第3話 揺れ動く心

ついに初のデートが予定された日がやって来た。

雨が降ってくれたら魔獣退治が出来なくなって、図書館のような屋内でのデートになるかもと期待したけど空は雲ひとつない快晴で寒すぎず、冬にしては過ごしやすい気温になった。

まあ、雨が少し降ったところでハンスならば「気合いでなんとかなる!」とか言って強行しそうだけど、これで希望は潰えたわけだ。

気が進まないからといって、仮病を使ってドタキャンするような図太さはわたしにはなく、侍女のアイナを相手にごねながらもいつの間にか騎士服に着替えを済ませてしまっていた。


「お嬢様、怪我しないように気を付けてくださいね。日差しが強いので水分補給を忘れないようにしてください。応援しておりますわ」


アイナは学園の生徒でもなければ高位貴族でもないのでハンスの情報を知らないらしく、フェリシスの高位貴族と同じだと捉えているらしい。

わたしの気が進んでいないことは承知しているようだが、学習指導を兼ねた軽いデートのように考えているようで、その声色には恋愛を応援するというよりも試験勉強の応援をしているような感じがある。


コンコンコンとドアをノックする音が響いた。アイナが扉を開けると鎧を着けている男の人が立っていた。


「セブリアン伯爵令嬢パウリーナ様、フラベル公爵令息ハンス様がいらっしゃいました。応接室でお待ちになられています」


寮の門番を勤めている騎士が伝令に来たようだ。すでに応接室で待っていると言っていたので、わたしの準備が余裕をもって行えるように時間を作ってくれたのだろう。

本当にいつもは強引なのに、こういうときだけ気配りができる人だ。


「報告ありがとう存じます。支度はもうすぐ終わるので、すぐに参りますとお伝えください」


騎士はわたしの言葉を聞き終えるとすぐに一礼して退室し、応接室に向かって走り去っていった。

タオルや水筒、捕獲した魔獣を入れるための袋、武器などを持ってからわたしも応接室に向かう。


「お待たせいたしました」

「おはようございます。今日は待ちに待った魔獣狩りの日ですね。では早速行きましょう」


返答を待つことなくハンスは歩き始める。それだけならまだマシな方で今日は大股で歩数も多いため歩く速度まで速く、いつも以上に気分が高揚しているのが手に取るようにわかる。


「あの、もう少し、ゆっくりと歩いていただけませんか?このままでは、狩り場にたどり着く前に疲れはててしまいます」

「そうですか。では、失礼」


実はゆっくりと歩くように催促するのはこれで三回目なのだが、やっと話を聞いてゆっくり歩いてくれるようだ。しかし、ハンスは歩みを止めてわたしの近くまで寄ると、わたしの背中に手を回してそのまま持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこというものだ。

恋物語ではとても胸が熱くなるシーンだが、今は急な行動に対する戸惑いと周囲の目を気にしたときの恥ずかしさ以外に浮かんでこない。


「なっ、何をなさるのですか!わたしたちは婚約者どころか恋人ですらないのですよ!」

「大丈夫ですよ。貴女はとても軽いですから、動きに支障は出ません。それに、これなら貴女も魔獣の狩り場まで疲れることなく行けるでしょう?」

「そ、そういうことではないのです!」


言葉に出して問題点を伝えたはずなのにまるで通じていない。そして、この行動が魔獣退治ための効率だけを重視していたならその場で怒って帰ってしまっても問題ないのだが、わたしが疲れないようによかれと思って行っていると犇々とひしひしと感じられるだけに突き飛ばしてしまうのは気が引ける。

だから、わたしは中途半端に怒った顔をしながら頬を赤らめるという初めての体験をしていた。

普通の貴族男性ならこの時点で相手が何を考えてどうしてほしいのか、少なくとも一旦お姫様抱っこを解除しないといけないと気づくはずだが彼は全く気づかない。それどころか、お姫様抱っこのまま歩き始めた。


「何が問題なのでしょうか?」


今の行動すべてです。わたしは心のなかで声を大にして叫んだ。どうしてわからないのだろう。彼も男とはいえ貴族の一人だから、婚約者でもない女性にしてはいけないことくらい理解しているはずだ。


「ああ!そういうことだったのですね。ご存じだと思いますが私は小さい頃から魔獣を退治していたので、魔獣の肉をよく運んでいたのですよ。ですから、力も人よりも多くある自負がありますし、この程度で疲れてなどおりませんよ。それに貴女のためならば腕の一つや二つ、どうなろうとも気にしません。むしろ本望です」


ちっがーう!何がそういうことですか!全然わかってないです!あなたの力の強さなんて聞くまでもなくわかっています!

その前に、社交界の華でも何でもないけど一介の女性を魔獣の肉と同列に扱うのはいくらあなたの方が身分が上とはいえ無礼にもほどがあるでしょう!

すごーく怒っているのは間違いないが、最後の部分にはキュンとしてしまった自分もいる。怒りと驚きの方が大きいことには変わりないのだが、状況さえ違って最後の言葉だけを聞いていたなら恋に落ちていたかもしれない。


「ま、まっ、まずあなたは人に告白·····」

「さあ、魔獣退治の場所に到着いたしましたよ」


喜怒哀楽の喜と怒がない交ぜになっていて、恥ずかしさと運んでもらっているのに怒っては申し訳ないという気持ちが脳内に錯乱していたわたしは、ハンスに伝えようとした話をまとめている間に何分も要していたようで、やっとのことで話し始めたときには目的地に到着していた。

降ろしてもらって久しぶりに地面に自分の足で立ったわたしは急に疲れて、そのまま座り込んだ。


「どこか悪いところでもありましたか!?」

「慣れなかったのでちょっと疲れてしまったようです。運んでいただいたのに申し訳ございません」


お姫様抱っこをされたのが初めてだったので慣れなくて疲れてしまったというような意味合いにもとれる言い回しを使った。実際はもちろん、肉体的に疲れたのではなく、ハンスの行動によって様々な精神的疲労を受けたから疲れたのだ。

ただ、何度も言っているがハンスは空回りしているが、あくまでもわたしのためを思って行動してくれているのは深く伝わってきているので、それを無下にすることはしたくないとも思ったのだ。


「固定して動けなくしてしまいましたから、筋肉が硬直してしまったのでしょう。筋肉が動かなくては魔獣退治も出来ませんから、少し休憩にしましょう」


本心がどちらであったとしても、ハンスには肉体的疲労の意味に受け取られたようだ。「ゆめゆめここから離れられませぬよう」と念押しをすると、魔獣の出没を確認するために周囲を巡回し始めた。


「やっぱり、こういう気配りだけはできるんだよね」


わたしは横になりながら、心のなかで溜め息をつきながら言った。

魔獣が近くにいては安心して休憩できないから、魔獣が近寄らないように見張っていてくれたり、意識したのかは知らないが楽な姿勢になれるように一人にしてくれたり、しれっと横になるときに地面に引くクッション性のある布を準備していてくれたり、さりげない気配りはわたし的には完璧だ。


パウリーナは自身でも覗けないくらい深い心の深層でとある感情の種が蒔かれたことに気づかなかった。

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