第4話 魔獣討伐デート 前編

休憩をとって精神的な揺らぎを落ち着かせたわたしはハンスに報告して、魔獣狩りが始まった。

余談ではあるが、わたしが休憩していた間にハンスはすでに魔獣を三匹ほど捕獲していた。


「あっちの方に魔獣を追いやっていますから、そちらで狩りを行いましょう。確認した限り手強い魔獣はいないようなので、狩りとしてはこの上ない好条件が整っています」


森の中を歩きながらハンスは言った。魔獣狩りを楽しんだことがないので知らなかったが、本当に条件が良いらしく、それを示すようにハンスの声量が大きくなっている。

森を進んでいくにつれて魔獣が通ったと思われる足跡が散見されていて、わたしも手に持っていたシュテルンを「グアイウェルフォン」と唱えて投げ槍に変化させた。同じように、ハンスは弓を持っていたが「シーレディフ」と唱えて剣に変化させている。


後ろから肩をポンポンと叩かれた。


「パウリーナ様、あそこの木の枝の隙間にテリーンが居ます。槍を投げてください」


警戒していたためか飛び上がりそうになったが、すんでの所で留まりハンスが指差した先を見る。すると、本当にテリーンがいた。

テリーンは小型で地面に溶け込むために茶色の毛並みをしている魔獣だ。生息数が魔獣の中でも多く、適度なすばしっこさと強さ的にもどちらかといえば下位なので、騎士科の学生がコツを掴みたいときに討伐対象とされることが多い。


「失敗するかもしれませんが···」

「構いませんよ。どんどん失敗してください!失敗は成功の母ですよ」


テリーンに逃げられないようにハンスにしては小声で喋ってくれているが暑苦しさまでは隠せない。今までは感情が暑苦しかっただけなのに名言を引用していて、言葉の内容まで暑苦しくなってきた。


「じゃあ、投げますよ」


わたしは槍をテリーンに向けて力一杯投げたが、少しだけ下に行ってしまったようで木に突き刺さる。木に刺さる音がして、警戒を呼び起こしたようでそのまま逃げられてしまった。


「逃げられてしまいましたね」


事前に仕込んでいる魔法によって戻ってきた槍を掴みながら言った。的が小さかったから外れたと言うこともできるが言い訳になってしまうのでそれだけを口に出した。


「狙っている位置と力加減は良いのですが、腕と見ている方向がわずかにずれています。私が手本を見せますから参考にしてください。グアイウェルフォン」 


反対側を向いたハンスは槍を茂みの中に投げ込んだ。

投げているときのフォームは大きく振りかぶりながらも手先のブレは僅かにも見られない。力の入り具合も適度で一番楽な強さのようだ。


「どうですか?」


槍を投げたあと、一人茂みの中に入っていったハンスは槍に刺さった魔獣を左肩から抱えて戻ってきた。

これまでに無いくらいにキラキラした笑顔で、わたしに意見を求める。これが他の時であれば嫌悪感を抱いていたかもしれないが今は納得できる。

なにしろ、抱えている魔獣はズラチョークという大型の捕獲が難しい部類に入る魔獣だからだ。北方の言葉で"瞳"を意味しているこの魔獣は語源の通り、その朱く光る瞳がとても美しく、価値が高い。

わたしには魔獣の目玉なんて近くにあると怖いものでしかないが、一部には愛好家がいるそうで過去のオークションでは大金貨四枚の信じられないくらいの高額がついたこともある。

但し、ズラチョークは警戒心が強い上に直接戦闘にも強く、心臓もしくは弱点の左肩を潰さない限りは動き続ける。


「すごいです!どうして見えないはずの茂みの中にズラチョークが潜んでいると気がついたのですか?」

「耳を澄ませていたからですよ。どこにいるのかは見えませんでしたが茂みから聴こえてくる草を掻き分ける音から場所を推測しました。一撃で仕留めることはできませんでしたが深手を追わせていたので、もう一度攻撃してトドメを刺しました」


今まで、ずっとハンスのことを騎士団の前線で活躍する脳筋だと思っていたけど、実は冷静な思考ができる人だったようだ。


そういえば、昨年の騎士科で最優秀に選ばれていた。最優秀は当然ながら実技だけでなく座学でも優秀でなければならない。


いままで、誤解していてごめんなさいっ!


わたしは心のなかでハンスに謝罪を繰り返した。第一印象が途轍もなく悪かったからとはいえ先入観だけで彼を判断していた。


「何かありましたか?」

「いえいえっ!ただ、感覚と推測能力、行動力がとてもすごいな、と思っただけです」


褒められたハンスは満更でもないようで、破顔した。魔獣討伐の時はせっかく少しだけかっこよかったのににやついてしまったことで台無しだ。だけど、不思議と嫌いだとは思わない。


「惚れましたか?」

「そっ、そういう訳ではありません!」


ハンスのことは僅かながらかっこいいとは思ったが、それは尊敬の情であり恋慕とは全く別種のものだ。


「···その、少しだけ···かっこいいとは思いましたけど。····少しだけですよ」


あまりにもハンスが落ち込んでうつむき、垂れ下がる尻尾が見えてきたのでフォローをする。すると、面白いように顔がパッと明るくなった。


「そうでしたか!ありがとうございます!ところで、かっこよかったとは、どの辺がどのようにかっこよかったのでしょうか?」


わたしが褒めるとハンスは明るくなりすぎて、距離を大きく詰める。暑苦しさが強くなってきたことと、近づかれ過ぎて緊張して動機が激しくなってきたので、慌てて話題を変える。


「や、槍の投げ方の指導をしてくださいませ!」

「喜んで!では、的を置きますのでそれを狙って出来るだけ赤い点がある位置に近いところに当てられるようにしてください」


ハンスが木々の隙間にいくつか的を並べた。狙いやすいように配慮してくれたようで、葉っぱに隠されることなくすべての的がはっきりと見えている。

しかし、投げられた槍は大外れはしないまでもほとんど的に当たることはなく、当たっても掠めただけで刺さったものは無かった。

わたしは先程のハンスと比べてあまりにも酷かったことにひどく肩を落とした。


「何度も言っていますが筋は悪くないので後は動きを固定してブレが少なくなるようにしてください。それと常に視野が広いのは悪くはないのですが、槍を投げるときは的だけに集中して、他の物に気を取られ過ぎないようにしてください」


落ち込んでいるわたしを慰めようと、ハンスはわたしの長所をピックアップしつつ改善すべき点を挙げていった。その中でも視野についての指摘には驚かされた。他人がどこに集中しているかなんて簡単に気づけるものではない。


「あっ!そうですね···私が補助をして正しい構えを教えましょう。槍を投げる構えを作ってください」


それはもしかして、かなり密着した状態になるのでは?いやいや、そんなはずは。いくらハンスでもそれが破廉恥だということくらい理解しているはずだ。


いや、待って。さっきもお姫様抱っこをしていたような······本当にしちゃったりして 


えぇー!どうしましょう!


わたしは心のなかで絶叫した。

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