで的の中心近くを狙い撃ちできる確率が大幅に上がった。




わたしたちは魔獣を何体か狩ったあと、学園に戻るためにハンスが用意した馬車に乗った。馬車はフェリシスの寮の前に停車して、わたしはハンスにエスコートされて馬車を降りる。


「今日はどうでしたか?楽しかったですか?」

「疲れましたがとても有意義な時間でした。ハンス様の指導のお陰で魔獣に槍を当てられるようになってよかったです」


ハンスの新たな一面を知ることもできた。常識が一部欠落しているのは間違いないが力だけの脳筋では決してないし、さりげない気配りもできる人だ。

告白を了承することとは意味は違うけど、友達になる相手としては個人的に好ましいと感じた。


「それはよかったです。···現時点でのお考えでいいので告白の答えをお聞かせいただけませんか?」

「······すみません。まだ、決心がつきません。なにぶん、このような色恋事は物語でしか読んだことがないのでわたしにはまだ分からないのです」

「そのような申し訳なさそうなお顔をなさらないでください。惚れていただけなかったのも全て私の所為です。···ですが、諦めるつもりは毛頭ありません。一度失敗したならば二度目、三度目に挑戦すればよいのです。それがフラベルの騎士としての矜持です」


途中からはハンスがわたしの耳元に近寄って囁きながら言った。わたしは必死に平常心を保とうと努力をしたが正直なところ、槍投げの練習の時よりも恥ずかしい。


「そ、そのようなことを耳元でささやかないでくださいませ!せめて、もう少し距離をとってください!」

「では、離れてからもう一度言います。何度断られても諦めない。嫌われるまでは告白し続ける。それがフラベル公爵家嫡男としての矜持です。以後お見知りおきください。今日は私も楽しかったです」


茫然自失としているわたしをおいて、ハンスたちは自分の寮に帰った。わたしも寮に戻ろうと思ったのだがひどく赤面していることに気がついた。

体も熱くなっていることに気づいたわたしは寮に戻る前に風に当たって熱を冷やすことにする。

寮に備え付けられている庭を歩いていると、庭でお茶をしていたプルデンシアがわたしに気づいて手を振った。


「あら、パウリーナ。顔が赤くなっていますよ。何かございましたか?」

「何があったかは予測がついているのではなくて?」


お姫様抱っこの件は見ている人もたくさんいたので既に話は届いているだろうし、プルデンシアの情報収集能力をなめてはいけない。それに同学年ということもあるのでハンスの性格を詳しく理解して、どのような行動をするのかの検討くらいはついているだろう。


「確実に起こったと知っているのはお姫様抱っこの件ですわ。あとは、予測でしかありませんがさりげなく気配りをされたのですか?他には、魔獣退治の際の指導で近づかれて恥ずかしかったとかでしょうか?」

「完全にその通りですよ」

「敢えてハンスの詳しい性格については明言しないでおきましたが成功したみたいですね」


性格を理解して授業を一緒に受けているプルデンシアはこうなることをある程度予測していたようだ。

青色の瞳はハンスとわたしの関係が恋人までとはいかないものの進展したことを喜んでいるようだった。


「ところで、次のデート場所を指定できたのですか?紙を渡せば話は通じますから、そこまで難しいことではないですけど」

「あっ!すっかり失念しておりました!どうしましょう!もしかして、次の予定も魔獣退治になるのでしょうか!?」


一日だけなら楽しかったけど、二回も同じことをするのは嫌だ。なによりも心臓が持たないと思う。


「明日伝えればいいのではなくて?明日の授業は五、六年生合同の騎士科の実技が予定されていますから渡す機会は何度かあるはずですわ」

「それならよかったです」


次の予定は決めていないので、デート場所を指定する紙を渡しに行くのはデートを催促するようで気が引けるが背に腹は代えられない。


「それにしても、ハンス様はあの話をそのまま使われたのですね」

「あの話とは?」


わたしは軽い気持ちで質問したが、その次に続いた返答に耳を疑った。


「言ってませんでしたね。ハンス様に恋愛のことを知ってもらおうと思って、恋物語を渡していたのです。その話の中にお姫様抱っこのシーンがあったので、それをそのまま使ったのだなという意味ですわ」

「それって、ハンス様のあの行動はプルデンシアのせいだということですか?」

「所為というよりもお陰だと思いますが、あの恋物語がハンス様の行動に大きな影響を与えたのは間違いないですね」


やっぱりプルデンシア様の所為じゃないですかぁぁ!

どうしてくれるんですか!すごーく恥ずかしかったんですよ!


わたしはプルデンシアに身分的に問題のない範囲で説教をした。


そして、わたしはプルデンシアにデート場所の指定を忘れていたことを報告したことによって引き起こされる騒動にこのときはまだ気づいていなかった。



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